第14話 花恋ちゃんのメイド服がみたいかーーーーー!?

 文化祭前日、今日は催し物準備の為授業は休みとなる。

 他のクラスはもっと前から色々準備を進めていたみたいだけど、我が3-Aに至ってはすでに準備は完了している。

 だから僕のクラスは今日一日フリーとなっていた。


「ゆ、雪野くん!? どうしたのその顔!」


 珍しく瑠璃川さんが取り乱した声を上げながら駆け寄ってきた。

 他のクラスメイトも目を見開きながら驚いた表情を浮かべていた。

 その理由は明白である。

 僕の左頬にはほっぺ全体を覆い隠すような巨大なガーゼが張られていたからだ。

 これは昨日雫が用意してくれと頼まれていたものの一つだ。


 『大きなガーゼで傷跡を隠すこと』


 それが雫に申し付けられたミッションだった。

 ちなみに大げさなのは見た目だけで傷痕自体はきれいさっぱり消えている。

 ただ、いきなりガーゼ姿で登場すれば周りからは僕が大けがしたように見えるだろう。


「あー、うん。まぁ気にしないで」


「気にするに決まっているでしょう! もしかして黒滝に殴られた傷が広がったとか!?」


 こんなに取り乱した瑠璃川さんを見るのは初めてだ。なんだか申し訳ない。だって傷なんてもう皆無なのだから。

 だけど雫にはこう言うように伝えられている。


「実はそうなんだ。ちょっと痕になっちゃってさ。見た目良くないからガーゼで隠しているんだ」


    ガタッ!


 それを聞いた刹那、瑠璃川さんの表情が一変し、眉間に皺を寄せた状態のまま無言で立ち上がった。


「ど、どうしたの?」


「愚問ね。黒滝を同じ目に合わせにいくのよ。友人を傷つけられて黙っていられるほど私は気が長くないの」


 瑠璃川さん、僕のことを『友人』のカテゴリにいれてくれていたんだ。感動だ。

 って、しみじみ感動している場合じゃなかった。


「ありがとう瑠璃川さん。僕の為に怒ってくれるのは嬉しいけどそれはちょっと待ってほしいかな」


「どうして?」


「いや、普通に危ないから。瑠璃川さんも怪我しちゃったら全生徒が悲しむよ」


「私は今雪野君が怪我して悲しんでいるのだけど?」


「その気持ちは嬉しいけど本当に大丈夫だから。だからそのどこから出したかわからない竹刀は片づけて」


「仕方ないわね」


 危なかった。

 ここで瑠璃川さんが殴り込みに言っていたら今までの仕込みが全てパァになる所だった。

 ていうかこの人思っていたより武闘派だな。感情で動くタイプみたいだ。


「そういえば黒龍ってやっぱり今日も学校に来ているの?」


「どうかしら? 花恋ちゃんどうだった?」


「――あっ、はい。普通に来ていましたよ」


「うぉぉっ!? 雨宮さんいつのまに!?」


 僕のすぐ真後ろに暗い顔をした雨宮さんが申し訳なさそうに佇んでいた。

 ってそうか、僕が『休み時間はなるべく一緒にいよう』って言ったんだ。


「雪野さん、痛そうです……」


 半泣き顔で雨宮さんがそっと僕の頬のガーゼに触ってくる。

 うっ、そんな申し訳なさそうな表情しないで、本当は怪我なんてもう大丈夫なんだから――

 と言って安心させてあげたいところだけど、それが出来ない理由が僕にはあった。


『キュウちゃんは今大怪我しているって設定で乗り切ってね』


 と親友に念押しされているからだ。

 ここは話を変える作戦でいこう。


「E組の方も準備は終わったの?」


「はい。E組の出し物は黒滝さん達の軽音楽ですので」


「文化祭の催し物を独り占めしているね。E組可哀想」


「そうね。やっぱり黒滝は今から絞めてくるわ。アイツを亡き者にしてE組の催し物はメイド喫茶に変更してくるわ」


「だから止めてって。それとなんでメイド喫茶?」


「花恋ちゃんのメイド服がみたいに決まっているでしょう!」


「どうしてキレながら叫ぶのです!? ていうかメイド服なんて着れませんよ!」


「「「「「「「えっ? どうして?」」」」」」」


「なんでA組の皆さん全員ハモるんです!?」


「みんな、花恋ちゃんのメイド服みたいわよね!?」


「「「「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」」」」


 A組の全員の勝鬨が上がる。

 勿論その中に僕も混ざっていた。


「着ませんから! 着れませんから! 絶対似合わないから着れませんからっ!」


「雨宮さん。そろそろその自嘲的になる癖直そう。満場一致で雨宮さんは『メイド服が似合う美少女』って認識だから」


「あぅぅ、そんなことないのに。えと、雪野さんもそう思ってます?」


「僕が一番そう思っているよ」


「い、一番っ!? その謎の自信は一体……でも、んと、嬉しいかもです」


「じゃあ今度着てみてね」


「いや着ませんから!」


 かなり無理やりだったけど話題のすり替えには成功したようだ。

 いや、僕が話題変えたがっていたのをみんなが察してくれたのかもしれない。


「「「「「……………………」」」」


「「いや、急に無言で微笑ましそうに眺めるのやめてくれます!?」」


 もしかして僕たちの二人の会話って周りに聞かれると非常に恥ずかしい内容なのかもしれない。

 男女の会話って難しいなぁ。







 昼休み。

 今日雨宮さんは1日中A組に居た。

 その1日だけで雨宮さんはA組にものすごくなじんでいた。


「えー! 雨宮さんって作家さんなの!?」


「そんな、作家さんだなんて。一作しか出版したことありませんし」


「って、待って! 桜宮恋って俺知ってる!」


「なるほど~。それでよく瑠璃川さん達と小説の話をしていたんだね」


 今もまるで転校生かのようにクラスメイトに囲まれていた。

 その様子を遠くで眺めていた僕に瑠璃川さんが話しかけてきた。


「花恋ちゃん。雪野くん以上にA組に馴染んでいるんじゃない?」


「そうだね。僕なんかよりずっと人付き合いの上手い人だと実際思うよ」


 彼女がE組でぼっちみたいな状態になっていたのは単純に環境が悪かったからだろう。

 普通のクラスに配属されていれば彼女はあんな風に人気者になれる器だったのだ。


「あら。認めちゃうのね。からかいがいのない」


「からかってたんかい」


「貴方――いえ正確には貴方達はからかって楽しい人だもの」


「おもちゃにされている……」


 今までぼっちだった僕もここ数日で劇的に環境が変化したように思える。

 少なくともこんな風にクラスメイトと肩を並べて会話するなんて光景今までなかったから。


「雪野くん。この際聞いてみたいの。貴方今までわざと人付き合いを避けていたでしょう」


「さすが瑠璃川さん。お見通しですか」


 前にクラスメイトから遊びに誘われたり、グループへの加入を誘われたりしていたことがあったのだけど、僕はそれを自分から断っていた。

 故に僕がぼっちになっていくのは必然だった。人付き合いうんぬん以前の問題であり、僕は進んで孤独の道に歩んでいたのだ。


「最初は一人が好きだからなのかと思ったわ。でも最近のあなたを見てそうじゃなさそうだって感じた。貴方もその気になれば今の花恋ちゃんみたいにクラスの中心人物になりうる器だもの」


「いや、それは過大評価だと思うけど」


「そんなことないわよ。事実ここ数日A組の話題は貴方と花恋ちゃんのことで持ち切りだったもの」


 まぁ、今までぼっちを決め込んでいたやつが急に女の子と仲良くなった姿を見せられたらそりゃあ話題になるだろうな。

 しかも雨宮さんの行動は読めないところあるし、会話自体も独特な運びをしていたので見ていて面白い題材だったかもしれないと自分で思う。


「一人にならなければいけない事情でもあったのかしら?」


 結構確信をついてくるなぁ瑠璃川さん。

 うーん。プライベートな問題だからそんなに言いたくないのだけど、まっ、いいか。卒業まであと4か月。もうすぐ会わなくなる人なんだし。


「あの頃、とても嫌なことがあって人間不信になっていたんだ」


 僕が『だろぉ』に小説を初投稿し、その小説がある程度軌道になってきた時、とある事件が起こり、僕は人が信じられなくなっていた。

 いや、不貞腐れていたという表現の方が近いか。

 その事件がきっかけで僕はしばらく小説から遠ざかっていた。


「失意に飲まれて、毎日が『悲しみ』と『怒り』が混合しあっていた。そんなぐちゃぐちゃな感情状態だったもんだから僕は自分から人を避けて、一人でいる時間を選んでいたんだ」


「でももう立ち直れたのね」


「う、うん。たぶん」


「花恋ちゃんのおかげなのかしら?」


「そうだね。雨宮さんと……あと親友のおかげでもう大丈夫かな」


 雫が失意から立ち直させてくれて、雨宮さんが忘れかけていた創作の楽しさを思い出させてくれた。

 だからこれだけは言える。

 僕は周囲に恵まれた環境に置かれていたんだなと。


「ふーん。個人的にはその『親友さん』の存在が気になるわね。もしかして女の子?」


「え、えと、どうでしょう……ね」


 若干目をそらしながらごまかす僕。

 やばいな。この場にいたら僕と雫の関係を根掘り葉掘りバラさないといけなくなる気がする。

 さすがに気恥ずかしいので僕はこの場から消えることにした。

 それに今日中にこなさなければいけない雫からのミッションがまだ残っている。昼休み中にそれを済ませてしまおう。


「さて、僕はちょっと席を外させてもらおうかな」


「ちょっと! 花恋ちゃんを置いてどこにいくの?」


「あー、ちょっと野暮用――」



「――おい! 雪野虎之助はいるか!?」



 ドスの利いた聞き覚えある声が3-Aの教室内に木霊した。

 丁度良い。野暮用の方からやってきてくれたみたいだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る