第2話 女の敵は女

 こう言う時、どうして人は笑ってしまうのだろうか?

 不快、嫌悪、呆れ。そんな思いが一気に押し寄せた時、出て来たのは涙ではなく薄い笑いだった。


「舞香さん、誤爆しちゃったみたいですけど、これってアップした画像やコメント消せないんですよね。どうするんでしょうね?」


 美里の言葉は意味をなさない音となって耳に流れ込んで来る。


 次々に更新されていくコメントだけが脳内に刻まれていく。


『舞香コーチと拓海コーチって付き合ってたんですか?』

『そうだよ。知らなかったの?』

『舞香さん、かわいいー』

『お似合いのカップル誕生、おめでとう』

『おめでとう』

『お幸せに!』

『幸せそうで何よりですね』

『いいな、リア充』

『リア充爆発』

『おめでとう』……


 そんなコメントで埋め尽くされていく画面を見ながら、薄皮一枚で繋がっていた関係がぷつりと絶たれた音が聞こえた。


「飛鳥さんて、本当に拓海さんと付き合ってるんですか?」

 美里にそんな事を言われて、ようやく感情の置き所が見つかった。


 みじめ。


「いいように利用されてただけじゃないんですか?」


「彼はそんな子じゃないわ」


「拓海さんイケメンだし、かわいいし、女の子からも人気あるし、執着するのはわかるけど、とっとと別れた方がいいですよ」


 執着? ムカムカと不快感がこみ上げる。


「相手が舞香さんだもんなー。男は100%舞香さんに言い寄られたら断りませんよ。落ちます! 男なんてそんなもんです」


 次から次に、美里の口から繰り出される棘が、飛鳥を痛めつけては傷跡を残す。

 口の動きが残像となって脳内で何度もリピートされる。


 ――男は100%舞香さんに言い寄られたら断りませんよ。落ちます!


「拓海さんも、オスだったって事ですね」


「オス?」


「そうです。少しでも若いメスを求める。それがオスの本能です。男にとって若さっていうのは何よりも価値があるんですよ」


 じゃあ、俊介はなんなの?

 拓海よりは年長だが、飛鳥より7つも年下だ。


「美里ちゃん、もしも旦那さんが若い女の子と浮気したら、自分にそう言い聞かせて納得するの?」


「ふぇっ?」


「若いって事は美しいし健康的。未来の選択肢も多いでしょうね。けど、それがどうして何よりも価値があると言えるのかしら?

 年齢を重ねれば失う事もあるけど、得るものだってたくさんあるわ。

 一緒に時間を共にして作り上げた関係や暮らしは、何事にも代えがたい価値だと私は思うの」


「拓海さんとは別れないって事ですか?」


「そんな事言ってないわ。彼が望めば、いつでも……」


「もし、望まなかったら? 今の関係をずるずる引きずるんですか?」


「…………」


 何も言い返せなかった。

 その答えを持っていないからだ。


「綺麗ごとばっかり言ってるけど、結局、拓海さん主導って事ですよね? それって正常な恋人同士って言えるのかなー? なんか不自然。人間らしくないですよ、飛鳥さん」


「人間らしく……?」


「普通はちょっとでも浮気の痕跡があったら、問い詰めるし束縛だって強くなる。決定的な証拠が出て来たら、私なら家から叩き出します! これまでの時間がどんなに甘く価値ある暮らしだったとしても、一瞬で崩れ去る。全部終わり。なかった事にさえしちゃいます。ジ・エンドです」


「わかってるのよ。ずっと覚悟だってしてた。けどね……」


 これまでの拓海との時間が、全てなかった事にできればどれだけ楽だろうか。

 感じていた愛情も、温もりも、優しさも全て……。

 絆や約束なんてものも、元々なかったのだと。

 そんな風に思う事ができたら、どれだけ――。


「柊さん」

 突然名前を呼ばれて、虫唾が走った。

 背後からの気配に振り向くと、不敵な笑みを湛えた舞香が立っていた。


「ちょっとお話いいですか?」


「いいわよ」


「ここじゃなんなんで」

 舞香はそう言って、スタッフ専用の更衣室を指さした。

 この時間、更衣室の利用者はいない。


 飛鳥は舞香に導かれるまま、更衣室へ向かった。

 何の話だろうか?

 どんな真実を突きつけられるのだろうか?

 そんな事を考えて体が小刻みに震えた。


 中に入ると、ロッカーに背中をもたれかけ、飛鳥に体の正面を向ける。

 舞香はポケットから何やら取り出した。


 白い棒状のプラスティック。


 飛鳥にはそれが何なのか、すぐにわかった。


 舞香は平べったいプラスティックの棒を、飛鳥に向けた。

 二つの丸い穴。

 赤い文字で判定、終了と書かれている。


「わかりますぅ? 判定に赤い線が出てるの。私ぃ、妊娠しちゃいました」


「そう。おめでとう。それで? 拓海の子供だって言いたいの?」


「はい。拓海先輩の子供、できちゃいましたぁ」


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