勇者と青年
勇者と青年
大きな建物が所狭しと並んでいた。
「ここが人類唯一の王都だ」
前を歩く兵士がそう言う。奴隷商人を殺したあの場所から馬で二時間程、この王都に着いた。
直に見たのは初めてだが、王都の存在は話に聞いていた。魔物達に対抗するため、人類が一丸となり、人類史上一番の都市を築いた。それがこの王都だという。
名前は無い。区別する必要が無いからだ。いつまでも、これからも王都はここだけなのだと、兵士はそう言った。
「向こうに王宮がある。俺の役目はそこまでだ」
兵士がにべもなくそう言う。離れられてせいせいするといった顔だ。
そのまま何も言わずに歩く。
街は想像していたよりも活気がなく、人通りも街の規模からしたら少ない。
歩く人々も、誰も明るい顔はしていない。
大きな門の前まで着いた。
兵士が離れていく。その後を追おうとすると、振り返って睨まれる。
「……言っておくが、俺はあの二人を殺したくはなかったんだ。あの場、あそこにお前がいなければ……」
それを聞いて固まった私を置いて兵士は離れていく。
代わりにやってきたのは、精悍な初老の男性だった。
男性はこちらを一目見た後、膝を着いた。
「将軍、ザカリア・ランドルフです。勇者様、よくぞ……」
その男性はそう言って手を差し出した。
私は戸惑いながら、その手にそっと触れた。
少し遠い建物の窓から、その様子をじっとりと見ている少年がいた。
それから私は王宮に入り、何人か偉そうな大人と会ったり、いくつかの検査をしたり、はたまた剣を持って訓練らしきものをやらされたりと、忙しい日々を送っていた。
そんな日々の中、王宮を歩いていると同じくらいの歳の少年に声を掛けられた。
「勇者様?アラドス様?えっと、なんて呼べばいいのか分からないのですが……」
私は微笑みながら返した。
「ルーア、でいいよ。あなたは?」
少年はハッとして返事をする。
「ぼ、僕はザカリア・ネヴェルです!すいません、まだ王宮のマナーにあまり慣れてなくて……あの、良かったら今度、食事でもしませんか?」
そういってその少年は笑った。
その笑顔が全て欺瞞だったことに、私は全く気付いてはいなかった。
それから何回か少年と会った。
時には食事だったり、王宮の外に出掛けたりもした。
一度、彼の父親に会った。私が王宮に入る時、初めて見た男性だった。確か……ランドルフ将軍、だったか。
将軍は私を見て一礼をした後、ネヴェルの方を一瞬睨んだ。
私が不思議に思う間もなく、将軍は立ち去り、後には何も気にしていなさそうなネヴェルと私だけが残された。
今日は最初と同じように食事に誘われた。彼の家に呼ばれたのだ。なんでも、西にある土地の名物料理があるらしい。
私は少し楽しみにネヴェルの家へと向かった。
ネヴェルはいつも通り歓待してくれて、二人で楽しい時間を過ごした。
ただ、その日はそれで終わりではなかった。
ネヴェルに進められるまま、人生で初めてのワインを飲み、いつの間にか彼の部屋に連れ込まれていた。
私が少し酔い、視線をさまよわせていると、彼が横に来て優しく囁いた。
「少し休みなよ、疲れているんだ。後で送るからさ」
何の危機感も持たずに、私がベッドに寝転ぶと、彼が上に覆いかぶさってきた。
彼は笑いながら、力一杯、普通の女性だったら骨が折れてもおかしくないような力で、私をベッドに押し付けた。
私はゆっくりと抵抗した。それが間違っていたのだろう。勇者としていくつか訓練を受ける中で、力の加減についても学んでいた。その経験が裏目に出たのだ。
彼の下で体を捻り、彼の腕を押しのける私を見て、彼は私の頭を殴った。張り付けたような笑顔のまま。
私にさしたるダメージはなかったが、その行動のあまりの突飛さに、私の頭は一瞬止まる。
彼はその隙を逃さなかったのか、私の服を破いた。
その瞬間、反射的に私は彼を弾き飛ばした。
私がハッとして彼を見ると、彼は普段と変わらないような、暖かな目でこちらを見ていた。
恐らくあばらの何本かが折れているはずなのに、それでもまったく表情を変えず、張り付けたような笑みのまま、こちらを凝視していた。
私はこの時、彼が異常なのだと理解した。
そのまま裸足で彼の部屋から飛び出し、自分の部屋に逃げ込んだ。
鍵を閉め、布団にくるまり、一夜を過ごした。
翌日の昼間、私は呆けていた。前日のことが夢かのように思えた。
しかし、少年は全く姿を見せず、代わりにランドルフ将軍が来た。
将軍はただ平謝りするだけだった。もう少年を二度と近付けないと誓っていた。
その夜、自分の部屋で、出された料理を適当に食べた。
……その料理には毒が盛られていた。私は、部屋の床に倒れ込み指一本動かすことが出来なくなった。
人の悪意というものを甘く見ていた。自分自身の価値がいかに高いかも、分かっていなかった。
……しかしそれよりも辛いのは、王宮という、世界で一番安全だと言われた場所が、私にとってそうではなかった事だ。
この地上に私の心安らぐ場所なんてないのだと。
毒を盛られてすぐ、部屋に小太りの男が入ってきた。
男は部屋の鍵を掛けると、私を物のようにベッドへと放った。
男は顔を覆面か何かで隠しているようだった。
ただ、その男の下卑た声はずっと耳に残り続けた。
身体の自由が効かない女と、覆面を被った男が一人、することは自明だった。
男が私の服を剥ぎ、自分の服を丁寧に脱いでいくまでの間が、何時間のようにも感じた。
地獄のような時間だった。襲われ、陵辱された。その間、私は指一本も動かすことは出来なかった。
ずっと、あの男の重さが、生暖かい体温が、臭い息が、身体中に染み付いているような気すらしてくる。
それから数ヶ月が経ち、ようやくあの事件のことを客観的に考えられるようになった。
勇者は毒や薬に対しては、ある条件下でなければ耐性を持たない。だからこそ、そういったものに気を付けろと、そう教えられていた。
王宮で出た食事に、毒が仕込まれていたなんて、普通ではない。
そう、普通では無いのだ。私の出現により、損だけを被りかねないもの、そいつが裏で糸を引いていた。
今ならば誰かわかる。当時は、考えもしなかったことだが。
あの事件において身体に残るような傷だけは付けられなかった。それより何倍も上の、心に深く刻みつけられた傷は、今後一生消えることは無いだろう。
最初襲われた時は、怒りの感情があった。それも次第に恐怖へと上書きされ、諦観へと変わっていった。では、最後に何が残る。諦観?いや、そうではなかった。
恨み、だ。底のない、世界全てに対する恨み。一度経験したそれは、今度こそ、私の懐に潜り込んだ。
そうしてそれは、具体的な行動となって表れることとなる。
それは今から数年後の話だ。
あとがき
三話目ありがとうございます!読んでいただけて嬉しいです!ご指摘、ご意見、感想、お待ちしております!
次回は別の人物の一人称視点になります。
三話目最後のエピソードについては、感情の掘り下げをもっと出来たら良かったと感じると共に、これから先にもっとしっかり描写していく予定でもあるので、楽しみにしておいて下さい!
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