第2-3節:束の間の安寧

 

「……っ……ん……」


 穏やかな陽だまりに包まれ、静かな寝息を立てているスノー。私の焦る気持ちなど知るよしもなく、気持ちよさそうな顔をして夢の中にいる。


 起こしてしまうのは気が退けるけど、この場は心を鬼にして彼の体を大きく揺する。


「スノー! 起きてください、スノー! 緊急事態です!」


「……ん……緊急事態ぃ? 本当にそれはオイラの安眠を妨げるほどのことなんだろうな……? もし大したことがなかったら怒るぞ」


 スノーは大きなアクビをすると、ゆっくり起き上がった。そして前足で顔を擦る。


「私、王都へ行くことになりそうなんです!」


「なんだと? それはどういうことだ?」


 すっかり目が覚めた様子のスノーは真顔で私の説明を待っている。


 私は頭の中を必死に整理して要点をまとめ、フロイ様がやってきてからのことを詳しく話す。


 するとさすが彼は私よりも賢いだけあってすぐに事態を理解し、少し考えこんだだけで次の行動へ移ろうと身構える。


 まさに一を聞いて十を知る。こういう時は本当に頼りがいがある。


「――よし、大体のことは分かった。オイラは今からホルン山までひとっ走り行って、コメットに事情を伝えてくる。もしそのまま放っておいたら『なぜすぐに知らせに来なかったんだ!』と、激昂して何をされるか分からないからな」


「居場所は分かるんですか?」


「ニオイと気配を辿たどれば造作もないことだ。もしオイラたちに嘘をついて、全然違う場所へ出かけていたとしたら見つけ出すのが難しいだろうけどな」


「あはは、コメットはそんなことをしませんよ……」


「どうだかな。あんまりヤツを信用しすぎない方が良いと思うぞ?」


 呆れ返ったような声でそう言い残すと、スノーは屋根から地面へと飛び降り、ホルン山の方向へと駆けていった。そのスピードは目にも止まらぬ速さで、あっという間にその姿が見えなくなる。




 その後はなかなか気持ちが落ち着かない中でも私は自分の仕事をなんとかこなし、日が暮れると自分の部屋に戻ったのだった。


 当然、一応は作った夕食も口を付ける気が起きない。おそらく無理矢理に押し込んだとしても喉を通っていかない。そして何かをする気にもなれないし、眠りにつくことも出来ない。


 だからベッドに腰を掛けて、部屋の隅をボーッと眺めるだけ……。


 そんな感じで月が天高く輝く頃まで時を過ごしていると、不意にドアをノックする音が響く。


 私は反射的に体をビクッと震わせ、息を呑みながら顔を上げる。


「はいっ、どちら様でしょう?」


「……俺だ」


「コメット様っ!?」


 コメット様の声を聞くや否や私は立ち上がり、ドアに駆け寄った。そしてそこを開けると、目の前にあったのはコメット様の姿――。


 それを見た途端、私の緊張や不安は即座に解け、心には安堵が広がっていく。


 たった半日ほど顔を合わさなかっただけなのに、そんなのはいつものことなのに、今日に限っては何日か振りに再会したかのような懐かしさを感じる。


「コメット様、お戻りになったのですね!」


「スノーから大体の事情を聞いてな。仕事を大至急で終わらせてきた。それで戻るのがこんなに遅くなってしまった。ま、本来なら明日までかけて実行する予定の仕事だったわけだしな」


「ご迷惑をおかけしました。それとお疲れ様でした。ところでスノーは?」


「アイツはその場に置いてきた。そのうち追いついてくるだろう」


「えぇっ!? そ、そうなんですかっ? 一緒に連れてきてあげないと、さすがにスノーが可哀想ですよ……」


「心配はない。俺のところまで単独ひとりで難なく来られたんだ。それにアイツならすばしっこいから、ドラゴンと遭遇したとしても逃げ切れるだろうさ」


 クスッと鼻で笑うコメット様。もしかしたらいつもスノーからからかわれているから、その仕返しとしてわざと置いてきぼりにしたのかもしれない。


 私は小さく溜息ためいきをつき、頬を膨らませながら呆れ返ったように言い放つ。


「あとでスノーに怒られても知りませんよ?」


「構わん。そんなことより、お前の口からも詳しい話を聞かせろ。伝聞だと細かな食い違いが生じている可能性もあるからな」


「あ、はい。分かりました」


 私はコメット様を部屋の中へ招き入れ、まずは薄くてぬるめのハーブティーを淹れてあげた。急いで戻ってきて、喉が渇いているだろうと思ったから。


 ちなみに薄くてぬるめなら、飲みやすくて睡眠にも影響が出にくい。



(つづく……)

 

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