八十話 勇者の血統

 白髪部(はくはつぶ)の軍勢と一緒に、東へ向かう道中である。


「武器は腕で振るわけではない、か。せっかく同じ鞍上(あんじょう)にある縁だ。詳しく教えてくれないか」


 私の横を走る、翔霏を同乗させてくれた若い武将。

 彼と翔霏の話す武術についての見解が、私の耳にも聞こえてくる。

 翔霏は少しばかり考える様子を見せて、こう答えた。


「手に持った棍は、すでに体の一部だ。私が棍を振り回すのではなく、棍が最大の力を発揮できるように、私の体も付いて行くという感じだな」


 相手を打ち据える主体が武器である以上、操る体はそれに従属するもの、という意味になるだろうか。

 武器を上手く振り回そうと考えている時点で、邪念であり余計な作為の心であると翔霏は言っているのかもね。

 それを聞いた武将さんは、へえ、と面白そうな表情を浮かべ、こう返した。


「そうは言っても、体には骨があり、筋がある。心も無私にはなれんだろう」


 関節が逆に曲がることはできないし、怒りや怖れから解き放たれることも難しい。

 いつだか「自由」について、霞のような怪しい坊さんと中書堂で話したことを思い出すなあ。


「私はあまり気にしたことはないが。例えば私の体全身とこの鉄棍、合わせればかなりの重さになる」

「そうだな。一抱えの岩じゃ足りんくらいだ」


 人間一人と鉄棍一本、合わせて仮に60~70キログラムだとして。

 同じ重さの岩となれば、それはかなりのものであると二人は話している。

 その前提で、翔霏は武将さんに問う。


「その岩が頭から落ちてきたら、どうなる」

「どうなるって、そりゃあ、死ぬさ。死なんまでも、頭蓋の骨が割れるか、首の骨が折れて、ひどいことになる。あるいは目玉が飛び出すかもな」


 なにを当然のことを、と武将さんは笑った。

 しかし翔霏は大真面目に、こう説くのである。


「それをするだけだ。そこらに転がっている岩にできて、私にできない理屈はない」


 横で聞いてる私も、笑ってしまった。

 要するに運動エネルギーと位置エネルギーを最大限に活かす、という話なのだろうけれど。

 武将さんはその講義を聞き、嘲笑せず、ははあ、と感心したように言った。


「剣これ身(しん)なり、か。兵法を習ったガキの頃に聞いたことがある。そんな境地は、俺にはわからないがね」

「まあ私は蹴りも頭突きも肘打ちも、場合によっては厭(いと)わないが」


 武器は体の一部であり、自分の体もまた、武器の一部である。

 翔霏は教わらずともその境地に至ったようだけれど、常人が足を踏み入れられる領域ではないだろうな。

 武将さんは面白い話を聞けたことに機嫌を良くし、笑って名乗った。

 

「俺は突骨無(とごん)。大統の末息子(すえむすこ)だ。先鋒を任された斗羅畏(とらい)から見れば、同い年の叔父ってことになるな」


 思いの外、偉い人だったよ。

 そんな立場にありながらも、小娘の話とバカにせず耳を傾け、教えを請う姿勢を持っているなんて、立派な人だなあと私は思った。

 父である阿突羅(あつら)さんの薫陶だろうか。

 私と翔霏も、自己紹介を返す。


「どうも。よろしくお願いします。麗央那(れおな)です」

「紺だ」


 叔父と甥がお互い同年齢と言うことは、突骨無さんは阿突羅さんの、遅くして授かった息子なわけだな。

 殺気や闘気が前面に出ているタイプではなく、どちらかと言うと私たち庶民に近い、柔らかな雰囲気を持った人だ。

 末っ子は優しく穏やかになると世間に言うけれど、白髪部にもそういった傾向があるのかな?

 滅茶苦茶に凛々しく渋い面影なのは、強烈な遺伝子の賜物だろうけれど。

 白髪部(はくはつぶ)の貴公子たち、イイ男が多すぎて、困りますぅ。

 そんなイケメン突骨無さんが、悔しそうに嗤いながら言った。


「斗羅畏のやつに先鋒を持って行かれちまったな。覇聖鳳(はせお)がどれほどのものか、ぶつかってみたかったんだが」


 醸し出す空気は丸くても、そこはやはり戦闘民族、白髪部の御曹司らしい。

 そう話す彼に、ときめきとは違うけれど、私は大きな好印象を持った。

 偉い立場のボンボンだからと言って、安全な後方で楽をしようなどとは、1ミリも考えていないのだ。

 だからこそ私は、言わなければならないことを、彼に伝える。


「差し出がましい物言いですけど、覇聖鳳(はせお)はただの調子に乗った暴れん坊じゃありません。勢いに任せて突っ込むだけでは、手痛い反撃を喰らうと思います」


 翔霏も頷き、忌々しい思いを隠さない顔で言った。


「やつがただのバカなら、私が河旭(かきょく)で叩き殺している。そうなっていないということは、悪知恵か悪運が強く味方しているということだ」


 私たちの言い分に疑問を持った突骨無さんが、怪訝そうな顔で聞いた。


「河旭で、とはどういうことだ。あんたら、覇聖鳳となにか、皇都で起きたって言う焼き討ちに因縁でもあるのか」

「ええとですね」


 私と翔霏は、突骨無さんを含めた並走している騎手さんたちに、神台邑の襲撃と、河旭城都での戦いを、ざっくりかいつまんで話した。


「メェ! メェ!」


 馬に負けない速さで隣を走る白ヤギくんも、激しく自己主張する。

 うんうん、きみの雄姿も忘れてないよ。

 ところでコイツ、滅茶苦茶に足が速いけれど、本当にヤギなんだろうか?


「この子も、覇聖鳳の手下を体当たりでやっつけてくれたんです。凄い猛突進で」


 聞き終えた突骨無さんはあんぐりと口を開け、言葉を出せないでいた。

 

「オイオイオイオイ」

「死ぬぞお前ら」

「ほお、後宮の事件か。大したものだな」 


 周りを囲んで話を聞いていた武人さんたちが、感心なのかドン引きなのか分からないセリフを、口々に放つ。

 道中はまだ長いので、私は気になっていたことを彼らに聞いてみた。


「出発のとき、阿突羅(あつら)さんが斗羅畏(とらい)さんになにか謝罪していました。今回の出陣に、不味い事情でもあったんでしょうか?」


 形だけ見れば、白髪部が出陣することをけしかけたのは私たちである。

 その結果として、大統のお孫さんである斗羅畏さんになにか不利益がかかるなら、私はそれを、知っておくべきではないかと思うのだ。

 私の度量で償える規模のことではないかもしれないけれど。

 突骨無さんは特に気にする風でもなく、しれっとその問いに答えた。


「戦に出ちまえば、輝留戴(きるたい)に間に合う期日には帰られないだろうからな。斗羅畏を次の族長にしようかって話も、ご破算だ」

「え」


 ちょ、それぇ!?

 ものすごく重要なことなんじゃないのぉ!?

 阿突羅(あつら)さんが近く引退を考えていたであろうことは、物言いや雰囲気からわかるけれど。

 次の選挙で大統の座を掴むはずだった、立派なお孫の斗羅畏さん。

 意味が分からない、そう思っていたのは私だけではなく。


「孫は戦場に行かずに、輝留戴の選挙に出れば良かったんじゃないのか?」


 翔霏が口にした疑問に、突骨無さんは眉をひそめてこう返した。


「爺が戦場(いくさば)に出るってのに、戦える歳の孫が逃げるわけにいかないだろう。そんな卑怯なことをするやつを、誰が大統に担ぎたいと思うんだ」


 あ~~~!

 そう言う価値観か~~~!!

 阿突羅さんは、おそらくお孫さんを輝留戴の選挙で勝たせたい気持ちもあって、それが終わるまでは覇聖鳳と干戈(かんか)を交えることを、保留していたんだ。

 覇聖鳳が白髪部に対して嫌がらせを仕掛けて来たとしても、輝留戴が終わるそれまでは苦渋を耐え忍ぼう、と。

 けれどそれは、自分の孫を良い位に就かせたいと願う、祖父としての個人的な情愛でしかない。

 阿突羅さんが「義」と「天命」について思い悩んでいたのは、そんな背景があったんだなあ。

 覇聖鳳を放置するのは義にもとると、阿突羅(あつら)さん自身も考えていたのだ。

 けれど戦を起こせば、可愛い孫が選挙で勝つことは不可能になる。

 斗羅畏(とらい)さんは必ず、自分に従って戦うことになるからね。

 それが阿突羅さんの孫、後継者として生まれた男子の、宿命なのだ。


「き、輝留戴の期日を先延ばしにすることはできないんですか? せめて、この戦が終わった後にすぐ、とか」

「そんなバカなことをできるはずがないだろう。この戦は、おやじが望んで始めたものだ。その勝手な都合に、伝統ある輝留戴の段取りをいじくり回すわけにはいかない。覇聖鳳をブチのめしたとしても、邑の慰撫と後始末にいつまでかかるかわからないしな」


 ああ、そうだ、そうなのだ。

 選挙で選ばれた大統である阿突羅さんに付き従うこの兵たちは、あくまでも阿突羅さん個人を支持する勢力の集まりなのだ。

 それは白髪部全体の政治や伝統と関係ない。

 阿突羅さんが戦を始めたところで、部族全体のしきたりや習俗を曲げる理由にはならいんだな。

 なにより大義としては、東の邑を救うための戦いである。

 戦闘が終わったからと言って、邑のことをほったらかして良い訳は、ないのだ。


「そ、そんな重い決断を、私たちのせいで」


 とんでもないことをしてしまった。

 私が罪悪感でいっぱいになっていると、へっ、とつまらない感じで、突骨無さんはこう言った。


「気にするな。どの道、覇聖鳳とはいつかやり合う定めだったし、輝留戴はまた四年後にあるからな」

「で、でも」


 泣きそうな顔で私は突骨無さんを見る。

 それを慰めすかすように、彼はにかっと歯を見せて、子どものようないたずらっぽい顔で、言ったのだ。


「それより、あんたらの話を聞いてたら、覇聖鳳の弱点がわかった気がする。小休止のときにでも、おやじに具申してみるか」


 楽しそうに思案を巡らす突骨無さんを見て。

 優しい顔で笑っていても、性根は戦士なんだなあ、と私は思う。

 生活の中に戦闘や謀略が同居してしまっている、若白髪の軍師の顔が浮かび。

 頼もしい反面、怖さ危うさも抱いてしまうのであった。

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