第15話 雪野弓VS黒龍

 さて、ここからは僕の腕の見せ所だ。

 大丈夫――得意分野だ――できる。

 そう自分に言い聞かせると硬直した皆を尻目に僕はゆっくりと立ち上がった。


「そんな人居ないよ。黒龍」


「って、てめ! いるじゃねぇか!」


「僕は雪野弓だけど? だれ虎之助って。そんな人ここにはいないから帰ってくれないかな」


「てんめぇ……俺をおちょくってんだろぉ? そもそも俺にでたらめ教えやがって! 3年にG組なんて存在しねえじゃねえか!」


――『僕は3-Gの雪野虎之助。んじゃねブラックドラゴン』


 昨日帰り際に残したあの適当な自己紹介を素直に信じたのかこいつ。

 G組なんて存在しないことその時点で気づかないコイツもコイツだと思うけど。


「ゆ、雪野さん……」


 教室の後方で心配そうに雨宮さんが僕を見つめている。

 周りの生徒達も黒龍の迫力に圧されてか、無言で縮こまってしまっていた。

 威圧されても動けるのは僕くらいか。何気に僕って度胸あるのかな。


「雪野くんの言う通りよ。さっさと帰りなさい黒滝。私たちは今催し物準備で忙しいのよ」


 と思ったら瑠璃川さんも割と平気そうな様子でこちらに近寄ってきていた。


「あ!? 誰だよてめ」


「3年H組の瑠璃川=M=アチェ―ロよ!」


「100%偽名じゃねーか! それくらい俺でも解るわ! ていうか3年にはF組までしかねーんだっつーの!」


 の、ノリ良いな瑠璃川さんも黒龍も。


「おい、てめぇ。まさかセンコーに余計なことをチクっていねえだろうなぁ?」


 きた。

 特に言葉を誘導したわけでもないのに向こうから僕の欲しかった質問を投げてくる。

 これは幸運だ。


「えっ? 余計なことって?」


「とぼけんな! 昨日のことだよ!」


「昨日のこと? 何だっけ? 最近物忘れがひどくてさ」


「そんな馬鹿でけえガーゼを顔につけて何いってやがる!? それは昨日俺がてめぇをぶん殴ったときに出来た傷だろうが!!」


「あっ、うん。えと、先生には何も言ってないよ。うん」


 凄みに圧され目を伏せながら素直に応える僕。

 その様子に自身の優位を感じたのか、黒龍は口元で小さく笑い、更に距離を詰めてきた。

 勢いのまま黒龍は僕の胸倉を掴んでくる。


「そうか。それでいいんだ。昨日は何もなかった。その頬の傷はてめえがすっころんでできた傷。そうだよなぁ?」


 あー、なるほどね。

 そういうことにしてE組の目撃者を納得させたのか。

 つくづくジャイアンだなぁ。いや、TV版のジャイアンでもそこまでしないぞ。


「えっ? 何言ってんの? お前が殴ったからできた傷じゃん。ていうかついさっきお前が自分で『それは昨日俺がてめぇをぶん殴ったときに出来た傷だろうが』って言ったんじゃん。もう忘れたの? 鳥頭なの?」


 精一杯の強がりを見せる。

 というより思いっきり挑発をかましてみる。

 実は雫からのミッションはもう達成しているのだけど、ここらでアドリブをかけてみて黒滝がどう行動するか見てみようと思ったのだ。

 僕は思いっきり軽蔑の視線を黒滝に向けて投げつける。


「こんのっ!!!」


 黒滝の右腕が大きく振りかぶられた。


「…………」


 その状態のまま停止する。


「ちっ」


 そのまま何もしないまま胸倉を掴んでいた僕を解放した。

 ありゃ。駄目だったか。思っていたよりも馬鹿ではなかったらしい。


「いいな! センコーに余計なことを言ったら命ないと思え!」


 三流の不良キャラみたいな捨てセリフと共に黒滝は去っていく。

 同時に雨宮さんと瑠璃川さんが僕の近くに駆け寄ってきた。


「雪野さん! 大丈夫ですか!?」


 無事を確かめるように僕の身体をぺたぺた触ってくる雨宮さん。


「だ、大丈夫だよ雨宮さん。そ、その、くすぐったいです」


「だって……だってぇ……!」


 泣きそうな顔でぺたぺた触る行動を止めない雨宮さん。

 気恥ずかしいけど気のすむまでやらせることにしよう。


「私としたことが……あんな奴にほんのちょっとだけビビッてしまったわ。助けになれないでごめんなさい」


「いや、気持ちだけで嬉しいよ。ていうかビビッていたんだ。すごく堂々としていたから気づかなかったよ」


「個人的にはもっと自分は度胸ある人間だと思っていたのにショックだわ。貴方はすごいわね。一切ビビッていなかった。素直に尊敬したわ」


「いやいや、胸倉掴まれたときはさすがに声が震えたよ」


「ふーん。私にはそれも演技に見えたのだけどね。そういうことにしておくわ」


 すべてを見透かしている。瑠璃川さん何者だよ。


「雪野君。今の出来事先生に報告へ行くわよ。それでアイツは終わりよ」


「んー、それはどうだろうか? あいつたぶん脅迫で事実を書き換えていると思うんだ。僕の頬の傷は『僕が勝手にすっころんで出来た傷』らしいからね」


「そんなの関係ないわ。私が証言してあげる。品行方正キャラで通っている私の証言なら信憑性高いはずよ」


「キャラって自分で言っちゃうんだ」


「みんなも証言してくれるわよね!?」


 瑠璃川さんが背後を振り返りA組のみんなに発破をかける。


「お、おぉ。そ、そうだな」


「こ、怖いけど、そうするべき、よね」


 肯定的な声――


「いや、なんで俺らがそんなことしなきゃいけないんだよ」


「だよな。俺らが雪野の喧嘩の尻拭いをやんなきゃいけない義務ないし」


「あれってE組の黒龍だよな。アイツに逆らうのはさすがにまずいって」


「正直、関わりたくない。普通に怖かった」


 そして否定的な声――

 肯定3:否定7といった所か。


「今否定した連中見そこなったわ。もう二度と私に話しかけないでよね」


「「「「そんなああああああああああああああああ!!」」」」」


 今日一番の悲痛の叫びがA組の教室に木霊した。


「ま、まあまあ瑠璃川さん。そこまでしなくても」


「なんで雪野君がそっち側に回るのよ!」


「みんなの言っていることも最もだからさ。これは僕と黒龍の喧嘩。関係ない人を巻き込むのは僕的にも申し訳ないよ」


「貴方がそう言うならわかったわ。でも私は行くわ。私一人だけでも告発しにいってくる」


「わわ、ま、待って、待って待って瑠璃川さん」


 今にも行動を移しそうな瑠璃川さんの右手を引っ掴み、慌てて静止を掛ける。


「本当に大丈夫だから。ちゃんと僕にも考えがあるから」


 正確にいうと考えがあるらしいのは雫だったりする。

 僕は特に概要も聞かず雫の指示に従ったに過ぎなかった。


「なるほど。これまでの経緯は全て作戦通りってわけね」


「ま、まあね」


 雫~! 本当にこれでいいんだよね!? 大丈夫なんだよね!?

 今はただ遠くにいる親友を信じることしか僕にはできなかった。


「わかったわ。今日の所は何もしない。でももしこれ以上アイツが暴挙に走ったら私個人で動くから」


「わ、わかりました」


 とりあえず頭に血が上った瑠璃川さんを説得することができたみたいだ。


「ところで雨宮さん。そろそろいいかな? ていうかどうして服の中に手を突っ込んでいるのかな?」


「だってだってだってぇぇ……」


 直接肌に触れる雨宮さんの手の感触はさすがにスルーすることができなかった。


「花恋ちゃん。普通にセクハラだけど、許すわ! 思う存分やりなさい!」


「どうして煽ったの!?」


「べーだ! 花恋ちゃんどうせなら下半身の方も無事を確認した方がいいんじゃない?」


「はい!!」


「はいじゃないでしょ!? あはは! やめて! そこは本当にやめてー!」


 なぜだか知らないけどセクハラオチということで今日の昼休みはそのまま終了した。

 一瞬股間のいけない部分に触れられたような感触は気のせいだと信じたい。







「てな感じでミッションコンプリートしたよ親友」


 放課後、僕はすぐに通話を繋ぎ、雫に今日の経緯を説明する。


「きゅ~~~~~う~~~~~ちゃ~~~~ん~~~~?」


 説明を終えるとなぜか雫は怒気交じりで僕を呼んでくる。

 な、なんだ? どうして怒っているんだ?


「何を普通に危険な真似しているのさ! 変に相手を煽ったりなんかして! もう! 危険だと思ったらやらなくてもいいよって言ったでしょ!」


「あー、ごめんごめん。僕なりに何かやった方がいいと思ってさ。E組と違ってA組の皆なら黒滝に屈しないと思っていたからあの場で敢えて殴られて皆に目撃者になってもらおうとしたんだ」


 だけど黒龍は意外にも冷静で結局殴ってはこなかったんだよなぁ。

 あの一瞬で『今殴ったら自分が不利になる』と察したのかな。馬鹿だけど地頭は良いタイプだ。


「もーーーー! 自己犠牲禁止! ちょっと危険なミッションを出した私が言えたことじゃないけど、これ以上怪我を増やすようなことは絶対やっちゃだめだからね」


「わかったわかった。もうやらないから」


「うわぁ! 全然信用できないよおおお!」


「親友を疑うとは失礼な子だなぁ。ほら、この透き通った目を見て! 嘘じゃないでしょ?」


「通話だから目なんて見えるかぃ!」


 こんな冗談が言えるくらいは雫とは打ち解けた。

 雨宮さんと一緒の時も楽しいけど正直まだ緊張する。

 対して、雫と一緒の時は楽しいだけじゃなく肩の力を抜いて話せる。人柄の為せる業だと思う。


「ねえ雫。そろそろ教えてくれないかな? 今までのミッションの意味」


「んー……内緒♪」


「おっ、出たな。雫の秘密主義」


「そっ。雫ちゃんは秘密がいっぱいなのだ」


「じゃあ明日のミッションを教えてもらっていいかな? 明日僕はどう動けばいい?」


「んーー、それも内緒♪」


「えぇ……」


 せめてそこくらいは教えてもらいたかった。


「明日のことは明日になったら話すね。日中にコンタクト取るからよろしく」


「えっ、う、うん。わかった」


 日中に通話をくれるってことか。

 雫とはいつも夜に話をしていたからなんだか新鮮で楽しみだ。


「それじゃ、今日はこの辺で落ちるね。キュウちゃんまた明日」


「うん。また明日。おやすみなさい」


 通話時間15分。今日は落ちるの早いな。いつもはなんだかんだ30分以上は話をしているのに。ちょっぴり寂しい。


「明日は文化祭かぁ」


 小説とかだと文化祭って重大イベントなのだけど、実際はそれほど楽しみでもなかった。

 正直文化祭中は何をしていいのかわからないし、ぼっちの僕には文化祭なんて苦痛なだけだった。

 でも今年は雨宮さんと友達になれたし、一緒に回ろうって誘ってみようかなぁ。雨宮さんも良い気分転換になるかもしれないし。

 高校最後の文化祭。最後くらいは良い思い出になれればいいなと思いながら、僕は早めの就寝を取ったのであった。

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