第1-2節:捧げる命
いずれにしても、今なら順序立てて色々と事情を聞くことが出来る。少なくとも、ワケの分からぬままあの世へ旅立つということはないはずだ。
やっぱりどうせ死ぬなら、スッキリとした気持ちで死にたいから。
「あなたはなぜ私を殺そうというのですか? その理由を教えていただけませんか?」
「我が主には『強大な力』を察知する能力がある。その『強大な力』がお前の中で目覚めたとのことだ。その力の真相を見極め、我らの
「あなたは何者なのですか?」
「俺は魔族のコメット。魔王様直属の部下だ」
どこか誇らしげに語るコメット様。それは本当にわずかな変化だったけど、初めて明確に高ぶった感情を私に見せたような気がする。
――そうか、つまり彼の主というのは魔王。確かに魔王ほどの強大な存在なら、私の『あの力』の存在に気付いてもおかしくないかもしれない。
だとすると、私に自覚がないだけでやっぱりあれは本当に私が持っている『力』ということなんだ……。
…………。
あらためて恐怖と絶望を感じる。
それでも私は必死に気持ちを強く持ちながら、全てをコメット様へ正直に打ち明けることにする。だって隠しても何のメリットもないから……。
「確かに私は先日、洗礼の儀式を終えた直後に神様の
「やはりそうか。それなら俺としても無駄足にならずに済みそうで安心したぞ。で、その『力』とはどんなものだ? 参考までに聞かせろ」
「実は使い方も性質も、何もかも私には分からないのです。唯一、ただ漠然と『滅びの力』ということだけは知らされましたが……」
「滅びの力?」
「その力を最大限に行使すれば、人間界だけでなく魔界も含めて全てを破滅させることが出来るそうです」
「まさかそれは俺を
「そういうつもりはありません! 私は真実をお伝えしただけです! 信じてください……」
私は泣きそうになりながら想いをぶつける。
するとコメット様は一瞬だけ小さく息を呑んだが、すぐに鼻で笑って
「まぁ、いい。抵抗したいなら抵抗するがいい。逃げられるなら逃げてみろ。黙って殺されろとは言わん」
「いえ、私は魔族であるコメット様に抵抗する手段を何も持ち合わせていません。足も速くないので、逃げ切ることも不可能でしょう」
「それならばどうする? 素直に殺されるか?」
「……はい。私の命、コメット様に差し上げます。ですからせめて苦しまないようにお願いします」
私が観念したように呟くと、コメット様は目を丸くした。直後、眉を吊り上げながら私の胸ぐらを掴み、力尽くで引き寄せつつ顔を寄せてくる。
怒りに満ちた、でも息を呑むほど美しくて凛々しい表情。彼は息の掛かるような距離で真っ直ぐに私の瞳を睨み付けている。
一方、私は完全に全身から力を抜き、為すがままになっている。
「お前、俺をバカにしているのか! 今の言葉、冗談では済まされんのだぞ!」
「私は本気で言っています。私の目に嘘や偽りの気持ちが感じられますか?」
「目だと? …………。……っ!」
一瞬の間が空いたあと、なぜかコメット様は大きく息を呑んで慌てて私から視線を逸らした。そして乱暴に突き放してくる。
私は力を抜いていたことと突き放された勢いによってやや後ろによろけてしまうが、
ゆえに辛うじて地面に転ばずに済み、あらためてコメット様を見上げる。
「……コメット様?」
「……っ……」
彼は
それにあれだけ激しかった殺意も憎悪も消え失せているように感じられる。
彼の中でどんな変化があったのだろう? 何もかも分からない私が戸惑っていると、コメット様は不意に真顔に戻って私を見つめてくる。
「――お前、名前は?」
「リーシャと申します」
「リーシャか……。お前は自分の命を俺に差し出すと言ったな?」
「はい、言いました」
「つまりそれはリーシャの
「おっしゃる通りです」
「……よし、ならばすぐには殺さん。しばらく様子を見ることにする」
「っ? どういうことですか?」
私が首を傾げて問いかけると、コメット様は視線を泳がせながら口ごもった。
そして再び私と目が合うと、頬を膨らませて
「そ……それは……その……ま、まだ『滅びの力』がどういうものか分かっていないからだ! 我が主は『力の真相を見極めろ』ともおっしゃっていたからな! だから様子を見るのだ!」
「あ……そういうことですか……。なるほど、理解しました」
私は表情を緩めながら頷いた。不思議とその場の空気もわずかながら穏やかになりかける。
でもそんな流れを切り裂くかのように、コメット様はその音が周囲に響くほど強く壁に手を付き、怒気を混じらせた顔を私に近付けてくる。
…………。
やっぱり
ちなみに彼は
「ただし! 俺はいつか必ずリーシャを殺す。その時、リーシャも抵抗をするな。それだけは忘れるなッ!」
「分かりました。では、私がコメット様に逆らえないよう、念のため魔法か何かで
「…………。いや、そこまでする必要はないだろう。いざとなれば単なる人間のお前を殺すことなど、造作もないことなのだからな。それにリーシャに俺を裏切る気はないのだろう?」
「はい、その通りです」
「ならば特に何かをする必要はない。――では、俺はしばらくこの村で人間の中に混じり、お前の様子を観察しながら暮らしてみることにする。それでいいな?」
「はいっ、コメット様」
そう私が柔らかく微笑みながら返事をすると、コメット様は一瞬だけ口元を緩めたような気がした。
――これが今から1年前の出来事。私とコメット様の出会いだった。
(つづく……)
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