知らないうちに有名美少女女優を餌付けしてた

@Arabeske

第1章

第1話


「あ。おにーさん。

 よくきたよくきた。」


 心の中で小母様って呼んでる。

 30歳を過ぎた僕をおにーさんと呼ぶのは、このひとだけだろう。

 背が低く、皺くちゃで丸く、白塗りの厚化粧。

 ただのホールスタッフだが、この店の主といって良い。

 二年も通ってるのに本名知らないままだけど。


「おにーさん今日もひとり?」


 黙って頷く。


「ゴメンナサイ、いま満席ね。

 チョット待てる?」


 小母様の小さな背の向こうの賑わった客席を眺める。

 ……ちょっとどころじゃないな。平日だってのに。


「あぁおにーさん帰らない。帰っちゃダメ。

 相席ナラすぐ入れる。」

 

 相席かぁ。

 相席はちょっと


「おきゃくさまおひとりゴアンナイね!」

 

 って。

 相変わらず強引だな小母様。

 背丈がこっちの脇の下くらいしかないのに圧がめっちゃ強い。

 

 ……あぁ。なるほど。

 団体が二組入ってるんだ。打ち上げかなにか?

 まだ七時だってのに結構できあがってて騒がしいな。

 まぁいつものことか。個室ないんだよなココ。

 

「はいおにーさんそこ座る。

 ごめんそこあけてあけて。」


 ……はぁ。

 目の前の人がおいてた荷物じゃんじゃんどかしてしまった。

 まぁ、一番奥の席ってのはありがたいけども。


「……。」


 あらら……。

 ……こりゃ、なかなかきまづいな。

 

 20代前半、くらいか?

 帽子被って、少し度の強そうな眼鏡を掛けてる。

 

 知らない人をあんまりジロジロ見るべきじゃない。

 都会暮らしの鉄則。

 

 ここはスマホでもみ


「はいおにーさん注文して。

 今日はオススメこれとコレ。

 このオススメのやつ今日材料マズイ。頼んじゃダメ。

 あとこれとこれ今日ない。頼んでもムダ。」

 

 ……ははは。

 こんな接客、他じゃ絶対ありえないわ。


「大根餅と香腸詰チャーハン、それと香菜炒めで。」


「香菜今日ない。頼んじゃダメ。」


 まじかよ。言ってなかったじゃん。

 うわー。ありきだったんだけどな。

 仕方ない。


「なら翡翠餃子と鱶鰭餃子をお願いします。」


「おにーさんさすがよくわかってる。

 えらいえらい。お客のカガミ。」


 褒められてしまった。

 褒められるポイント全然分からないけど。


「お茶いつもの?」


「はい。」


「はい注文とった。

 そこでおとなしくまってる。」


 ……ふぅ。

 相変わらず無敵だな小母様。

 あ、酔っ払いの注文、聴こえてるのにさくっと無視してった。

 いつもながら最の接客だわ。


 ……ん?


 な、なんか……

 目の前の相席の女性客にじっと見られてる?


 あ。

 目、逸らした。

 

 ま、逸らされるのが普通か。

 こんどこそスマホでも見よう。

 

 どんっ


「はいおにーさん大根餅。」


 早っ!?


「あそこのお客さん間違えて注文したやつ。

 おにーさん運よかった。」


 それ客に言うのかよ。

 相変わらずの凄まじさだな小母様。


「お茶まだ来てないねおにーさん。」


 そりゃ来てないだろう。

 入店3分で注文来たのレコード記録だよ。


「すぐ出すからおとなしく待って待って。」


 はいはい。

 おとなしくしてるってば。


 ……って、またあの酔っ払い無視してったな。

 可哀そうに、新入社員の子が他の店員に声かけてる。

 でも残念、あのガタイのいい人は小母様より不愛想なんですよ。

 ほんとここ、味がよくなかったら潰れてるな。


 お、きたきた。愛しの凍頂烏龍茶。

 表参道なら2500円。ここだと880円。破格すぎる。


 ちゃんと茶器を温めてくれるわけだよね。

 めっちゃ手つきが荒いんだけど、見なかったことにして、

 まず一煎め。

 

 おお、これだよこれ。

 透き通るような黄金色、鼻腔を擽る花の香り。

 舌から鼻にまろやかに薫っていくコクの良さ。

 なんてっても後味の爽やかさ。

 

 ……喧噪が凄まじいが、

 お茶の味はほんと一流なんだよな、この店。

 世に宣伝されてる高級店、だいたいここよか美味しくない。

 高級店行く連中はこんな喧噪耐えられないだろうが。

 

 じゃあ大根餅をもそもそ食べましょうかね。

 店で作る分にはそうでもないんだろうけれど、

 自分で作ると大変なんだよな大根餅。


 うん。もっちもち。餅粉と大根の歯ざわりが絶妙。

 ごま油じゃないんだよな、なんか違うの使ってる。

 あとこの香豚がちょっと入ってるのでコクが深い。絶対家じゃ作れない。

 

 これがまた凍頂烏龍茶様とばっちりあって、

 後味すっきり、油分さっぱり、いくらでも食べられてしまう。

 

 ……ん?

 

 ……じぃっと見られてるんだけど。

 あ、また目、逸らした。

 

 っていうか。

 

 「あの、失礼ですけれども。」

 

 「!?」

 

 「ご注文はされてらっしゃいますか。」

 

 「……。」

 

 首、二回振られた。

 どういうこと?

 

 まさか。

 

 「はいおにーさん翡翠餃子と鱶鰭餃子。

  熱いから気をつける。はしっこもたない。」


 おお、来た来た。

 じゃなくて。

 

 「こちらの方の注文は?」

 

 「あぁ、おねーさんご注文決まった?」

 

 首、振ってる。

 

 「決まったら注文する。いい?」

 

 縦に二度、頷く。

 なんだこれ。

 

 「おにーさんあとチャーハン来る。まってて。」

 

 はいはい。

 

 (ぎゃっはっはっはっは)

 

 ……あっちの団体、ちょっとやばいテンションだな。

 いい大人がサラウンドで騒いでる。

 香雪酒めっちゃ出てるな。あれ20度以上あるやつじゃね?

 

 じゃなくて。

 

 「あの、失礼ですが。」

 

 「!」

 

 「こちら、はじめてでいらっしゃいますか?」

 

 度の強そうな眼鏡の奥で、

 心持ち泣きそうな目で頷いてくる。

 

 うわぁ。

 この店でしょっぱな、この雰囲気で相席って。


 しかしここ、若い女性がよく一人で来たな。

 またなんかどっかの雑誌に載ったりしたんだろうか。

 風俗街の隣接地なのに。

 

 うーん、どうしよう。

 注文決められる顔してないなこの人。

 っていうか、

 

 「大変失礼ですが、

  お腹、空かれてます?」

 

 あ。

 なんか、恥ずかしそうにしてる。

 

 「よろしければ、こちら、召し上がられます?

  取り分けますから。」

 

 首を振ろうとして、固まった。

 誘惑に勝てないっていうか、この人、マジでお腹空いてるな。

 

 テーブル席の端っこに積み上げられた小皿を取って、

 翡翠餃子と鱶鰭餃子をひとつずつ乗せ、箸を取って渡す。


 「御口に合わなければ残されて構いませんので。」

 

 じーっと見てる。

 っていうか、なんで喋らないんだろうと思うが、

 なんか事情があるんだろう。詮索しないのが都会ルール。

 

 あ。

 

 箸を、手に取った。

 綺麗な手だなぁ。

 

 翡翠餃子を箸に載せて、するっと食べた。

 口に小さな驚きが浮かぶ。

 

 あぁ。

 めっちゃ綻んでる。ちょっとほっとした。


 まぁ、美味しいからねここの翡翠餃子。

 こっちも食べよう。


 うーん、海老が旨い。小さいけどプリっとしてる。

 タケノコの歯ざわりと帆立の香りがなんともいえない。

 うわ、うま。うまみたっぷり。

 

 そこへこの鱶鰭餃子様を投入するわけですよ。

 鱶鰭なんてほんとにちょこっとあるだけなんだけど、

 アクセントとしての歯応えだけっていうね。

 でも香り高いよねこれ。うーんウマウマ。

 

 あー。お茶が旨い……。ほっこりしてきた。

 独り身でも騒がしくても口の中だけでほっこりできるって素敵。

 

 ん?

 

 あぁ。

 これ、かぁ……。

 

 「はいおにーさんチャーハンこれ。」

 

 「こちらの方にこれと同じものを。」

 

 「!?」

 

 「はいはいわかったわかった。

  すぐもってくるくる。」

 

 うわ。

 なんか、ぱりーんって割れた。

 だいたいこの店、三回に一回くらいこれあるな。

 

 あぁあの酔っ払い、めっちゃ粗相してんなぁ…。

 まだ七時半だってのに。

 

 で、

 とりあえず、この香腸詰チャーハンも取り分けよう。


 「!」

 

 ん?

 

 「要らないなら、置いたままにして頂ければ。」


 顔に『欲しい』って書いてあるな。

 なにかと格闘してるけど、

 あぁ、レンゲ、持っちゃった。

 

 小さな口を開けて、

 一口、食べて、


 あ。

 堕ちたな、あれは。

 

 うん。

 まぁ実際、美味しいんだよね香腸詰。

 台湾風ソーセージなんだけど、

 なんだろう醤油も酒も違うからなのか、火の入れ方が違うのか、

 ここの香辛料が何使ってるか分からないけど、

 ともかく香りが強くて、甘味があって、やばいくらいレンゲが進む。

 

 ちょっと油強めなんだけど、

 そこでこの凍頂烏龍茶様が

 

 「はい凍頂烏龍もってきた。

  おねーさんのんでのんで。

  いい香り。おいしい。チャーハンぴったり。」

 

 眼鏡の奥で、目、白黒してるな。

 そりゃまぁそうだ。神出鬼没の妖怪にしか見えないもの。

 

 ありゃ。

 いつのまにあの団体さんハケたか。

 粗相の山だったからなぁ。

 

 でもすぐ客が三組入ってきて、満席かわらねー。

 なんだ今日、めっちゃ盛況だな。

 はやいとこハケてあげたほうがよさそうだわ。

 

 「……。」

 

 ん?

 あぁ。

 

 「この急須からその小さな湯飲みにそそぐんです。」

 

 「!?」

 

 あぁ、ほんとこういう店はじめてか。

 ほっとくと渋くなっちゃうんだよなぁ。

 まぁ、しょうがないか。

 

 「失礼。」

 

 えーと?

 立って淹れるのってはじめてだからなぁ。

 

 「!」

 

 なんか、見上げられちゃった。

 ちょっと手元が狂っちゃうけど、まぁなんとか入った入った。

 

 「こんな風に淹れれば良いかと。」

 

 顔を赤くして頷いてる。

 ごめんなさいねほんとに相席になんかなって。

 あぁ、そういう意味でも早く出たほうがいいのか。

 

 気を取り直してさっさと香腸詰チャーハンを……

 あぁ、やっぱ旨いなぁこれ。

 すっごい甘さと濃厚で野性的なうまみ。

 

 でもちょっと油っぽいので

 それを凍頂烏龍茶を口に入れてさっぱりして。

 

 あー。

 ほっこりするぅ……


 ほんとはもう二時間くらいいろいろ頼みたいんだけどなぁ。

 なんせ一人だからなぁ。選択肢が狭い。

 いまの会社の人達はこんなトコ来ないだろうしなぁ。

 

 あぁ、あっちめっちゃ並んでるな。

 たぶん階段の下まで列が出てる。

 こりゃもうハケてあげるしかないわ。平日なのになぁ。

 

 「!」

 

 えーと?

 忘れ物はないね。よしよしと。

 

 「おにーさんもう帰る?」

 

 向こうの客待ってるのに。

 相変わらず一見さん無視徹底してんなぁ小母様。

 

 「また来ますよ。

  もうちょっとゆっくり。」

 

 「そうそうまた来る。

  おかねべつべつ?」

 

 は?

 ああ。

 

 「一緒で。」

 

 こっちが勝手に頼んだんだもんな。

 当然っちゃ当然だわ。

 

 「カード使えない。

  即金受付だけ。わかる?」

 

 それは知ってる。

 はやくカード対応して欲しいんだけどなぁ。



*


 はぁ。

 午前の仕事、えらい長引いたわ。

 

 遅くなったなぁ。

 もう13時半くらいか。

 

 LO14時っていう店だと、高いとこしかないんだよな。

 ここはさーって行って、さっと戻らないとだわ。

 

 会社ん中、軽く荒れてるからなぁ。

 ちょっとでも外出ておかないと、精神が擦り減る。

 前職に比べれば大したことないとはいえ。

 

 ともかく金曜日だから、ここさえ凌げれば、あと三日間は休み。

 ハッピーマンデー万歳だから、絶対に仕事を残すわけにはいかない。

 ……深夜残業確実デーともいう。

 

 はぁ。

 なので多少高い店でも、この際仕方ない。

 三日間、部屋ん中に引き籠ってればいいだけだから。


 ……ま、ここか。

 

 めっちゃ入りづらい雑居ビルの四階。

 

 夜は知る人ぞ知る本格高級和食屋だが、

 昼の定食は安め(といっても1700円程度)で出してる。

 ボリュームたっぷり、筍ご飯は一杯までおかわりあり。

 夕食カロリーメイトで相殺すれば、予算上は問題なし。

 

 ……時間合わせれば誰かとシェアできたかもか。

 だめか。いまちょっと女子同士で揉めてるからなぁ。

 課長は上も下も大変そうだけど、人柱になってもらうしか。

 

 「いらっしゃいませー。」

 

 ありゃ。

 客、二人しかいないな。

 めずらし。

 

 って。

 ……は?

 

 どう考えても、10代の子、だ。

 絶対こんなところ知ってるわけないんだけど。

 

 あぁ、だめだだめだ。

 都会暮らしは関心持たず、の大原則に従っておかないと。

 

 「この時間にいらっしゃるなんておめずらしい。

  お仕事、お忙しいんですか?」

 

 こっちも、顔は覚えられてる。

 薄紫の高級そうな和服に身を包んだマダム。

 そして、例によってお互いに名前を知らない。

 

 「ちょっと。

  まぁ、明日からお休みですから。」

 

 「それは良かったですね。

  ご注文は?」

  

 「おまかせで。」

 

 「ありがとうございます。」

 

 ふぅ……。

 

 あぁ……。

 高級店で出てくるタダの緑茶、めっちゃ旨い……。

 なんせ、夜だったら諭吉一枚じゃ足らない店だもんな……。

 一回ここをまともな接待で使いたいけど、調査一課だとなぁ…。

 

 って。

 

 な、なんか、見られてる?

 なんだろう、壮絶に既視感が

 

 「あ、あのっ。」

 

 ?

 

 「こ、こないだは、ご馳走様でしたっ。」

 

 ……んん???

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