村で

ルーアは村に足を踏み入れる。

懐かしい景色だ。

少し古びた家々は、いつか出ていった頃と全く変わらないようにそこにあった。

家の窓は真っ暗で、それは時刻のせいなのか、他の要因のせいなのか。


村の中心部、広場のような場所へと着く。この傍に、ランナ達の住んでいた家はあるはずだ。

少し目線を逸らして、小さな路地裏を見つめる。

以前の僕が、大怪我をした場所だ。

……?その奥に、何か、光る物が……?


バッ、と眩いばかりの光と共に、周囲一面の家から大きな火柱が上がる。

瞬く間にルーアの周りは火に囲まれ、逃げ場がなくなる。


ルーアが開けた場所にいるからこそ、火から逃れることが出来た。

この火の目的は何なのか、ルーアがそう思考した一瞬の間をついて。


地面から大きな剣が飛び出してくる。


完全に視界の外からの攻撃に、ルーアは反応出来なかった。

モロに左足にその一撃を食らうと、足が膝下から大きく裂け、皮一枚で繋がっている程になる。


これだけの攻撃を出来るのは一人しかいない。

その剣は、あの鎧と同じ色をしていた。

のっそりと地下から、鎧を着たネヴェルが現れる。

鎧は以前と形を変えており、腹部分に大きな窪みが出来ていた。

ちょうど剣の形の窪みだ。


確信した。あの剣は、ルーアの腰に差している剣と同じような存在だ。

魔力に耐えられる一品。


地面に座り込んだまま、ルーアは剣を抜く。

単純に魔力による膂力勝負になれば、この劣勢からでも勝てる自信があった。


ネヴェルは、そうはしなかった。

彼が片手を上げると、どこからともなく膨大な量の矢がルーアに打ち込まれる。

勿論、矢などルーアにとっては痛くも痒くもない。

彼が狙っているのは、ルーアの集中力を削ぎ、次の狙いを絞らせないことだ。


事実、ルーアはそちらに気を取られた。

空から降ってくる矢に気を取られれば、足元が疎かになる。

ルーアの足元で、転がってきた爆弾が爆発した。


爆発も傷をつける手段にはならない。ネヴェルがそうであるように。

しかし、足を負傷したルーアにとって、爆発によって体勢を崩され、転がったそれは余りにも致命的な隙だった。


ネヴェルがマウントポジションを奪う。そのまま、ルーアの首筋に剣を突き立てようと振り下ろす。

その剣は止められる。ルーアの素手によって。


魔力を多く纏ったルーアの素手は、ネヴェルの全身の力を凌駕したのだ。

ルーアは剣を弾くと、そのまま無防備になったネヴェルの胴体を殴り飛ばす。


彼は大きく吹き飛び、倒れ込む。

鎧の胴体部分、それも腹周りは剣の窪みにより薄くなっているため、一層ダメージは大きいだろう。


ルーアは這いずって進む、ちぎれかけた足の痛みも、火の熱さも、不思議と感じなかった。

這いずった、というよりは腕で飛んだ、という感じだろうか。ネヴェルの元まで飛ぶと、今度はルーアが上に座り、剣を抜く。


パチパチと燃える火の音の中で、甲高い悲鳴がルーアの耳に入る。

それは、紛れもなく、前世から愛し続けた、忘れられない、あの声である。

火に囲まれた塔の上、一人の見知らぬ兵士に縛られて、ランナはいた。

別れたあの時から大分老けているようだが、それでも子供の頃の面影を残していた。


彼女は、悲鳴を上げ続けながら、燃え盛る火の中に落とされた。


ルーアが吠える。様々な感情を去来させて。

愛した人、裏切られた人、捨てられた人、そして、忘れられない人。


それは、致命的な隙になった。


いつの間にか、ネヴェルの剣がルーアの左胸に刺さっていた。

大動脈をわずかに外れたそれは、しかし肺を突き破り、内臓に大きなダメージを与えた。、

そこから外側、左腕を切り裂くように剣が動き、ルーアは胸から腕の根元まで、一直線に裂かれた。


致命傷だった。普通の人間ならば、十分すぎるほどに。

しかし彼女は勇者と呼ばれた者。吸血鬼となり、魔力を扱い、この地上で最も強い個人。


右手で持っていた剣はそのままネヴェルの鎧を貫き、首に突き刺さる。

小さな断末魔と、血の混ざった、息の漏れるような音を残して、鎧は完全に沈黙した。

ルーアはそのまま、ネヴェルの死体の上に倒れ込む。

意識が薄れていくのを感じる。もう二度と戻れないとも。



その時、火を突き破り、馬に乗った一人の少女が現れた。

レナだ。

彼女は、直ぐにルーアを追いかけ、馬に乗り継ぎ、ここまで来た。


しかし、全ては遅すぎたのかもしれない。

それでもレナは、ルーアの傍まで全速力で走ると、うつ伏せのルーアを仰向けにさせ、傷を見ていった。

右足と左腕はほぼ完全に切断されており、左胸はもはや手の施しようがないと思うほどに酷い傷口だった。


それでも、それでも、彼女は諦めなかった。

彼女はルーアを、愛しているのだ。恋愛だとか、そんなものではない。

この世にたった二人しかいない、同族。


ルーアの右手から剣を引き剥がす。

その時、ルーアの右手に指輪があることに気づいた。

レナの右手にも同じものがある。


「ルーア、起きて。まだ、諦めないで。どこか、誰も来ない場所を教えて。近くで。……大丈夫、ゆっくりでいいから」

ルーアは、朦朧とした意識の中、走馬灯に近い何かを感じた。

しかしそれは走馬灯とは異なるものだ。なぜなら、それは今世での記憶では無いから。

あの山小屋、無念と絶望の中、以前の自分が死んだ場所。

……ああ、そうだ、あの場所、には……


ルーアが完全に意識を失う直前、レナは確かにその場所を聞いた。

気付けば周囲が慌ただしくなり、火が消され、兵士共が攻め入ってくる。

レナはルーアを抱いて、馬に乗った。


馬を失いながらも、包囲網を抜け、追跡からなんとか逃れた。

ふと、レナは自分の身体の状態に気が付く。

ルーア程ではないが、レナも大概の怪我だ。

その怪我を押して、一昼夜とも言えるほど走り続けたのだから、ガタが来てもおかしくは無い。


しかし、レナは倒れられなかった。今、自分が倒れることが、自分の愛する人にどんな結末をもたらすか、知っていたから。


そして、小さな山小屋に辿り着く。人の気配はない。

不思議なことに、その小屋の鍵は外に付いていた。設計ミスか、あるいは。


鍵を外し、中へ入る。埃と蜘蛛の巣からも、この小屋はずっと使われていなかったことが分かる。

小屋の中にはベッドが置いてあり、まだ使えそうだ。

ルーアを載せ、しっかりと止血する。


あの村で軽く止血したとは言え、傷は重く、そして移動は負荷をかけた。

ルーアの血色は真っ白で、もはや死体と変わらない。

しかし、脈は微かに動き、少しだが息も吐いている。


これも勇者たる所以なのだろうか。レナはルーアの口の端についた血液を拭い、ルーアの傍で、少し眠った。






あとがき

次回で終わりです……。明日出します。寂しいですが、満足いく終わりだったと思います。

期待して待っていてください。

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