第3-2節:破邪の力と残酷な結末

 

 ――ふたりともすごい!


 普通はどちらかの剣が壁や天井に接触してしまい、思うような戦いが出来ないはずなのにそういう気配が全くない。ちゃんと空間を認識して、そうならないように剣を自分の手足のように操っている。


 剣の腕はおそらく互角――ううん、わずかにコメット様が押されているかも。



 そうか、体格も剣もフロイ様の方が小さいから、この場所ではコメット様と比べて自由度の高い動きが可能なんだ。


 事実、コメット様の表情にはわずかに焦りの色が見える。


 嫌な予感しかない。胸騒ぎが収まらない。


 やがてふたりは剣を交えたまま、お互いの動きが止まる。


「どうしました? コメットさん、顔が真っ青ですよ?」


「き……さま……こんな力を秘めていたとは……っ!」


「ボクは剣の素振りを日課にしていまして、欠かしたことがないんですよ。腕力には自信があるんです。人は見た目によらない――ということですね。コメットさん、またひとつ賢くなって良かったですね♪」


「違うっ! これは腕力によるものではないっ! もっと別な力だ!」


「……ふふ、そうですよね。あなたが魔族であれば感じますよね、ボクの真の力を。この『破邪はじゃの力』を」


 達観したように呟くフロイ様。


 一方、それを聞いたコメット様は大きく息を呑む。そして苦虫をみ潰したような顔をする。


「そうか、貴様は『みそぎの一族』かッ!」


「ほぅ、そこまでご存知とは驚きました。魔族の中でもあまり知られていないことのはずなんですけどね。――はい、いにしえより対魔族に特化した体質と技術を継承してきた一族ですよ!」


「うぐっ!」


 一瞬、動揺を見せたコメット様はその隙をかれ、フロイ様の一撃を受けてしまった。もちろん、それは腕に一筋の浅い切り傷が生じただけで、命に関わるような怪我には至っていない。




 でも――!


「う……がっ……あぁああああああぁーっ!」


 突然、コメット様は苦悶くもんに満ちた叫び声を上げ、その場に倒れ込んでしまった。床に落ちた剣の音が無常に響き、その様子をフロイ様は満足げに見下ろしている。


「コメット様っ!」


 私は慌てて駆け寄り、コメット様に膝枕をしながら傷口に回復魔法を掛ける。


 手のひらから放たれた白い光は彼の腕を照らし、滲む血はすぐに止ま――。




 …………。


 えっ!? 血が……血が止まらないっ! 傷口も塞がらない! しかもコメット様の苦痛に満ちた表情は変わらず、それどころかどんどん顔色が悪くなっていく。つまりこれは回復魔法が全く効果を発揮していないということになる。


 今まで数え切れないほど怪我の治療をしてきたけど、こんなことは初めてだ。


 ――いや、そもそもあんな小さな切り傷でこんなに重い症状になるなんてあり得ない。しかも刻々と悪化していくなんて……。


 彼の体に何が起きているのか分からない。混乱して私の体が震える。


 そんな呆然とする私に、横でたたずんでいたフロイ様が声をかけてくる。


「ボクの剣には破邪はじゃの力をまとわせています。その力が傷口から体内に入り、彼をむしばんでいるのですよ。魔法による回復が阻害されているのもそのためです。そして徐々に彼の体力も魔力も失われていく。ボクの一撃をかすっただけでも、魔族にとっては致命的なのです」


「っ! で、ではっ、もうコメット様を回復させる手立てはないとおっしゃるのですかっ?」


「さぁっ? 今までにボクが一撃を加えた全ての魔族は、完全に破邪はじゃの力にむしばまれる前にトドメを刺してきたので。ま、知っていたとしても教えるわけがありませんが」


 私は絶望の底に突き落とされたような気がした。


 自分の死が宣告されることなんてなんとも思わないのに、コメット様への死刑宣告に等しい言葉は私の心を激しくえぐる。



 全身が震え、頭は混乱し、自然と涙が溢れ出して止まらない。



 あぁ、私は例え地獄にちて永遠に苛烈かれつな炎に焼かれようとも構わない! コメット様を助けられるならば、それだけでいい!


 その想いで胸は一杯になり、私はフロイ様に向かってすがるように叫ぶ!


「私はどうなっても構いませんっ! だからコメット様を助けてください!」


「それは出来ない相談です。あ、すでに分かっていると思いますが、トドメを刺すのを邪魔しても意味はありませんよ? そもそも放っておいてもコメットさんはそんなに時間が経たないうちに命が尽きるんですから」


「う……うぅ……」


「早くコメットさんを楽にしてあげましょうよ。ねっ?」


 楽しげに言い放つフロイ様。彼はあらためて剣を持ち直し、その切っ先をコメット様の心臓へ向ける。


 私は咄嗟とっさにコメット様の体に覆い被さり、強く抱きしめた。


 もはやどうにもならない状況なのは分かってる。無駄な抵抗だというのも分かってる。フロイ様の言うように、コメット様を楽にしてあげた方がいいのかもしれない。



 だけど何もしないなんて、私の気持ちが収まらないッ!



 胸の中が熱く燃え、痛いくらいに激しく脈動している。鼓動が頭の中に大きく響いている。足の指先から髪の先端まで全ての感覚がハッキリ分かる。呼吸の間隔がどんどん短くなって苦しい。


 失いたくない、コメット様を! 諦めたくない! 嫌だ、こんなの嫌だっ!


「リー……シャ……っ……」


 胸の中で弱々しい声を上げるコメット様。体もどんどん冷たくなっていく。それらを認識し、私は激しく嗚咽おえつする。


「もう何も喋らなくていいですっ! もう……何も……」


「……いろい……ろ……ありが……」


「いやっ! こんなのっ、いやぁあああああああぁーっ!」


 気付けば私は喉が潰れてしまうかというような魂の叫びを上げていた。



(つづく……)

 

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