第8話

 

 「……

  その、ですね。

  わたし、振られちゃいまして。」


 え?

 

 「……

  

  一応、いたんですよ。

  結婚を約束してた人が。」

 

 やっぱりか。

 こんな美人を射止めていたのだから、さぞ派手な人なんだろうな。

 でも、過去形、か。

 

 「社内?」

 

 「……はい。」

 

 うーわっ。

 それでこうなっちゃったらいろいろ地獄だなぁ。

 

 「……

  外に、ほかの人がいて。

  ひとりじゃ、なかったみたいで。」

  

 え。

 

 「交際中に?」

 

 「……あはは。

  そう、なりますね。」

 

 「酷い話だね。」

 

 「……。

 

  わたしのせいですよ。

  わたしが、忙しかったから、

  ちょっと、調子に乗っちゃってたんですよ、きっと。」

 

 「理由にはならないと思うけど。

  榎本さんのせいじゃ、ないよ。」


 結婚を約束しながら複数人と付き合うなんて、

 人としてどうかしてる。

 

 「……なん、ですかね。

  そんなの、よくあることだって、

  見破れなかったほうも悪いって言われましたけど。」

  

 「課長に?」

 

 「……湯瀬さん、言わなそうですね。」

 

 「それなら

 

 「お待たせしました、クラムチャウダーでございます。」

 

 ほほう。

 いい色だなぁ。

 ちゃんと均一になってる。


 立ち上ってくる香りがいい。

 これ、パセリとかじゃないな。

 

 うわ。アサリが大きい。

 なのに味はちゃんと締まってる。

 なんだろう、塩味が効いてるけど、主張はしてこない。

 まさに絶妙な塩梅。うわ、うま、うまうま。

 

 「……こどもみたいですね。」

 

 「君もね。」

 

 「そうですか? ふふふ。」

 

 あー、これは2000円の価値はあるかもしんない。

 ひとつひとつの細かい処理や作業が、もの凄く丁寧だ。

 この人参も下ごしらえしててしっかり甘味が引き出されてる。

 うわ、じゃがいも、うま、うまい、うまうま。

 

 じっくり味わおう。なんせ2000円だし。

 目、閉じちゃう。

 

 うーん、個々の具材の味を絶妙に殺さずにハーモナイズさせてる。

 さすが名実ともに一流店。いいわー。幸せだわー。

 

 「先輩、ほんとおいしそうに食べますよね。」

 

 「そりゃだって、美味しいもの。

  今日はほんと、榎本さんのお陰だよ。

  ありがとう。」

 

 「……はい。」

 

 ……綺麗な人、だよなぁ。

 4年前だと、可憐な子って感じだったけど。

 なんでこんな人と別れたんだろうな、その元彼は。

 

 「……。

  わたし、決めました。」

 

 ん?

 

 「来週から、先輩の部下になりますから。

  よろしくお願いします。」

 

 は?

 

 「だから、転属の話、受けます。

  調査一課配属で。」

 

 えぇ?

 勿体ない気もするけど。

 でも、まぁ。

 

 「いろいろ開拓はできるね。」

 

 外食派、少ないから。

 

 「はいっ!」

 

 「こんな高いところばっかりだと困るけど。」

 

 「そんなわけないでしょ。

  ワンコインランチだっていろいろ知ってますよ。」

 

 「じゃあ、駅前のさし宮は?」

 

 「よくそんなヤバいとこ知ってますね。

  めっちゃ行列並んでるとこじゃないですか。」

 

 並び男性客九割、

 喫煙スパスパの海鮮丼屋知ってるとは、侮れないな。

 

 「じゃあ、駅ビルの下、ローザ・ビッキエーレ。」

 

 「あー、あそこですね。

  めっちゃいいスペインバルですよね。

  席が狭くて丸まってて奥の看板が酒瓶で見えないトコ。」

 

 そうそう。

 スペインバルなのになぜか店名がフランス語とイタリア語っていう。

 ……ほんとよく知ってるなぁ。

 

 「営業部女子、舐めたら駄目ですよっ。」

 

 あぁ。

 ほんとに営業向きだったんだな、榎本さん。

 

 「先輩もよく知ってるじゃないですか。

  調査一課ってそういう感じですか?」

  

 「真逆。だいたいお弁当。」

 

 「……じゃ、ひとりで?」

 

 「うん。」


 たまに寺岡さんとかが付き合ってくれるくらいで。

 あぁ、派閥争いが収束するなら、声、かけられるかもしれないな。

 

 「……リアル『おひとり美食堂』じゃないですか。」

 

 「なに、それ?」

 

 「……先輩、ほんと流行に疎いですよね。

  食べ物以外。」

 

 「だと思う。

  受信料払いたくないから。」

 

 「その理由でテレビ家にない人って

  ほんとにいるんですね。」

 

 「いるよ、ココに。」

 

 ぶーっ、ぶーっ

 

 ん?

 あぁ

 

 「ちょっとごめんね。」

 

 「いえいえ。」

 

 <くらんくあっぷですっ>


 ん?

 ふたりで映ってる写真、か。

 テレビ局の部屋かなにか? 狭そうな感じだけど。

 

 左側はたぶん、はるなさんで、

 右側は知らない女の人だな。

 この人も女優さんなんだろうか。

 

 あ。

 

 「なんですか?」

 

 直接見せれば、分かるかもしれないな。

 

 「榎本さん、

  この娘、知ってる?」

 

 スマホごと渡してみる。

 

 「えぇ?

  あ、RINEですね、こ

  ……

 

 

  !!??」


 

 ……なんか、めっちゃ驚いてるけど。

 

 「……せん、ぱい。」

 

 「ん?」

 

 「……どうして、先輩、が……??」

 

 「どうしたの?」

 

 「だ、だ、

  だって、

  こ、こ、この娘、

  さ、さ、榊原晴香ちゃんでしょっ!!」

 

 さかきばら、はるか?

 

 あぁ。

 じゃあ、はるな、は本名なのかな。

 

 「知ってるんだ。」

 

 「知ってるもなにもないでしょうっ。

  若手女優で言ったら最低でもベスト3に入りますよっ!


  アイドルやモデル上がりの付け焼刃の娘達と違って、

  演技力の確かさで主要賞を総なめしたひさびさの若手本格派女優なのに、

  可愛くて切なくて儚くて、女子からも愛されまくってる

  『傾国の美少女』じゃないですかっ。」


 へー。良く知ってるなぁ。

 そんな感じなんだな、はるなさん。調べる手間が省けた。


 「なんですかその熱量の低さはっ。」

 

 な、なんか興奮してない?

 鼻息がちょっと荒いんだけど。


 「っていうか、いま、

  晴香ちゃん知らない人なんているんですかね。」

 

 「僕、知らなかったけど。」

 

 「っ!?

  じゃ、じゃあ、

  なんで、こんな、RINEのIDなんて

 

 「お待たせしました。

  米沢牛100%のビーフハンバーグでございます。」

 

 おおおっ、旗艦スペシャリテ襲来っ!

 匂いが食欲をがんがん煽ってくるうっ!!

 

 「せ、先輩ぃぃっ!!」



知らないうちに有名美少女女優を餌付けしてた

第1章


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