第5話


 「……ほんとに良く

  こんなところ見つけてくるよね。」


 ふふん。

 

 接待にも使える個室持ってるのに、

 相場よか1~2割安い。


 場所がめちゃくちゃ悪いから。

 ヤバそうなビルの隣の雑居ビル。


 「重たいもん食うねぇ。」

 

 クワトロフォルマッジ。四種のチーズのピザ。

 パルミジャーノ・レッジャーノにハチミツをぶちまけて食う背徳感。

 高級品である水牛のモッツァレラを隠し味として投入しており、

 コク深い味わいに仕上がってる。カジュアルランチとしては申し分ない贅沢さだ。

 

 「お。」

 

 ふふふん。

 

 「これ、いい蟹使ってるね。」

 

 課長はトマトと渡り蟹のリングイネ。

 なんていうか、課長っぽい。


 「でしょう。」


 「このパスタ、旨いね。

  弾力があるけど、中はもちっとしてる。

  生麺なんだけど、乾麺のいいところも残してる感じ。

  ソースとうまく絡んで相性もいいし。」


 ……ははは。

 さすがよくおわかりになられる。

 連れてきた甲斐はあるな。ここまで来なそうだけど。

 

 「半個室抑えてくれて助かったよ。

  こんな場所なのに、結構お客来てるね。

  

  ……こういうトコで会ったわけだ。」


 「はい。」

 

 「出来すぎた話だけど、

  小辻君だと、さもありなんって感じかな。」

 

 「どういう意味でしょうか。」

 

 「ふふふ。

  こりゃ、いろいろ大変そうかな?」

 

 は?

 

 「あぁ、なんでもない。

  それで、なにも知らないだろうきみに言っておくと、

  この方、いま、渦中の人だよ。」

 

 「渦中の。」

 

 「うん。

  エクスプロージョンって分かる?」

 

 「爆発、ですか。」

 

 「そっからだね、きみの場合。

  まぁ、芸能界では大手事務所だよ。

  

  で、簡単に言うと、エクスプロージョンの役員が

  かなりタチの悪い枕営業を仕掛けていた。

  10代前半の女の子を囲っていたってわけだ。

  で、スポンサーに囲ってた子を貸し出したりしてたらしい。」

 

 「売春斡旋と同じですね。

  立派な刑法犯ではないかと。」

 

 「はは。

  そうだと思うけど、まぁ、普通は黙ってる。

  次の仕事に繋がるからやってるわけでね。

  だけど、黙らない子が出ちゃって、ネット上の生放送で告発した。」


 「え。」

 

 「エクスプロージョンはただちにその子を解雇。

  別件の契約違反を盾に、民事訴訟で訴えてる。」

 

 「はぁ。」

 

 「で、火中の栗であるその子を引き取ったのが、

  君がお会いしたっていうお方だよ。

  一ノ瀬美智恵女史。元エクスプロージョン執行役員。」

 

 ああ、そうか。

 名前で検索すりゃよかったのか。

 

 「だからまぁ、広報としては、

  いろいろ難しい人ってわけ。」


 「干されてるってことですか。」

 

 「うーん、そうじゃない。

  いまの一ノ瀬女史を干せる人は誰もいないと思うよ。

  小林エージェンシーの小林社長とも昵懇だし、

  製作現場やスポンサーの信認も厚い。なにより知名度が群を抜いてる。」


 「はぁ。」

 

 「でね、うちの広報は

  エクスプロージョンと仲良くしてるらしいわけだよ。

  接待されたりとか、いろいろ。」

 

 ん?

 

 「つまり、

  買春側の関係者かもしれないわけ。」


 うーわっ。

 

 「こんなものうかうか広報へ持ってったら、

  きみ、痛い腹を探りにきたって思われるよ。

  警視庁が極秘裏に捜査に着手したって話もあるんだから。」

 

 あぁ……。

 なんてめんどくさいモンを寄こしてくれたんだ。

 

 「で、広報の女子社員とか、若手からすると、

  今回の件でエクスプロージョンとの関係を早く切らないと、

  レピュテーションリスクを抱えると考えてる奴もいる。

  社長とかも、たぶんそっち側。」

 

 ……社長が健全な側で良かった。


 「だから広報で接待づけだった連中は窮鼠なわけだよ。

  そこへこんな爆弾持ってったらってこと。わかるね?」

 

 「……さすがに。」

 

 「はは。

  ならいいけど。

  

  で、さ。」

 

 はい?

 

 「きみの逢ってるその娘、写真とかあるの?」

 

 「ないですよそんなの。」

 

 「そっか。

  いや、あの一ノ瀬女史が、わざわざ個別担当してる娘でしょ。

  秘蔵っ子ってことじゃない。」

 

 「なんですかね。」

 

 「だと思うよ。

  だって確か、いま68歳だもの。

  半分伝説の人だよね。」


 え。

 

 「もうちょっとお若い方かと。」

 

 「ははは。

  まぁ年齢不詳だよね、ああいう業界は。

  しかし、ほんと面白いよね。」

 

 ん?

 

 「いや、その娘にしても、一ノ瀬女史にしても、

  関係を持ちたいって人は星の数じゃ済まないだろうに、

  全然関心ないきみがこういう形でご縁を持つんだからさ。

  世の中ってほんと、わからないものだね。はははは。」

 

 ……。

 

 ぶーっ

 

 ん?

 

 「失礼。」

 

 「うん。」

 

 ……あ。

 

 <お昼ご飯ですか?>

 

 えーと。

 

 <そう。上司と同席中>

 

 <す、すみませんっ!!!>

 

 え゛

 

 「な、なんですか。」

 

 35歳の若作りオッサンに顔、覗き込まれても。

 

 「……いや?

  なんか、犯罪のニオイがするなって。」

 

 「どういう意味ですか。」



*


 「小辻先輩。」

 

 ん……?

 ああ。

 

 「榎本さん、ですか。」


 榎本えのもと帆南ほなみさん。入社上は同期だった。

 中途採用で潜り込んだヨレヨレの僕と、新卒ピカピカ入社だった榎本さん。

 今や営業部のエースになってると聞いてるけど。


 「……本当にありがとうございます。」

 

 は?

 

 「僕は貴方に何もしていませんが。」


 「……なにもかも、先輩のお陰です。」

 

 どういうこと??

 話がまったく見えないんだけど。

 ……そこの課長、なんで笑ってるんですか。


 「証明して下さったじゃないですか。

  出典元、嘘だらけだって。」

 

 ん、ん??

 

 「すみません、お話の趣旨がよく分からないのですが。」

 

 え、なに?

 めっちゃ笑われたんだけど。


 は?

 なに、この書類……

 

 あぁ……

 

 「確かにこれは酷かったですね。」

 

 こないだ、課長に残業させられた奴か。

 基礎資料、ぜんぶ嘘だったっていう。


 「……きちんと調べなかったわたしが悪かったんですが。」

 

 あぁ。

 

 「そうですね。ただ、榎本さんは文学部卒ですから、

  寄こされたデータを精査するという発想に乏しかったんでしょう。」

 

 「ふふふ、

  相変わらずはっきりおっしゃいますね。」


 あ。

 このデータを出した人って。

 

 「……はい。

  基礎研の方が出してくれた奴だから、って。」

 

 あぁ、それは気が引けるだろうな。

 調べようと思わないだろう。

 

 って、悪意が過ぎるな。

 危うく社に損害を与えるところだったじゃないか。

 

 「湯瀬課長からこの資料貰って、

  先輩だって分かりました。」

 

 なんで。

 

 「先輩、付箋を斜めに張りますから。

  それに、この曲がった字体書くのって、

  先輩以外いないじゃないですか。」

 

 「……

  榎本さんこそ、はっきりおっしゃいますね。」

 

 「はい。

  そうするようにしようかなって。」

 

 ……ははは。

 なんだろう、笑顔が眩しい。

 もともと綺麗な子だったけど。


 「先輩、

  今日の夜、ご飯食べにいきませんか。」


 え?

 

 「すみませんが、今日の夜は先約が。」

 

 「そうですか。

  では、明後日は。」

 

 えぇ??

 

 「……明後日は、なにも。」

 

 「じゃあ決まりですねっ。

  あ、割り勘で大丈夫ですから。」


 それは心底助かる。


 「ふふ。

  なんでしたらわたしが出してもいいんですよ?」


 「それは好ましくありません。」

 

 「よかった。」

 

 ??


 「店選びの幅が違いますから。

  明後日、定時終わりでいいですよね?」

 

 なんで課長を見てるの。

 そして、なんで頷いてるの課長も。


 「だそうですよっ。」

 

 はぁ。

 なんだ、これは。

 

 「わかりました。

  ではそのように。」

 

 「あ、先輩。

  敬語、もうやめてくださいね。」

 

 ん?

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