魔力

魔力

ルーアはデリト砦から続く轍を辿り、砦に着く。

着いた先の砦は一見すると普通に見えるが、やけに慌ただしく動いている。

どうやらレナはここに運び込まれたようだ。

砦に近づくと中から兵士が一人出てくる。高い階級の装備をしていた。

「勇者殿、魔王様がお待ちだ。報告は歩きながら済ませてくれ」

そういって先導する。

ルーアは簡潔に鎧のことと、砦のことを話す。どうやら砦は落とされたということも。

その兵士は報告に対して「そうか」とだけ返した。


「さぁ、早く入れ」

急に立ち止まると、部屋の扉を開ける。どうやら、レナはここで寝ているようだ。

部屋に入ると、ベッドに横たわったレナがいた。


「レナ、大丈夫?」

レナは寝たまま、小さな声で「大丈夫、元気……」とだけ言った。

大丈夫ではなさそう、と思いながら、私はベッドの隣にある椅子に腰掛ける。

「レナ、ごめん。あの鎧……どうにもできなかった。せっかくレナから貰った剣もあるのに」


私は頭を下げる。レナから返事はこなかった。

……怒っているのかもしれない。私は恐る恐る、頭をゆっくりと上げた。

頭を上げると、レナが難しい顔をしていた。


どうしたのか……と私が聞くより前に、レナが口を開いた。

「……あれは、私と同類。ルーアが勝てなかったとしても、しょうがない」


同類とは?いや、レナの強さの理由は?そこを私は尋ねた。

「あの鎧、あれは魔力を纏っている。そして、それを感知して動かしている。……私と同じ」


魔力、か。昔話の中で偶に出てくる単語。

伝説の中の人間が扱っていたとも、信仰の一つだとも言われるもの。


「実在するの?」

レナに聞く。レナは首を捻りながら答える。

「それ以外形容出来ないから、そう呼んでる。本当に過去、魔力と呼ばれるものがあったのかどうかは分からない。

それに、魔力を持っている人自体、これまで生きてきた中で殆ど出会ったことがない。だから、分からない」


「……あの鎧が魔力のおかげで強いなら、逃げるしかないってこと?」

私がそう言うと、レナは頷いた。

「然るべき時、然るべき準備をして倒す相手。例え抜きん出た個だとしても、倒す方法はいくらでもある」



「でも……」

私が言い淀んだ時、砦に鐘の音が響き渡った。

「敵襲!?」

余りにも早すぎる。まだ先程から一時間も経っていない。

レナが私の袖を引っ張る。

「この鐘の鳴らし方は……単騎襲撃」

顔が青ざめる。レナの手も、小さく震えていた。


部屋に担架が入ってきて、レナが運び出される。

レナが私の袖を掴み続けていたから、私も一緒に進んだ。

戻って戦おうとは思わなかった。あの鎧の強さは知っている。

レナは言っていた。然るべき時、然るべき準備をして挑む相手であると。

それを信じる。今は、逃げる時だと。


レナと私、あと少しの荷物を乗せて、馬車が進む。

「……追って、こないよね?」

私は小さな声で尋ねる。

「もし来ても、私がなんとかする」

レナはそう言う。起き上がれないほどに重症なのに。


もし来たら。私がなんとかしなければならない。

剣を握る手に力が入る。


轟音が鳴る。前を向くと、馬車の馬と御者の部分が潰されていた。

それをやったのは、忌まわしき鎧、ザカリア・ネヴェル。


私が一歩前に出ようとした時、レナが上半身を起こして制止する。

鎧はゆっくりと、重々しい音を立ててこちらへ近づいてくる。

逃げようがないと気付いているかのように。


レナは懐から何かを取り出し、ネヴェルへと投げる。

ネヴェルはその何かを振り払うように、拳で叩く。

レナが私を引き寄せ、私の頭を胸に抱く。


その瞬間何が起きたのか、それは分からない。しかし、小さな破裂音と、視界の端に飛び込んでくる閃光が見えた。


レナが私の頭を離し、手を掴む。「逃げて」そう言っていることに気付く。

ネヴェルの方を見る。彼は目を覆い、よろよろと後ずさっている。


一人ならば逃げ切れるかもしれない。

恐らく、奴の狙いはレナだ。魔王という立場、隠し持った武器、知識。そして純粋な強さ。弱っているここで叩かなければ、後々厄介なことになる。そう思ったからこそ追いかけて来たのだろう。


その時、ふと気付く。私の腕を握るレナの手に、あの時の、指輪があることに。

私はレナを抱き抱え、そこから走り去った。


少し離れたところで、レナが私の胸を叩く。

「はっ、はぁ……。逃げろって、私」

分かっていた。でも、だからといって、見捨てられなかった。

そんな思いを言葉に出来ず、ただ無言で抗議した。


「……っ、はぁぁ、もう。

……どうしよう」

レナは何を言っても意味が無いとばかりに溜息を着くと、これからどうしようかと頭を抱える。

「近くに砦があったはず。とりあえず、そこに行こう」


そう言って歩き出そうとする私を、レナは止める。

その視線は私ではなく、もっと上、空にある。

「……まさか」

後ろの空を見る。

あの鎧が飛び上がって、周囲を見ていた。

そして、その視線は、こちらの方向で止まった。


まずい、来る。

走って逃げるか?いや、無理だ。自分よりも圧倒的に強い存在に、逃げ切れるわけが無い。私は前にそれを体感している。

迎撃するか?怪我人一人と、頼りにならない勇者で?


……隠れるか。それしかない。


近くに隠れられそうな場所を探す。洞穴、森、どこか、どこかないか。

レナが反対の方向を指さす。そこには、大きな木のうろがあった。


木のうろに二人で隠れた。レナに無理させないような体勢にしようとしたら、自ずと密着した姿勢になった。

レナはずっと難しい顔をしている。

そんなに一人で逃げなかったことが不満なのかと聞くと、そうではないらしい。


「もし、あの鎧が、魔力について、私よりも熟達しているなら。

もし、あの鎧が、魔力そのものを感知できるなら。

……私は」


鎧の足音が聞こえた。

声を潜め、身をかがめる。

足音が止まる。

全身の毛が逆立つ。嫌な予感がする。

レナを私は庇うように抱きしめた。

その瞬間、木ごと吹き飛ばす一撃が、私達に直撃した。



レナの推論は正しかった。

最初にデリト砦を襲った時から、鎧は常に、私達の居場所を把握していた。


「ルーア。……ルーア!」

レナの声が聞こえる。どうやら、一瞬、意識を失っていたようだ。

体の節々が悲鳴を上げている。あの一撃は、強烈に突き刺さった。


「ルーア、ごめん」

レナが何かを言っている。

「私、これからあなたに、人道に背くことをする」

よく分からない。身体が割れそうに痛い。

「これが、ここから何とかする、ただ一つの方法だから」

レナが私の首筋に頭を近づける。

「私を、恨んでいいから。ごめん、本当に……ごめん」


レナが首筋に噛み付く。

体の力が抜けていく。頭がボーっとしてくる。

噛まれた首筋が、とても熱い。

白銀の髪、赤い目。

出会った時から変わらないレナのそれは、ある一つの事実を指していた。


吸血鬼。


レナが首筋から牙を放す。傷口は塞がっていた。

レナは私の顔に手を当てて、悲しそうに瞳を見る。

レナの赤い目と同じように、私の目も赤く染まっていた。







あとがき

今週中にもう一話出せたらいいな……出すかも……出します……一週間に二話、出します……


誤字脱字等あったら教えてくださると嬉しいです!評価等もしてくださると更に!

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