第4-1節:スノーの出自

 

 彼は颯爽さっそうと部屋の床に降り立つと、ちょこちょことこちらに歩み寄ってくる。


「リーシャ、とりあえずコメットの拘束を解いてあげなよ。『動け』でも『許可する』でもなんでもいいから、自由を取り戻しても良いという意思を込めて命じてみな」


「は、はい……やってみます。――う、動けっ!」


 私は半信半疑ながらコメット様へ視線を向けて叫んだ。


 すると本当にコメット様の金縛りが解けて、彼はホッとしたように大きく息をつく。そして手足を軽く動かしながら調子を確認している。


「なっ? オイラの言った通りだろ?」


「え、えぇ……そうですね……」


「それにしても、滅びの力がとうとう発動してしまったか。相変わらずエグい力だ」


「なっ!? これが滅びの力なのですかっ? コメット様の金縛りを解く方法といい、スノーは何か知っているんですねっ?」


「まぁね。滅びの力はその名の通り、最大限に発揮されると世界が消滅しかねないほどの力を秘めている。ただし、リーシャ自身がそれを行使することはほぼ出来ない。なぜならその力は心を通わせた相手に貸与する性質のものだからだ」


「つまり今の俺はリーシャから滅びの力を借りている状態ということかっ?」


 コメット様の問いかけにスノーは大きく頷く、


「そっ。心の距離が縮まるほど大きな力を引き出せる。ただし、力を扱う権限はあくまでもリーシャにあるけどね。だからその力が発動している間、彼女の意思が絶対なんだよ」


「もしかして俺の怪我が治ったのも?」


「ほかに考えられるかい? コメットも意外にバカなんだな」


 クスクスと小さく笑い、さげすむような瞳でコメット様を見上げているスノー。それに対してコメット様は顔を真っ赤にして口を尖らせる。


「な、なんだとっ!」


「ちなみに今、コメットが行使している力なんて滅びの力の最大容量キャパシティから考えれば微々たるもんだからね。本当に末恐ろしいよ。もっとも、キミたちの心の距離を考えれば、現時点ではそれが限界だけど」


「…………。スノー、貴様は何者なのだ? 滅びの力について詳しすぎる。口から出任せというわけでもなさそうだしな」




「――だってオイラは『冥界』に属する存在だから」




「冥界だとっ!?」


 コメット様は驚愕きょうがくの声を上げた。今夜、最大の驚き方かもしれない。


 額には汗が滲み、緊張感に満ちた表情と目でスノーを見下ろしながら唾を飲み込んでいる。


 でもそうした反応を見せるということは、彼は冥界について知っているということになる。少なくとも私は初めて耳にした単語だけど……。


 罪を犯した人間が死後に堕ちる『地獄』とは違うんだよね? だとすると、冥界ってどんなところなんだろう?


 気になった私はコメット様にたずねてみることにする。


「コメット様、冥界ってなんですか?」


「この世には人間界と魔界が存在する。そしてそれよりも上位に位置する世界とされているのが天界と冥界だ。ちなみに天界にはお前が信仰している神や天使、そういった連中がいるとされている」


「じゃ、スノーも神様みたいなものなんですかっ?」


「そ、それは俺にも分からんが……」


 私の追求にコメット様は困惑しつつ、ややたじろいでいた。どうやら彼も冥界についてそんなに詳しく知っているわけではないらしい。


 魔王の側近であるコメット様ですら持っている情報がそんなに限られているなら、単なる巫女である私はもちろん、人間界でそのことを知っている人はほとんどいないかもしれない。


「にゃはっ♪ そんなのどうでもいいじゃないか。とにかくオイラは冥王の意で、こっちの世界に様子を見に来たんだ。『滅びの力』を持つ者が現れたと察知したってことでね」


「スノー、冥王様というのはもしかして冥界の偉い御方ですか?」


「魔族にとっての魔王、人間にとっての国王のようなものだな。ぶっちゃけ、オイラは冥界の存在だから魔王や勇者より強いよ。でも余程のことがない限り、実力を行使する気はない。あくまでもオイラはこっちの世界へ様子を見に来ただけだからね」


「こいつが魔王様より強いだと? 世迷よまごとを……」


 コメット様は外方そっぽを向き、不機嫌そうに呟いた。


 確かに自分のご主人様が小バカにされているのを聞いたら面白くないのは当然だ。それに魔王の強さを間近で目の当たりにして知っているんだろうし。



(つづく……)

 

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