第2-1節:謎の白猫

 

 それはいつものように私が教会で講堂の掃除をしていた時のことだった。


 ふと足下を見てみると、そこにはいつの間にか小さな白猫がたたずんでいたことに気付く。


 彼はコメット様と出会う少し前から教会に住み着いているスノー。その名前は私が付けてあげた。体が新雪のように純白で、毛もフワフワとしているから。また、性別がオスなのは確かだけど、年齢は分からない。


 当初、スノーはいつの間にか私の部屋に入り込んで昼寝をしていたり、お祈りの日に講堂内で村の子どもたちの遊び相手になっていたり、とにかく神出鬼没しんしゅつきぼつ


 しかも顔を出す頻度ひんども数日おきくらいだったんだけど、エサをあげたり世話をしてあげているうちに完全に居着いてしまったのだった。


 ちょっと生意気なところもあるけど可愛くて癒される。今ではすっかり私の大切な家族だ。教会の離れの小屋に住んでいるコメット様とは、そりが合わないみたいだけど……。


 まぁ、なんたかんだでお互いを認め合っているところもあるみたいだから、心配はしていない。今までうまくやってきているわけだし。




 ――ちなみにスノーはただの白猫じゃない。


 というのも、私たち人間の言葉を扱えて、簡単な雑用程度なら難なくこなせるから。知識も豊富で、おそらく私以上に賢いと思う。ただ、体の構造上、長時間の二足歩行とか指先を細かく扱う作業のようなことは出来ない。


 それと魔法は使えない――というか、少なくとも私はそういうシーンを見たことがない。そもそも彼は自身の能力や素性について何も話してくれないから、ほかにも未だに分からないことが多いんだよね……。


 いずれにしても常識外れの存在であることは確かだから、もしかしたらスノーは猫ではなく、それとよく似た別の生物なのかもしれない。


 もちろん、スノーはそうした特異な姿を私とコメット様以外には見せないし、周りにバレないように行動している。だから村のみんなは彼のことをただの白猫だと信じて疑っていない。


「リーシャ、森で薬草と薬石を採ってきてやったぞ」


 スノーは周囲を見回して誰もいないことを確認すると、二本足で立ち上がって首に巻き付けてあるスカーフを解いた。


 するとその中から回復薬の材料になる薬草や薬石がゴロリと床に落ちて、私はそれらを優しく拾い上げていく。


 いずれも貴重な種類で、そのまま売れば良いおカネになるし、自分で回復薬に加工すれば怪我をした村のみんなの治療をする際に役立つ。


 やっぱり教会への寄付だけでは運営が厳しいのは確かだし、怪我の治療をしたからといってギリギリの生活をしている貧しい人たちから高いお布施を取るわけにはいかないもんね。


 だからこそスノーが採ってきてくれる薬草や薬石は本当にありがたい。


 ちなみにコメット様も自分が魔族であることを隠した上で便利屋のような仕事を営んでいて、家の修理や荷物の運搬、街道の魔物退治など様々なことを請け負っている。


 当然ながらその収入も私たちの生活費や教会の運営に使われていて、今ではすっかり頼ってしまっている面もある。コメット様には感謝しかない。




 …………。


 それにしてもコメット様はいつ私を殺すのだろうか? 今のところ、そんな気配は全く感じられない。


 もちろん、彼にも考えや事情があるんだろうから、私としては『その時』が来るのを黙って待つだけだけど……。


「ありがとう、スノー。そうだ、先ほどコメット様にお仕事を依頼したいという方がいらっしゃったのですが、今はどちらにいらっしゃるか分かりますか?」


「あん? コメットは魔物討伐の仕事が入って、今朝からホルン山へ遠征中だぞ。帰るのは明日の夜遅くになるって、何日か前に彼自身が話をしていたじゃないか」


「……あ。そういえばそうでしたね、すっかり忘れてました」


「おいおい、しっかりしてくれよ……」


「そのかたは時間を置いてまた教会へいらっしゃるということなので、私から事情を説明しておくこととしましょう」


「オイラはこのあと物置の屋根で昼寝してるから、何か用事があったら声をかけてくれ。当然ながら、安眠を妨げないでいてくれるのが一番だけどな」


「はいはい、分かっています」


 私は勝手口の方へ歩いていくスノーの後ろ姿を笑顔で見送った。ピンと天に向かって伸びる長い尻尾がなんだか誇らしげだ。


 ちなみに勝手口には常に開放されている小窓があり、おそらく彼が講堂に入ってきた時もそこを使ったんだと思う。さしずめそこは彼専用の出入口といったところだろうか。




 その後、私は受け取った薬草や薬石を持っていた布袋に入れ、中断していた掃除を再開させた。


 この調子で続けていけば、夕暮れ時までには余裕を持って終わらせられそうだ。


 ――と、思っていた最中のこと、不意に出入口のドアが開いて誰かが講堂に入ってくる。



 ギビキビとした動き。それに歩く度に金属同士のぶつかる音が小さく響いていることから、剣や鎧を装備したどこかの兵士や冒険者の方なのだろう。


 事実、姿がハッキリ視認できる距離まで近付いてきたところで、ほぼ想像通りの格好をした男性だと分かる。



(つづく……)

 

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