破綻、直線落下
破綻、直線落下
「……はぁ……」
レナが部屋で一人、執務机に座って溜息をつく。
手元には新聞がある。
「号外! 魔王、人間を庇う?! 今後の戦争の行方は?」
どこから情報が漏れたか考える。副官か?あの時戦場にいた彼らか?砦の兵か?
まぁ、いずれ漏れるであろうことはわかっていた。だからこそ、彼女を城に閉じ込めておいたのだ。
大戦を起こす。人間を滅ぼすとは言ったものの、やるべき事は至って地味だ。
ルーアの活躍で戦線を大きく押し上げられた。
兵站線も指揮系統も追いつかないほど速く。
それらを整えると同時に、今後の作戦のために軍を再編する。
焦りは禁物だ。まずは土台を整える。大戦になればなるほど、そこが最終的な差になっていく。
いくつか書類を終わらせたとき、扉がノックされる。
出てきたのはルーア付きにしているメイドだ。
何かあったのか、尋ねる。
「……とても暇をしているようでして、最近、よく窓の外を見ています。一応、念の為に報告しておきます」
そう言って下がる。
なるほど、そうか。この軟禁に近い状態も、半月近くになる。確かに暇だろう。
……だからといって、簡単に外には出せない。
手にあった書類を置いて腕を組み、悩む。
ルーアは重要な戦力だ。出来る限りストレスは避けたい。それに、もしも抜け出されでもしたら事だ。今の情勢で彼女を一人で歩かせるのは不味い事態を招くことは確実。
……つまり、外出をコントロールするしかない。
誰か他の人員を付けてもいいが、私が信頼出来るだけの人は、大抵、今とてつもなく忙しい。
まぁ、私が行くしかないか。
レナはそう結論付け、支度のために部屋を出る。
ルーアは退屈していた。
部屋から出ることもできず、ただ豪華な部屋で日々を過ごすだけ。
最初の一週間はまだ良かった。部屋の新鮮さ、日々の生活の新鮮さを楽しめた。そこから三日間も、偶に変わるメイドと話し込むことで暇を潰した。
しかし、二週間が経ち、流石に全てが退屈になっていた。
話のネタもなくなり、部屋と生活には慣れ、新しい刺激もない。
退屈だ。
ボーッと窓から空を見ていると、不意に扉が開け放たれる。
「ルーア!今から出かけよう!」
大きな帽子を被り、サングラスをしたレナが入口に立っていた。
ルーアもレナと似たような格好をさせられ、馬車に乗せられる。
「この帽子と……これは何?」
「人目避けだよ。私は有名だからね。こういう風に隠さないといけないんだ」
それなら自分はしなくていいのではないかと、ルーアは思ったが、まぁ追求はしないことにした。
それよりも外の街並みの方が気になるのだ。
なんとなく王都とあまり変わらないような気もするが、街ゆく人が異形だったり、角が生えていたり、どこか人間とは異なっていた。
そして彼らに合わせてか、扉のサイズ、売られている商品も少しずつ違っていた。
そういった物珍しさを眺めるルーアを、レナは眺めていた。
「そんなに珍しい?」
ルーアは首を大きく上下に振る。
その様子を見て笑いながら、レナは少し考え込む。
ルーアは人間だ。この光景が、街並みが、この世界全てに広がった時、彼女の居場所はどこだろうか。
こんな、馬車の中しか無いのだろうか。
……なぜ私はこんなことを考えているのか。こんなに、彼女のことを。
レナはハッとする。馬車はいつの間にか市場に着いていた。ルーアが馬車の外から呼んでいる。
二人で市場を巡る。人混みの中、深く帽子を被りサングラスを付けた二人組のことを気にする人はいなかった。
「この指輪、珍しい。掘り出し物だね」
「そうなんだ。……ねぇ、レナ……」
じっとこちらを見つめるルーアに笑う。
「いいよ。店長、これを……」
「サービスか、いい店だったね」
レナはそう言って自分の右手にある指輪を見る。
ルーアの指輪はそこそこの値段がした。レナからしたら安いが。
その店の店長はサービスだと言い、ブリキの指輪をレナにくれた。
綺麗な宝石のついた指輪を付けて喜ぶルーアを見て、レナも笑う。
市場から城へ戻り、二人はそれぞれの部屋へと分かれた。
レナは執務机に戻り、いくつか増えた書類を取る。
「……そう。準備が……」
準備が終わる。戦争に向けた準備が、おおよそ一週間後に終わるそうだ。
それに向けて、レナとルーアはデリト砦に入ることになった。
レナは右手にあるブリキの指輪を見る。
ルーアにとって、この戦争は、何なのだろうか。
彼女は、自分の居場所を無くす為に、必死に戦うのだろうか。
その時、レナは初めて気付く。
……いや、彼女に元々、居場所などあったのか?
勇者として生きる、その前は?親は?
レナは思考に沈んでいく。ルーアの顔をブリキの指輪に浮かべながら。
三日後、二人はデリト砦に着く。
正装し、帯刀して、修復が終わった砦に入る。
二人とも、その手に指輪が輝いていた。
レナは砦の中心にある部屋の中で、ルーアと向き合う。
最初に二人が出会ったのは、この部屋の前だ。
「……そういえば、最初に会ったのはここだった」
レナが喋りかける。
「あの時から、ここまで来た。ルーア、あなたと共に」
レナの表情は真剣そのものだ。ある意味、戦場にいる時以上に。
「ルーア、あなたはどうして、そこまで人を恨み続けられる?何故あなたがそうなったのか、あなたの過去を、感情を、私にも……」
轟音が響く。いくつもの壁を破り、一直線にレナへ向かう、鎧。鉄の塊。
不意をつかれたレナは、そのまま、鎧に殴られ、壁を破り、砦の外まで弾き飛ばされる。
「はっ、はっ……」
骨がいくつか砕け、何箇所からも出血し、内蔵がぐちゃぐちゃに撹拌された感覚がある。
周囲から兵が集まる。急いでレナを運び出すようだ。
(……ルーア)
レナの意識は、そこで途切れた。
レナを殴った形で止まる鎧。ルーアはその隙を逃さず、剣を抜き、切りかかる。
ガギン、と鈍い金属音がして剣が弾かれる。
そう、単に弾かれただけなのだ。
ルーアは普通の剣を振れない。振れば、剣ごと粉砕してしまうからである。
そのルーアが、全力を込めて振った剣が、傷一つつかず、単に弾かれる。
それは、剣の強度を証明すると共に、この鎧がそれ以上の強度を持ち合わせていることの証明でもあった。
「……勇者か」
鎧の中から声が発される。
ルーアはその声を聞いたことがある。忌まわしい記憶の一つとして。好意を抱き、同時に裏切られた、記憶の一つとして。
「ザカリア・ネヴェル……?」
鎧が、ネヴェルが無軌道に拳を振るう。剣で守ったにもかかわらず、その拳はルーアを吹き飛ばす。
しかし、威力は確かに減っていた。壁をいくつか破ったものの、その拳を受けて尚、ルーアは立っている。
(なぜ、こんな威力が……)
ルーアの知っているネヴェルは、とにかく考えが読めず、怖く、そして非力だった。
しかし今、鎧をまとった彼は、どんな存在よりも危険な存在だった。
(勝て、ない。撤退を……)
ルーアはレナが吹き飛んでいった穴を見る。その穴は外まで一直線に繋がっている。
あそこから逃げる。そのために……。
ルーアはネヴェルが動くより速く判断し、ネヴェルに飛びかかる。
当然、攻撃は通じない。
ネヴェルは腕を振るい、ルーアを弾き飛ばそうとする。
そこまでルーアの想定内だった。
弾かれる方向を調整し、ルーアは穴から外へと飛び出る。
ネヴェルは追ってこなかった。元々、彼の目的は砦の占領であり、レナとルーア、彼女ら二人ではなかった。
砦から弾き飛ばされる時、ルーアは運び出されるレナを見た。
突然のことに慌て回る馬を捕まえ、レナの後を追う。
馬に乗りながら右腕と、右腹を見る。
右腕はズキズキと鈍く痛み、右腹は恐らく骨にヒビが入っているだろう。
ルーアは馬を走らせ、レナの後を追う。
その背後の砦の旗、今まで魔王側を模した旗が立っていたそこは、今はもう人間側の旗に変わっていた。
あとがき
アァーッ!書きだめが終わってしまった!!
来週もしっかり書きます、書きますので……
恐らく長くてあと半月くらいで終わるでしょう。綺麗な終わり方になるはずなので待っていてください
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