第2話


 つまり。

 

 「先ごろあのお店にいらっしゃったのは、貴方だったと?」

 

 「は、はいっ。」

 

 ……20代女性だと信じて疑わなかったけど。

 っていうか、年齢がぜんぜん分からない。

 知らないほうがいいっていうか、知るべきじゃないんだろうな。

 

 っていうか。

 

 「相席になってしまって、申し訳なかったですね。」

 

 「と、とんでもないっ。

  いろいろ教えて頂いただけでなく、お金まで出して頂いて。」

 

 「あれはこちらが頼んだものですから当然です。

  どうぞお気遣いなく。」

 

 ほんとに。

 実際、そんな高くないんだよあの店は。

 

 っていうか、いろいろ謎しかないな。

 下種な興味本位の勘繰りならいくらでもできるんだけど、

 それをしちゃダメなやつ。だって東京だもの。

 

 「お待たせしました。

  おまかせ和定食になります。」

 

 あぁ。

 すっかり忘れるところだった。

 

 おー。

 さすが隠れ高級店。見た目が豪華だわぁ。

 え、これ、もしかして。

 

 「ええ。

  鯛めしです。お好きでしょう。」

 

 「そりゃぁもう。」

 

 言っちゃったよ。

 え、じゃあこれは鯛の潮汁。

 

 おお、めっちゃいい香り。

 定石を無視して潮汁からいっちゃう。


 ……

 

 うーん、やっばい。

 細胞が生き返る。

 

 いい和食屋の昆布出汁ってどうしてこう旨みしかないのかね。

 うわ、やば、口の中の返り香だけでほっこりできる。

 あー、この舌に残る隠れた塩味の〆方が絶妙。

 

 あー、これだけで生きていけるわ。

 同系統の鯛めしを先に食べてからなんだけどつい。

 でも鯛めしもひと手間かかってるんだろうなたぶん。

 

 あー……。

 これは……。


 ほとんど同じなんだけど、醤油と、

 あとこれなんだろう、三つ葉なのか? 違うな、なんか香草っぽい。

 あとこの生姜、絶対市販じゃないやつ。


 うわ、うわうわ。

 やばいな、やっぱり高級店は違うわ。

 あー、これはほんといいわ。贅の極みだわ。

 なんもかも忘れられる。

 

 あー、ほっこりするぅ……。

 

 ……

 

 ?

 

 え。

 

 「……あの、まさかと思いますが、

  また、ご注文されてないとか。」

  

 ……あ。

 めっちゃ赤くなった。

 どうなってるのホントに。

 

 ……あぁ。

 マダム的には、客のこと、言うつもりはないと。

 なら。

 

 「そちらの方への御勧めは?」

 

 「!」

 

 あら。

 ふんわりと笑われてしまった。

 ミステリアスなマダムだよなぁ。

 場所柄考えたら、こっちなんて洟垂れ小僧みたいな感じだよな。

 

 「わかりました。

  お作りしますね。」


 絶対同じものにしないな、これは。

 

 「……あ、あの、

  その、わたし、ほんとに。」

 

 ……これは。

 悪いことしたかもだなぁ。

 

 「どうかお気になさらず。」


 ……倍、か。

 さすがに痛いけど、三日間引きこもり切れば大丈夫だろう。

 最悪、取り崩しという手もなくはない。

 

 ……あはは。

 鯛めしと鯛の潮汁、併せて食べるとハーモナイズが凄まじい。

 口の中でちょっと味の濃い鯛茶漬け。御下品な食べ方で申し訳ないわ。

 いろいろ忘れられる。いまはちょっと忘れたい。

 

 「……。」

 

 あ。

 お腹、鳴った。

 めっちゃ恥ずかしがってるな。

 注文後でまだ良かったかもしれない。

 

 いや。見ないみない。

 都内の高級店で妙齢の女性をじっと見るなんてもっての他だ。

 妙齢っていうよりも、どうみても子どもなんだけど。


 あー、緑茶ウマウマ。

 ほっこりする……。

 

 もったいないからゆっくり食べよう。

 うん。10回噛んだ時と20回噛んだ時で味わいが変わるわ。

 30回噛むと旨みが口の中にずっと広がる。後味に嫌味がひとつもない。

 なんていうか心が浄化されるっていうか、救われるわ……。

 

 ん??

 

 ……いくらなんでもちょっとゆっくりしすぎか。

 休憩時間内に帰らないとだから、回数減らさないと。

 あぁもう、ほんと夜にゆっくり来たいなぁ……自腹じゃ無理か。

 

 ま、よきよき。

 ちょっとエネルギー回復したわ。

 この残存値で、23時まで戦うとしますかっ。

 

 「3400円内税になります。」

 

 ぐさっ。

 まぁ、そうだよね。倍だもんね。

 

 いい、いいってもう。

 三日間一銭も使わずにmytubeでクソゲー攻略のゆっくりシリーズでも見るよ。

 

 で、ここも現金しか使えないっていうね。

 お札あんまり触りたくないんだけどなぁ…。

 

 「あ、あのっ。」

 

 ?

 

 「……っ。」

 

 ……??

 なんだ、この紙きれ。

 頬、真っ赤なんだけど


 「おつり600円です。

  お確かめください。」

 

 あぁ、はいはい。


*


 「これ?

  え、小辻君、ほんとにこれ、知らないの?

  ええ??」

 

 湯瀬課長がオカムラの背もたれを揺るがして仰け反ってる。

 ちょっと驚きすぎじゃないか?

 

 「いや、いくらなんでも疎すぎない?

  パソコンはプログラム組めるのに。」

 

 「パソコン関連ですか?」

 

 「違うよ。

  これはRINEのID。」

 

 ……あぁ。

 

 「やってないの?」

 

 「やってませんよ。

  セキュリティ上問題あるじゃないですか。」

 

 「カタイなぁもう。

  やましいことしてなきゃ問題ないと思うけど。」

 

 やましいこと、ねぇ。

 そういえば、RINEのスクショが流出して

 不倫やらなんやらバレたアイドルが活動停止したとかで騒いでたな。

 

 っていうか。

 

 「課長はやましそうですよね、いろいろ。」

 

 「……それを、本人相手に

  面と向かって言えるのは小辻君らしいよ、ほんとに。」

 

 湯瀬課長は35歳なのに、若作りのイケメンなので、めっちゃモテる。

 で、社内の女子に愛想を振りまきすぎて、

 大人げない派閥争いに巻き込まれて胃を痛めてる。

 

 まぁおかげで他部署の情報が事前に入ってくるのは有難いし、

 仕事で無理を言ってこないいい上司だから、

 できる限り支えておきたいんだけど。

 

 「ちょっと下半身、緩すぎですよね。」

 

 独身を謳歌しすぎだと思う、この方は。

 

 「……あのね。

  仮にも上司に向かって、よくそこまで言うねぇ。」

 

 まぁ、この人に美容室教わんなかったら、

 僕も転職直後の状態だったわけだけど。

 

 「ま、いいや。

  そんな僕から言えるのは、

  これ、ちゃんと答えてあげたほうがいいよ。」

 

 「ですか。」

 

 「うん。

  minstagramじゃなくて、RINEでしょ。

  相当、覚悟持って出してきてるはずだよ。」

 

 「そこ、なにか違うんですか。」

 

 「そっからかよ……。」

 

 あ、馬脚が。

 実は課長、お育ちがあんまりよくないっていうね。

 女子の前ではうまく隠してるけど。

 

 「ああもう、貸して貸して。」

 

 あ。

 

 「……なんだよ、これ。」

 

 「なんですか。」

 

 「なにもかもデフォルトのままじゃん。」

 

 「いけませんか。」

 

 「……小辻君、

  スマホ、なんだと思ってるの?」

 

 「メーラーです。

  あと、出張時の地図案内。」

 

 「……。」

 

 なんでそんな呆れた目で見られてるの。

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