第4話 1番伝えたい言葉は甘い吐息に変えて…※性描写あり
ふわっと背中を包み込んだひざ掛けのブランケット。
その上から優しく添えられた手をそっと払いのけた。
「ありがとう。大丈夫よ。やっぱり少し酔ってるみたい」
まだ、終わらせたくない。
残り少ない時間なら、最後まで大切にしたい。
涙に気づかれないように、さっと肩口で頬を拭って立ち上がった。
必死に口角を上げる。
「明日、拓海も休みよね?」
「うん」
緩やかな笑みを見せる。
「一緒に映画でも見ない? ネットクリップで。観たい映画があるの」
「いいけど、どんな映画? 怖いのはいやだよ」
「うん。わかった」
硬い肩先にこつんとおでこを当てた。
本当は、観たい映画なんてないし、拓海とは好みの作品も違う。
飛鳥が昔の恋愛映画に涙している隣で、拓海はいつもよだれを垂らしながら眠りこけている。
そのよだれを拭ってあげるのもワンセットで映画イベントとなっている。
本当はホラー映画が嫌なのではなく、飛鳥の叫び声によって居眠りを邪魔されるのが嫌なのだ。
「拓海が選んで」
「え? 飛鳥が観たい映画があるんじゃないの?」
「拓海の観たい映画が観たいの」
「へ? 何それ」
笑いを含んだ声でそう言うと飛鳥の髪をそっと撫でた。
全身がしびれるほどの幸福感で満たされる。
拓海の顔を見上げると、優しく抱きしめてくれた。
顎先に軽くキスをすると両腕に力を込めて――。
頬に、唇に、首筋に、熱い吐息を落とす。
「拓海……」
愛してる。どこにも行かないで。他の人のモノにならないで。
そんな事言えるはずもなく、体内でくすぶる言葉たちを甘い吐息に変える。
つるんとした耳先にキスをして
「拓海……」
「ん?」
「私の事……好き?」
と言った声は尻すぼみに震えていた。
もやもやとした不安が、甘い時間を押しつぶす。
拓海は一層深く唇を重ねた後、こう言った。
「大好きだよ」
次の瞬間、体がふわりと宙に浮いた。
抱きかかえられて、一気に縮まる拓海との距離。
「お姫様みたい」
そう言って首筋に回した両腕にぎゅうっと力を込める。
ゆらゆらと揺れる部屋を視界に収めながら、ベッドまで運ばれる。
飛鳥をベッドに寝かせた後、拓海はトレーナーを脱ぎ捨てた。
彫刻のような逆三角形の上半身がむき出しになり、飛鳥を覆う。
重なり合う手のひら。
絡み合う指。
火照り気味の滑らかな肌が素肌をなでる度、複雑な思いが巡り、吐息は絡み合わない。
あの人にも同じ事をしたの?
そんな風に優しくキスをして。
愛してあげた?
大好きって言った?
愛してるってささやきあったの?
「いたっ!」
露わになった胸元に顔をうずめていた拓海は、弾かれたように起き上がり右手で左手を覆っている。
「ごめん」
絡めた指につい力が入り、爪を立ててしまった。
「大丈夫?」
常夜灯の下でもわかるほど、手の甲に血が滲んでいる。
「どうしよう。ごめんなさい。本当に……」
おろおろと慌てる飛鳥に、拓海は手のひらを向ける。
「大丈夫。絆創膏貼って来る」
そう言って、脱ぎ捨てた服を拾い上げ立ち上がった時だった。
ジーーー、ジーーーーーーーーーーー
クローゼットの中から携帯が着信を知らせている。
ジーーーー、ジーーーーーー。
急かすように鳴り響くバイブレーション。
拓海はクローゼットを開けた。
飛鳥は思わず、その光景から目を背けた。
背を向け、現実をシャットアウトするように毛布を頭からかぶった。
ぎゅっと目を閉じて、意識を明日に飛ばす。
拓海はどんな映画を選ぶのだろうか?
きっとまた異世界転生物のアニメね。
飛鳥にはちっとも面白さがわからないが。
食い入るようにスクリーンを見つめながら、突然笑い出す拓海の姿を見るのが好きだった。
時々、本当にそんな世界があったらいいなと思う。
異世界に転生したら、拓海と同じ世代に生まれて、堂々と手を繋いで街中を歩きたい。
どんな世界でも、どんな物語でも――――いい。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
柔らかく差し込むカーテン越しの陽光に起こされて、いつの間にか眠っていた事に気づく。
――拓海?
起き上がると、上半身裸のまま、枕を抱いてうつ伏せで眠っている姿が確認できた。
まだうっすらとサインペンの跡が残る肩甲骨にそっと指を這わせた。
なんて書いてあったのかはもうわからないほどの痕跡だが、飛鳥の記憶は鮮明だ。
『たくみせんぱいは私のものです』
その、頭の悪そうな文字を思い出しては、平常心を奪われ気が狂いそうになる。
サっとカーテンを開けて、窓越しの陽光を浴びる。上を向いていよう。太陽みたいに眩しいぐらい笑っていよう。
「んっんーーー。まぶしい」
しかめっ面で、もぞもぞと起き上がる拓海。
「おはよう。昨日、先に寝ちゃったみたい。ごめんね」
そういうと、目をゴシゴシこすりながら、少し不満げにこくっと頷いた。
その子供っぽい仕草が愛おしくて、思わず抱きしめたくなるのをぐっと堪えた。
「さて、朝ごはん作ろう。トーストと目玉焼きでいい?」
「いや、いらない」
「え? いらない?」
「もう、出なきゃ」
そう言って、ヘッドボードに置いてあるアップルウォッチを腕にはめた。
時刻は8時30分。
「え? どこに?」
「仕事」
「休みじゃないの?」
「夕べ、舞香ちゃんから連絡あって。生理来ちゃったから今日のスクール変わってくださいって」
「そう。じゃあ、映画はまた今度、かな」
「まぁ、午前中だけだし、お昼から観ようよ」
「うん。わかった。お昼にもちもち餃子作って待ってる」
「ふふ。うん」
藤野舞香が家にやって来たのは、拓海が出かけてから数十分後の事だった。
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