第2-4節:命、尽きる時

 

 事実、彼は最初の一杯を一気に飲み干して、お代わりを要求してくる。


 だから私は再びハーブティーをカップに注ぎ、そのあとで昼間にあったことを隣に座っているコメット様に説明する。


「――なるほどな、それで王都へ行くことになったのか。わざわざ護衛まで手配してくるとは、その神官長とやらもご丁寧なことだ」


「ルシア様は配慮の行き届いた方なんですよ。それは昔からずっと変わりません」


「いずれにしても、行き先が王都とは俺にとっては都合が悪いな」


「はい。兵士がたくさんいますし、百戦錬磨ひゃくせんれんまの冒険者たちも集まっていることでしょう。特に勇者ウルト様たちがいらっしゃるとなると、コメット様の身が危険です」


「そうだな。一般の兵士なら何千人が相手でも問題はないが、冒険者や勇者は想定外の力を持っていることもあり得る。そもそも王都へ侵入することさえ骨が折れる」


「もしかして防御結界が展開されているかもしれないということですか?」


 私は神妙な面持ちでコメット様に問いかけた。


 最近は戦略上の要衝ようしょうにおいて、外部からの攻撃を防ぐ大規模な結界魔法が展開されている場合があると風の噂で聞いたことがある。


 その結界は魔法攻撃を弾くほか、魔族や魔物の侵入を阻む力もあるという。


 もっとも、結界の能力を超える魔法力や強い力の持ち主に対しては防ぎきれないとのことだけど。


「その可能性もあるが、王都へ近付いた段階で戦闘になるだろう。この村のような田舎なら、人間たちの中に混じっていても俺が魔族だと気付かれることはほぼない。だが、王都には魔術や魔族の知識に長けた者が必ずいる」


「そうか、コメット様が魔族だとバレてしまうわけですね?」


「うむ、おそらくリーシャが王都へ入った段階で俺は手が出せなくなるだろう。もちろん、それは正攻法かつ単独ではという意味だが」


「状況次第ではチャンスがあるでしょうし、複数の魔族や魔物を使役すれば難しいことではなさそうですもんね。でもその場合、大ごとになりそうです」


「あぁ、その通りだ。いくら俺が魔王様の側近といっても、独断で動ける規模をおそらく超える。特に勇者が相手となると勝手な動きは出来ん。そんなことをすれば、魔王様のお怒りを買うことになる」


「――となると、やはり『決断の時』が来たということでしょうか」


「…………」


 コメット様は深くうつむいたまま何も言わなかった。しかも前髪が垂れているせいで、表情もうかがい知ることが出来ない。




 彼は今、何を思っているのだろう? それが分からないのが悲しいし悔しい。


 その場に流れる沈黙。ランプの油が燃えるかすかな音さえ聞こえてくる。


 このまま彼が何か喋るのを待った方が良いのか、それとも続けて私が喋った方が良いのか判断がつかない。


 そんな重苦しい時間がしばらく流れたあと、もはやらちが明かないと思った私は意を決して口を開くことにする。


「私、コメット様とお会いした時から覚悟は出来ています。むしろこの時を待ち望んでいたのです。さぁ、私を殺してください」


「…………」


「くれぐれも苦しまないよう、ひと思いにお願いしますね」


 自嘲を浮かべた私は立ち上がり、コメット様の前でたたずんだ。そして全身から力を抜くと、静かに目をつむって『その瞬間』を待つ。




 なぜだろう、全く怖くない。これから私は死ぬというのに。


 …………。


 ……うん、本当に怖くはない。サッパリとした気持ちで晴れやかさすらある。


 なのに、なぜか心の隅にほんの一欠片ほどだけど寂しさを感じる。寂しいなんて気持ちはどこから来たんだろう?


 まぁ、事ここに至ってはどうでもいいか……。




 ――その直後のことだった。上半身を中心に強い圧迫感を覚え、つま先がやや浮かび上がったような感覚に陥る。


 それになんだか温かくて、コメット様の匂いを近くに感じるような……。


 私はいったいどんな攻撃を受けたのか?


 おかしい……この状態がいつまでも続いている。いつまで経ってもそれ以上の新たな痛みを感じない。


「えっ!?」


 恐る恐る目を開けてみると、私はコメット様に抱きしめられていた。



(つづく……)

 

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