滅びの巫女

みすたぁ・ゆー

第1幕:滅びの足音

第1-1節:赤く染まる教会と刺客

 

 私の体や服の表面、肩の下まで伸びたストレートの金髪の1本1本までも神々しい白い光に包まれている。


 特に手のひらでは一段と強く輝いて、かざした先へと優しく放出されている。



 これは回復魔法による怪我の治療――。



 その温かな力は腫れ上がった患者さんの足を照らし、少しずつ癒しの奇跡を発現する。また、それに伴って苦痛に満ちていた彼の表情も次第に穏やかなものへと変化していく。


 そして治療を始めてほんの数分後には、完全に腫れが引いた状態にまで回復したのだった。


 もちろん、しばらくは安静にしていないと患部に炎症が再発したり、不具合が発生したりすることもあるので油断は出来ないけれど。


「ふぅっ、治療は終わりましたよ。でも2、3日は無理をしないでくださいね」


 私は大きく息を吐き、額に薄くにじんだ汗を手の甲でぬぐった。前髪が軽く揺れ、石鹸の柔らかな香りが周囲に漂う。


 すると治療を受けたダンさんは満面に笑みを浮かべながら何度も頭を下げてくる。


「ありがとうございました、リーシャさん。本当に助かりました。おかげでもう全然痛くないです」


「それは良かった。皆様を怪我の苦痛から解放するのも、神様にお仕えする巫女の務め。私としてもお役に立ててなによりです」


「今回のお布施はこちらです。少なくて申し訳がないのですが、お納めください」


「恐れ入ります。どうかお大事になさってください」


 私は受け取った硬貨を小さな布袋に入れると、それを懐の中へ仕舞った。その後、教会の出入口までダンさんに付き添う。


 歩くスピードを合わせ、決して焦らせないように声をかけてあげながら……。


 彼は今年で70歳を迎え、体調の優れない日も多いと聞いている。だからせめて私の目の届く範囲では最大限に気遣きづかってあげないと。


 こうして私はダンさんと一緒にドアの外まで出ると、彼の姿が見えなくなるまでその場で見送った。途中、何度もこちらを振り返り、笑顔で頭を下げてくれたのが印象的だ。


 誰かのために力を尽くし、喜んでもらえるのは私としても嬉しい。それは巫女だからということではなくて、ひとりの人間としての正直な気持ち。最高に幸せな気分だ。


「さて、夕方のお祈りを済ませたら戸締まりをして、部屋に戻ろうかな……」


 見上げれば太陽は西へ大きく傾き、遠くの山々の稜線に交わり始めている。


 秋の日はつるべ落としという言葉があるように、最近は本当にあっという間に昼間が過ぎていく気がする。


 今はまだ村の家々も畑も道も、辺り一面が鮮やかな赤色に染まっているけど、さほど時間がかからずに全てがよいの闇に浸食されることだろう。



 ――それにしても、驚くほど静かだ。



 まるで私の周りの空間だけが切り取られ、隔絶されてしまったかのように音がしない。それどころか空気の流れすら停止している気がする。暑さも寒さもニオイさえも感じられない。


「っ?」


 私が教会の中へ戻ろうとした時、いつの間にか視界の隅に若い男性がたたずんでいることに気が付いた。


 雰囲気は落ち着いていて、なんとなくだけど冷たい感じ。年齢は私よりも少し年上という印象だから18歳くらいだろうか。身長は私よりも高くて、体格は細いけど筋肉が引き締まっていて力強そう。


 切れ長の目と整った顔立ちは吸い込まれそうな美しさで、無造作に伸びた漆黒の髪には神秘的な印象を受ける。




 ――何者なんだろう?


 村では見ない顔だし、冒険者風の服装ということも考えると余所者よそものなのは間違いないけど。


 彼は凛とした瞳で真っ直ぐこちらを見ていて、私と目が合うとゆっくり歩み寄ってくる。


 つまりほかでもない、私あるいは教会に何か用事があるのだ。周囲にはほかに人の気配が全くないことだし……。


 ゆえにそのまま足を止め、目の前まで来たところで彼に声をかけてみる。


「どうなさいました? 当教会へ何かご用でしょうか?」


「……まぁな。用事がなければこんな場所には来ない」


 透明感のある低音の声。トゲがあって突き放すような言い方で、私を気遣きづかうような雰囲気は微塵みじんもない。


 心を許そうとか打ち解けようという気はさらさらないんだろうな。やむを得ない事情があって仕方なくここへやってきたという感じ――。


 それはそれでサッパリしていて分かりやすいから、変に付きまとわれるよりいいけど。


「では、怪我や毒の治療ですか? それとも神様へのお祈りとか?」


「俺はどこも怪我をしていないし、病気でもない。そんなの見れば分かるだろう。それに神へ祈りを捧げるのはお前であって、俺がする道理はない」


「神様へのお祈りは、私のような巫女に限らず誰にとってもきことなのですけどね。身のけがれははらわれ、心も穏やかになりますから」


「寒気がするほどの悪趣味だな。それにそもそも俺はそういう意味で『神へ祈りを捧げろ』と言ったわけではない」


「っ? それではどういう意味なのです?」




「――これからお前は死ぬ。だから神へ祈れということだ」




「えっ!? あ……あの……何をおっしゃっているのか私にはさっぱり――」


 彼の言葉の内容には、さすがに私も動揺を隠せない。だってこれから私が死ぬだなんて……。


 彼には未来を予知する能力でもあるのだろうか? あるいは誰かがそういう力を持っていて、それを私に伝えるよう頼まれたとか。


 そもそも『これから』とは、どれくらい先のことなのかも分からない。どういう理由でどのように死を迎えるのかだって気になる。


 いずれにしても、もう少し詳しく話を聞いてみないと……。


 私は混乱する頭の中をなんとか整理し、必死に心を落ち着かせてたずねてみることにする。


 でも口を開こうとしたその直前、彼は氷のような冷たさと畏怖いふを漂わせながら静かに言い放つ。




「俺はお前を殺しに来た。それが用事だ」




 彼の中で、押しとどめていた殺意が一気に膨れあがったような気がした。


 その一方で状況や彼の言っていた言葉の意味が少しずつ理解できてきたことで、冷静さを取り戻しつつある私がいる。


 なぜなら……。


 いや、それはとりあえず置いておくことにしよう……。



(つづく……)

 

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