第3-3節:赤い光

 

 ――っ!


 次の瞬間、私の心臓は大きく跳ね、そのまま止まってしまったかのような感覚におちいった。全身から力が抜け、頭の中は真っ白になる。



 何も聞こえない、何かに触れているという感覚も温感もない。



 でもすぐに全ての感覚が一気に戻ってきて、途端に私の体は血のような赤い光に包まれる。そしてその光はコメット様の全身を照らしたかと思うと、そちらに遷移せんいしていく。


「え……これは……?」


 見るとコメット様の傷口がみるみるうちに塞がっていった。


 しかも彼の体は温かさを取り戻していき、程なく彼は私を優しく押し退けるようにしてゆっくりと上半身を起こす。


 直後、振り返った彼は私に穏やかな笑みを向け、その瞳はいつになく凛々しい。


 そして手を伸ばしてきた彼は、指で私の頬に残った涙をぬぐってくれる。


 私の胸はキュンとして、全身が熱くなってくる。ドキドキが止まらない。


「リーシャ、もう泣くな。俺は大丈夫だ」


「コメット……さま……。良かった……本当に良かった……」


「よく分からんが、俺はリーシャに助けられたことだけは確かなようだな」


「で、でも私にも何が何だか分からないです。ただ夢中で……」


 そうなのだ、私が何かの奇跡を起こしたのだけは間違いないと思うけど、その詳細については一切が謎。だからこそ私自身が強く戸惑っている。




 …………。


 ……いや、この場にいる誰よりも取り乱している人がひとりいた。フロイ様だ。


 先ほどまでの余裕に満ちた表情はすっかり消え失せ、愕然がくぜんとしながら唇を震わせている。


「バカなっ! 何が起こったっ!? こんなのっ、ボクの経験にも知識にもない現象だぞっ?」


「おっと、胸を熱くしている場合じゃなかったな。まずはこのクソ剣士に今までの礼をたっぷりとしてやらねばな」


 コメット様はゆらりと立ち上がると、眉を吊り上げてフロイ様を睨んだ。そして彼に向かって手のひらをかざし、カッと目を見開く。


 するとその瞬間、陽炎かげろうのように空間が揺らいだかと思うと、手のひらから衝撃波のようなものが放たれる。それをマトモに食らったフロイ様は壁まで吹き飛ばされ、背中に激しい衝撃を受けつつ床へとずり落ちる。


 苦痛に表情が歪むフロイ様。目を白黒させながらコメット様を見やる。


「がは……ぁ……。な、なんだ……この力……は……ボクが魔族相手に……」


「形勢逆転だな」


「ボクが……『みそぎの一族』であるこのボクがッ、魔族相手に負けるもんかぁあああああぁーっ!」


 今まで赤子の手をひねるように圧倒してきた魔族に自分がもてあそばれているという屈辱に、フロイ様はプライドが傷付けられたのだろう。言葉遣いはすっかり荒くなり、目は血走っている。


 彼は手のひらを掲げ、そこに魔法力を集中させて無数の風の刃を作り出した。それをこちらへ向けて躊躇なく放つ。コメット様の後ろには魔族ではない私がいることなんて、全く気にも留めていない。



 あるいはそんな余裕なんて、もはやないのか……。



 風の刃がうなりをあげてコメット様や私に迫る。攻撃範囲と距離を考えれば、全てを避けきることは不可能。それは私もコメット様も分かっているから、それぞれ両腕で顔の周りをガードして少しでもダメージを軽減させることに集中させる。




 でも――っ!


 コメット様に直撃した風の刃は、彼の体の表面で輝いている赤い光によって弾かれた。そのまま明後日の方向へ飛んでいって天井や床、壁、窓などに穴や傷を付ける。


 一方、私に向かってきた風の刃は肌に触れる直前に細かな光の粒子となって霧散し、消滅する。当然ながら私は無傷だし、周囲にも何の影響も出ていない。



(つづく……)

 

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