第2-5節:想いの変化
依然として彼は無言のまま。私には何が起きているのか分からない。
ただ、私としては嫌な気はしない。なぜか胸の奥も熱くて、自然と鼓動も高まる。
「い、痛いですよ、コメット様……。もしかして私を絞め殺そうとなさっているのですか? でもそれでは約束と違います。首をはねるとか剣を心臓に突き刺すとか、痛みを感じない一瞬で私を――」
「そんなことっ、出来るわけがないだろう!」
コメット様は怒気混じりの激しい声をあげた。彼が私に対してこんなにも感情を露わにするのは珍しい。
しかも手の力もさらに強くなったような気がする。
チラリと横目で見てみると、彼は奥歯を噛み締めながら瞳を潤ませている。
「こ、困りますよ……それでは……」
「バカか……お前は……。それに鈍感だ……」
「っ?」
「1年もともに暮らしてきて、情が移らんわけがないだろうが! ――いや、俺はあの瞬間からリーシャの命を奪う気など失せていた!」
「お、おっしゃっている意味が分からないのですが……」
ワケが分からず戸惑うばかりの私。
もちろん、コメット様の言う『情が移った』というのは私にも理解できる。でも私の命を奪う気が失せた『あの瞬間』というのは、いつのことなのか?
そもそもそれほど心境に大きな変化を及ぼした原因は何なのだろう? 殺意を押しとどめるなんて、よっぽどのことだ。
「確かに俺はお前を殺すためにここへやってきた。だが、殺してほしいと
「……っ……」
「美しいと感じた。
「コメット様……」
「お前の命は俺のものだ! 誰にも渡さない! 失わせもしないッ!!」
さらに彼の腕に力が入る。そしてこの時に私は気付く。かすかに彼の体が震えていることに。彼の胸の鼓動が激しく高鳴っていることに。
あぁ、そういうことだったのか……。
私は何もかも悟った。彼のことだけでなく、戸惑っていた自分の気持ちの原因さえも。
いつの間にか彼も私も想い合う仲になっていたんだ。お互いにかけがえのない存在になっていたんだ。彼が言うように、本当に私はバカで鈍感だ……。
私は自分からコメット様を優しく抱きしめた。その行動に彼は小さく息を呑む。
「……はい、私の命はコメット様のものです。あなたとお会いした瞬間からずっと。だから安心してください」
「リーシャ……」
「やはりコメット様は私にとって運命の御方です。それを今、確信しました。抱きしめられてこんなにも嬉しくて温かくて、幸せを感じているのですから。なにより死を覚悟していたはずなのに、気持ちを打ち明けられた今はあなたと永遠に離ればなれになることが怖い」
「俺も同じ気持ちだ!」
「神様から力を授かった当時、苦悩して眠れない毎日が続きました。そんな恐ろしい力が発動するくらいなら、その前に死んでしまいたいと思いました。それがこの世界にとって一番犠牲の少ない結果ですから……。でも私は巫女なので自死は許されていません。そんな時、私の前に現れたのがコメット様だったのです」
「……そうか、それで俺に殺されることを素直に受け入れたのか。それはさぞや俺が死神ではなく、救いの神に見えたことだろうな。まさに運命的……か……」
コメット様は私の言葉を聞いて色々と納得していたようだった。確かに彼からしてみれば、当時の私の言動には当惑しかなかったかもしれない。
でも出会ったばかりの相手に、私の想いや真意を話す気にはなれないもんね……。
「コメット様と暮らしてきて、知らず知らずのうちに私の気持ちも変わっていたんですね。あなたに想いをぶつけられ、ようやく気付きました。許されるなら、私もずっとコメット様と一緒にいたい」
「――それは無理な話ですね、残念ながら」
不意にドアの向こう側から声がした。
それは全く想定していなかった事態ということもあって、私もコメット様も体をビクつかせながら大きく目を丸くする。こんな夜遅く、しかもここはプライベートな空間なのだからそれも当然だけど。
直後、コメット様は
彼がここまでの反応を見せるということは、ドアの向こう側にいるのが『それなりの相手』だということ。本能的に強い力を感じているのかもしれない。
(つづく……)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます