勇者として目覚めた少女

勇者に目覚めた少女

僕……いや「私」は、六歳になった。

自分の性別が男から女に変わっていたのに気付いたのは生まれ変わってすぐだった。

前世の自分とは違う性別になったことについて、別にそう悲観的になる必要もないと思っている。

前世のように男だったら、次はランナに何をしてしまうか、わかったものでは無い。

ただ少し喪失感というか、そういうものがあるだけだ。

少なくとも、前世の僕と今の私が全く違う存在なのだと、それがわかっただけで十分だ。


私は三、四歳になるくらいまで、ずっと家の中、いけて庭までで暮らしていた。

まぁそれも当然だろう。三、四歳の、それも女の子なんて外には出せない。私が親の立場でもそうだ。

だからこそ、私は自分の親……いや、前世の親を一目見ることすらなかった。

今六歳、体はある程度動くようになってきたし、鬱陶しい父親も、これはランナの夫の方の父親だが、いない。

ランナも何かの検査に出掛けるらしく、私は今家に一人ぼっちなのだ。


……嫌がらせだったり嫌な気持ちで見に行く訳では無いが。

たった一人の息子を見殺しにした親が今どんな顔をして生きているのか、知ってみたかった。

少しは悲しんでくれていたのか、見に行こうと思った。


村を歩いた。僕が前に歩いていた頃から余り変わらない、のどかな村だ。

……僕がああやって死んでいったことも知らずに。

いや、やめよう。今は私だ。こうやって生き返ったんだ。

私の前の家に着いた。ここも、昔と変わらない。生活感のある家だ。

少し緊張して窓から覗こうとするが、高すぎて届かない。

傍にある木材を積み上げて覗くことにした。

少し不安定だが、登れるか?

そっと片足を乗せて、もう片足を地面から離したところで、木材が滑る。

ふわりと天地が逆転して、尻もちをつく。

その音を聞いて、横にある扉が開き、男が顔を出す。

……僕の昔の父親だ。いつも忙しなく働いていて、余り顔を合わせることは無かった。小屋に僕が移ってからは、一度も顔を見ることは無かった。

じっとりとした暗い感情が顔を覗かせる。


「ランナちゃんのとこの子じゃないか!どうしてここにいるんだ?……おーい、母さん、来てくれ!こっちだ!」

そうして父親が扉の向こうに消えると、変わりに顔を覗かせたのは母親だった。

……最後に、僕を見捨てた、母親。

その足に、小さな男の子がくっついているのを見た。

その意味を理解した時、私の目から涙が溢れ出した。


そこから後はあまり覚えていない。どこからかランナが迎えに来てくれて、二人で家に帰ったことは覚えている。


あまりにもショックで、見に行ったことを後悔していた。

……僕は、きっと後悔するだろうと思いながらランナに尋ねた。

今思っても、何故そんなことを聞いたのかわからない。

「……お母さんは、小さな頃から、お父さんのことが好きだったの?」

太陽の影になって、その時のランナの表情は見えなかった。

少し待ったあと、返事が来た。

「ええ、そうよ。お母さんは、ずっとお父さんのことが好きだったの」


その返事に僕は、やっぱり聞くんじゃなかったと後悔した。

それから一年と少し経った頃、ランナが子供を産んだ。男の子だった。

私に弟ができて、父親はあからさまに弟を可愛がり始めた。

……そうか、跡継ぎ。

よくある話といえばそうだが、その時の私は何故か、少し悲しい気持ちになった。

こんな、母親とも父親とも違う、歪んだ娘なんて、私も、両親も望んでいないから、これでいいはずなのに。


それから、家の事を手伝い、時には村の事も手伝いながら、五年が経った。

今年は例年になく凶作で、狩猟も上手くいかず、幾つかモンスターにも出会ったらしい。

「……全員が今年の冬を越せるだけの蓄えがないらしい」

父親が声を殺してランナに言っていた。

私は、扉の向こうで、弟の耳を塞ぎながら盗み聞いていた。

ランナが何かを言っている。少し取り乱しているようだ。

「お前もわかるだろ……老人はもう口減らしのために追い出された。それでも足りないなら、余裕がある家の子を……」

更に父親の声が小さくなり、扉越しでは聞こえなくなった。

聞き取れた言葉から推測すると、きっと私が口減らしのため、追い出されるのだろう。


……前世に続いて、今世も飢えのために死ぬのか。

いや、きっとそれでいい、間違ってはいない。

どうせ死ぬはずだったんだ。

前世で死ぬ時の、世界全てを呪うような重苦しい黒い感情がまた顔を覗かせる。

この感情を発露させることなく、死ねるならば、それもいいのかもしれない。

こうやって黒い感情と共に、泡沫の夢のような十数年が終わる。はずだった。


私は村長に村の外れへと呼び出された。

ランナは顔を合わせず、父親は朝からどこかへ行っている。

弟は、ランナの足に縋り付きながらこちらを見ていた。無垢な目だった。

「じゃあ、行ってくるよ」

私はそれだけ言って扉を閉めた。外から肌寒い風が吹いて、髪を揺らした。


呼び出された空き地に着いた時、そこには誰もいなかった。

殺されるのか、別の方法か、私はどのように口減らしされるのだろう。

背後から、黒い男が私に覆いかぶさってきた。

殆ど抵抗しないでおくと、目隠しをされ、口輪をされ、手を縛られた。

……なるほど、奴隷商人か。

恐らく私を売った金は、村への食糧に変えられるのだろう。


……嫌だ。

諦めていても、やはり嫌だ。

死にたくない。幸せに、大人になって、生きていきたい。

馬車に乗せられて、運ばれる時、私は無駄だと思いながらも、体をよじった。

嫌だ、どうして私だけが、僕だけが、こうやって死んでいくのか。

もっと生きていきたい。飢えずに、幸せに、生きていきたい。


そんな気持ちで精一杯、息を吸って、体をよじり、腕を動かし、足を動かす。


……動く、腕も、足も、動く。

先程腕と足を縛られたはずなのに、いつの間にか縄が解けていたのか、動く。

動くと分かってすぐ、目隠しと口輪を外した。

馬車の中は真っ暗だ。外から見えないよう、分厚い布や木で固められている。

そっと布を捲って外を覗く。馬車は草原を走り続けている。

こうやって両腕も両足も自由になったからと言って、簡単には抜け出せない。

馬車から飛び降りれば大怪我は免れないし、前にいるであろう奴隷商人にも気付かれる。

前にいる奴隷商人を襲っても返り討ちにされるのがオチだ。先程私に覆いかぶさってきた男は、華奢な女の子一人ではとても勝てないような体格だった。


私がどうにか出来ないかと悩んでいると、突然馬車が急ブレーキをかけて止まった。

前の方で何か言い争っている声が聞こえる。

これは、チャンスなのかもしれない。

私はこっそりと馬車から抜け出した。

ゆっくりと、物音を立てず……。

前の言い争いの声が消え、足音がこちらに近づく。

マズイ、見付かる……。一か八か走ろうとした時、目の前に男の顔が現れた。

終わった……。そう私が思った時、その男はまたもや言い争いを始めた。

「いや隊長さん、いくら勇者かもしれないたってうちよ商品を勝手に持ってくのは――」

そうやって奴隷商人であろう太った男が言う。

私の目の前に現れた男は、よく見ればどこかの兵隊のような格好をしている。

「こいつが勇者だ。奴隷商人、いくら下衆なお前でも分かっているだろう、これは王命だ」

一瞬奴隷商人は息を飲むが、怯まずに喋り続ける。

「そう言って気に入った子を奪いたいだけなんじゃしませんか?お上はいつだって奴隷商人のことを締め付けますからね。大体、そんな痩せ細った少女が――」

全てを言い終わる前に兵士は木の棒で『私を』叩いた。

その木の棒は折れ、私は傷一つ負ってはいなかった。

「……こいつは化け物だ。感謝しろ、こんな化け物を奴隷として売れば、確実に事件が起きていた。お前も商売を続けられなくなっていただろう」

その時、兵士が私を見る目の異様さに気づいた。

得体の知れない、まるでモンスターを見ているかのような……。

「おい、そこの少女、名前を言え」


「……ルーア、アラドス・ルーアです」

それだけ聞くと兵士は馬車の前から一頭の馬を連れてきた。

「おい、そこの……ルーア。着いてこい。……それから、お前たち、そこに並べ」

そう奴隷商達に言うと兵士は剣を抜き、まずは奴隷商人の横にいた大柄な男を袈裟斬りにした。

そのまま、横でぎゃあっと悲鳴をあげる奴隷商人の首もはね、吐き捨てるように呟いた。

「この程度で済んで感謝しろ……行くぞ」


そうやって兵士が促す中、私は大きな高揚感と興奮に、紅潮していた。

不思議なことかもしれないが、この時初めて、私は生まれ変わったということを高揚感と共に、実感できた。






あとがき

毎日投稿二日目です!

明日、明後日も投稿します。よろしくお願いします!

次回は三話目、ようやく物語において重要な人物が出ます!

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