第7話
<フォー、すっごくおいしかったですね!>
うんうん。
北部風のシンプルな透き通った鶏ガラフォーと、
南部風のバジル、ミント、クローブが効いたコク深い牛肉フォー。
どっちも絶対にベトナム本国よか旨いし品があるしで。
<また行きたいですっ>
そうねぇ。
でも、違う店に案内してあげたいんだよなぁ。
世界にはいろんな料理があって、いろんな美味しいものがあるんだよ。
「小辻君さ。」
はい?
「顔、ほころんじゃってるよ?」
え。
「ははは。
ま、仕事の話すると、
きみの企画書、通ったから。」
あぁ。
よく通りましたね。無理だと思ってましたけど。
「こないだの一件で、
僕らの対立派閥が弱くなったからね。」
僕らって。
課長の、じゃないの。
っていうか
「明日の朝、社長室に呼ばれるから、
そのつもりで。」
げ。
その話、ホントだったのか。
なんで主任級がわざわざ社長に直接御進講することになってるんだ。
「あぁ。
今日の夜は、ちゃんと、榎本さんと親睦を深めてね。
ぜんぶ繋がってる話だから。」
繋がって、る?
*
「先輩っ!」
一応、社外で待ち合わせ。
ほぼ現地集合。
うーん、さすが営業部のエース。
細身の身体を包むダークグレーのスーツに丸首の抜け感のあるブラウス。
ヒールの低いパンプスなのに、足がシュッと見えるから不思議。
っていうか、定時外で榎本さんとご飯食べるとは思わなかったな。
どこからも引っ張りだこだろうに。
そもそも、決まった相手がいたはずなんだけど。
(ぜんぶ繋がってる話だから)
ま、業務の一環か。
「待った?」
敬語使うと、話してくれなくなったもんだから。
まだ違和感があるな。
「いえ、ちょうどいま着きました。」
ほんとなんだろうな。
定時かっきりだもの。
「じゃ、行きますよーっ。」
ははは。
元気だなぁ。
*
西風軒。
現代フランス料理の技法を洋食に再輸入したことで一躍話題になったお店。
いっぺん入ってみたかったけど、予約が数か月後まで一杯だった。
最低価格帯8000円。
大枚だけど、その価値はあると聞いている。
給料が出たので、お財布は充填済み。
洋食屋なのに、外装からして金がかかってる。
いまどき黒服に迎えられて入る不思議。
割合シンプルな白の壁紙に、シックな黒革の席が並ぶ。
もちろん満席に近い。
「よく取れたね。」
「えへへ。
営業部のコネクションを舐めないでください。」
どういう意味だよ。
なんか貸し、作ってるのか?
「なんて。
別の会社が法人で借りてる枠が
たまたまキャンセルになりそうだったんで、買い取っただけです。」
あぁ、接待流れ。そういうやつ。
たしかに、まわり、接待っぽいのもゴロゴロしてるな。
しかし、そういう網、持ってるってことか。
「そりゃぁそうですよ。
接待なんて急に決まること多いですもん。」
あぁ、すっかり強くなられて。
4年前はぴちぴちの新人だったのに。
まぁ仕事面白そうでなによりだけど。
「まぁやっぱりココはですね、
ど直球でいこうかと。」
最高級ブランド牛100%のハンバーグ。
これだけで5800円也。十分に狂気を感じる。
「それとクラムチャウダーでいいかと。
安いですし。」
言っちゃうのか、それ。
安いっていっても2000円強じゃないか。
「他のプライシング、見ます?」
……。
これ、それだけの価値ほんとにあるかな。
1品で12000円って、グランメゾンクラスの値段じゃん。
「先輩それ、向こうじゃ通じないですからね。
和製
なんですと。
「それはどうもありがとう。
ぜんぜん知らなかった。」
「……。」
ん?
「いえいえ、どういたしましてっ。
さ、じゃあしっっかり堪能しましょうね。
なんせ自腹ですから。」
そりゃ自腹だよ。
このコスト、会社に載せようがないもの。
「……いやぁ、びっくりするくらいみんな年上ですね。」
「そうだねぇ。」
この値段払おうってんだから、相当なもんだろうな。
課長ぐらいの人すらいないもんな。
「でも先輩、洋食好きって聞いてましたから。」
「うん。好きなほうだと思うけど。
っていうか、誰から?」
「湯瀬さんから。」
課長かよ。
なに喋ってるんだよ。
「だって、誘われちゃいましたもん。」
誘われたって、何を。
「だから、調査部にですよ。」
え?
「海外いきたいか、地方行きたいか、
調査部に来たいか、どれがいいかって。」
……なんて、エゲツナイことを。
っていうか、営業部のエースでしょ。
「……先輩、わたしのこと、何も知らないんですか?」
なにを?
「……あはは。
なんか、先輩らしいです、すっごく。」
「バカにしてる?」
「少し。」
「あのね。」
「先輩。
わたしが困ったら、助けてくれますか?」
「そりゃあね。
同期だしさ。」
歳、離れてるけど。
「……そういう人、ですよね。」
ん?
「……
その、ですね。
わたし、振られちゃいまして。」
え?
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