扉の向こうには

@nanaseituki

扉の向こうには       七瀬伊月

 私は夢を見ていた。遠くから君が僕を呼ぶ、そんな声が。私の前には五つの扉が立っていた。どの扉かは分からないけど君の暖かさが僕の心をくすぶらせる。なぜか求められてる気がして、僕は一番右の扉を開けた。

 白い扉を開けるとそこには一輪のメハジキが咲いていた。紫の花びらが少しづつ散りながら、今の僕自身が脳裏に映った。広いようで狭いこのちっぽけな世界でなんの意味も持たずに私は生きていた。頭がいいわけでもなく、容姿も人にやさしくすることも、人に接することも避けてばかりのちっぽけで空気のような僕自身を。人と自分を比べて、敗北感に侵されて、青空を見ることもやめて、何にも変わらない鉛色のコンクリートとにらめっこしていたそんな影のような日々を。くもりが続いている、景色の変わらない永遠の日々が続くと思っていた。誰にも相手されない自由という独りぼっちの牢獄が。いつだっただろう。春の風が、熱すぎることもなく、ぬるすぎることもなく、暖かい春の風がメハジキの花びらと僕を運んでいく。

 紫の花びらが少し雷雲のかかる青色の扉を開けていく。そこには赤い彼岸花と少し遠いところに一輪の金木犀が咲いていた。最後に金木犀を見たのはいつだろう。確かあれは十四歳の冬だった。「後悔は一生。勇気は一瞬」そんな言葉に無理をして自分を鼓舞したこともあった。勇気は一瞬のはずが勇気が後悔になってしまったんだ。初恋なんてみんな甘酸っぱい思い出だって口をそろえて言うだろうけど、僕はうわべだけで恋をしてたみたいだ。シェイクスピアは言った、「誠の恋をするものは、みな一目で恋をする」と。今思えば彼女には人気者の恋人がいて、0に近い可能性を勝手に期待してたんだ。それから僕は恋をすることが怖くて、相手のいいところを見つけることが怖くて、一人で生きることを決めたんだ。少し経った頃、今もずっと僕の心に君が僕の名前を呼んでいる。

 青い扉の先には真っ青な扉から小さな暖かい光がさしていた。その光は少し暖かくて私を包み込んでくれた。そこには夢があった。少し大人になった僕がそこにはいた。夢を語る私に多くの人が暖かい言葉をくれた。僕は勘違いしていた。ある人が遠くから僕を貶していた。最初はその期待が僕を強くした。でもいつの間にかその期待が恐怖に変わっていった。人はだれしも褒められて嫌悪感や、憎しみは生まないだろう。凍った言葉がいつの間にか僕の手足を放してくれない。いつの間にか僕は一人雨の中立っていた。一時間そして一日、知らない間に夢を忘れていた。いつだっただろう。私をいま照らしてる暖かい光がその時から僕の手を握って溶かしてくれたんだ。君は言った。「君の夢はもう君だけの夢じゃないから」その一言の光が今も私を照らしている。

 君の声は今も僕を呼んでいる。透明な扉に金色のドアノブが僕を待っていた。扉の向こうには満天の星空があった。満点の空に君の声が流れ星を添えて僕を読んでいる。クリスマス気分で暖かい雰囲気のお祭り騒ぎの町からのビルの屋上で君と星を見たその空に似ていた。何が違うかは君が隣にいないことだけだ。僕の心を解凍してくれたのはいつだっただろう。熱にうなされて人が嫌いだった僕に何度も愛をくれたんだ。容姿も頭もいまいちな僕に、いつも何度でも手を差し伸べてくれたんだよな。初めは単なる罰ゲームだって思っていたけど、優しいその瞳に恋をしたんだ。満点の星空よりも君の横顔の方がきれいだった。どんな寒くて凍えそうな日でも君の小さな手はいつも暖かい。たまに怒った顔も、映画で大泣きしている顔も、フェスで大はしゃぎするとこも、少し頑固なところも、いつの間にか夢中になっていた。やる気100%の君もやる気0の君も、今もずっと好きなんだ。風になって、時には星になっていつも僕を照らしている。

 最後の扉が僕を呼んでいた。そこには暗証番号で鍵がかかっていた。4桁の番号が僕を試している。傷つき、泣いた日も、失った日も、今のこの運命を迎えるために必要だったのだろうか。人に出会い、そして君と出逢い、世界で一番七十億にただ一人の人へ。暗証番号の答え合わせはもういらない。幸せの扉が開かなくても、その扉を開けなくても心から愛せる人、ただ一人、隣にいてくれることが、僕の幸せだ。


拝啓。満点の星空へ


 

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