第10話 陰キャは普通に話しているだけでも注目されてしまう件

「おはよう。雪野くん」


「あっ、う、うん。お、おはようございます。瑠璃川さん」


 登校して席に着くと隣の席の美人クラスメイトが気さくに挨拶をしてきた。 

 瑠璃川さんから挨拶されるのはこれで2回目のはずなのになぜか不意打ちを喰らった気分である。

 だってクラスのアイドル的存在よ? 小説だとしたら必ず人気が出るタイプの属性よ。改めて見ると顔のパーツ整いすぎていて逆に怖いレベルよ。僕なんかが気軽に挨拶して良い次元にいる相手じゃないのよ?

 ほら。ただ挨拶交わしただけなのに、周りの生徒はこちらを見ながらざわついてる。


「昨日送ったアレ、見てくれたかしら?」


 瑠璃川さんが目をキラキラさせながら質問を投げてくる。

 でもなんのことか見当がつかず、僕は首を傾げてクエスチョンマークを投げ返した。


「見てないのね。この反応見てないわよね」


「いてててて」


 急に頬を引っ張られ、痛みやら驚きやらで頭が真っ白になる。

 なんだこの距離の近さ。いいの? サービス旺盛すぎるけどいいの?

 いや良くないよね。クラスメイト(主に男子)の視線に殺意籠ってるもの。

 この距離感も瑠璃川さんの人気の秘訣なのだろうか。なんていう小悪魔。この距離感は絶対勘違いする男衆が出てくるぞ。


「スマホ出す!」


「は、はい!」


「アプリ立ち上げる!」


「う、うい!」


「ID名、カエデを選択する!」


「かえで??」


「私の名前! そこ忘れないでくれないかしら!」


「ご、ごめんなさい」


 アプリには3件のID登録がある。

 1つ目は『水河雫』、2つ目は『雨宮花恋』、そして3つ目は『カエデ』。

 雫も雨宮さんも本名のフルネームで登録されているものだから、瑠璃川さんのID名はかなり異質に見える。

 異質すぎる故に僕の中で『得体のしれないもの』として無意識のうちに視界にいれないようにしていたのかもしれない。

 ID名カエデを選択すると『例のモノ送ったわ 感想( `・∀・´)ノヨロシク』というメッセージと共に文章ファイルが添付されていた。

 あっ、瑠璃川さんの小説!


「ていうか女の子からのメッセを既読すらつけないってどうなのかしら? んー?」


「ご、ごめん。昨日はちょっと色々あって忙しかったもんだから」


 色々あったのは本当だが、忙しかったというのは嘘である。

 昨日は雫との会話の後、すぐ寝ちゃったし。

 早寝のおかげで11時間くらい寝たかもしれない。


「雪野くん、もしかして女の子慣れしてる? 私なんかのメッセなんて貴重でもなんでもないのかしら?」


「そ、そんなことないよ!」


「疑わしいわね。雨宮さんとも仲良いみたいだし、実はもっと仲の良い女の子とかも居たりして」


「…………」


「居るのね。雪野くんは陰で女の子を引っかけまくっているチャラ男と。硬派だと思っていたのに残念ね」


 悪い方の陽キャみたいな認定をされてしまう。

 確かに異性に親友はできたけど、さすがにチャラ男認定されるほどではない――


「それはない――ないよね?」


「聞き返されても知らないわよ」


 口に手を当てながらクスクスと笑みを浮かべる瑠璃川さん。笑い方まで上品な人だ。


「まー、雪野くんの女性関係はおいおい突き詰めるとして」


「突き詰めるんだ」


「今は我が自信作を見てほしいわ!」


「えっ? 今ですか?」


「そ、今」


「もうすぐ授業始まりますけど」


「スニーキングミッションね。先生に見つからないように頑張って」


 授業よりも自分の作品を見てほしいというわけか。

 よほどの自信があるんだろうな。自信をもってお勧めできる作品って一刻も早く誰かに見てもらいたいものだのだ。


「わかりました。先生に見つかりそうになったら上手くフォローしてくださいね」


「まかせておきなさい」


 親指を立てながら微笑む瑠璃川さん。

 今日の授業参加は諦めるしかなさそうだった。

 本音を言えば家のPCでゆっくり読みたかったのだけど。スマホだと文章読みづらいんだよなぁ。

 そんな風に思いながら文章ファイルを開き、瑠璃川さんの作品に目を通していくことになった。







 瑠璃川さんの作品は僕にとってかなり衝撃だった。

 正直言えば『一目』で心を奪われるほどのものだった。

 まだ文章は途中ではあるが、今の時点でわかる。

 これは『商品化』したら売れる。かなり売れる。

 ただそれは小説で売るのではなく……まぁ、結論出すのはまだ早いか。

 まずは全て読破してから……だ。

 

 ………………

 …………

 ……







 放課後。

 授業の内容は全然覚えていない。

 ていうか授業にはほぼ参加せず、僕は机の下でずーーっとスマホを眺めていた。

 授業内容が雑音に思えるほど、僕は瑠璃川さんの作品に夢中になっていた。

 瑠璃川さんの作品は全202ページの大作だった。

 僕は一日かけてようやく全てを読み終えた。


「……ふぅ~」


 一日中首を下げていたかもしれない。

 首を鳴らすようにコキコキ音を鳴らしながら天を見上げた。


「あっ、雪野君、戻ってきたわね」


「随分と夢中になっていたようですね。雪野さん」


 顔を上げた僕に二人の女の子が反応を返してきた。

 瑠璃川さんと――


「うわっ! 雨宮さん!? いつの間に!?」


「30分以上前から居ましたよ」


「マジでか! 全然気づかなかった……っ!」


 雨宮さんもよく30分も別のクラスに居られたな。


「声掛けてくれたらよかったのに」


「掛けましたよ! 何度も何度も!」


「花恋ちゃん、キミのほっぺ抓ったり、腕を引っ張ったり、耳元で大きな音鳴らしたり、めちゃくちゃ頑張ってたわよ。でもどれを試しても無反応だったから雪野君目を開けたまま気を失っているのかと思ったわ」


「か、花恋ちゃん?」


 僕が無反応だった30分間に二人の間に関係性が生まれていたみたいであった。

 しかし出会ってすぐの人間によく下の名前呼び出来るなぁ。


「昨日言っていた瑠璃川さんの小説を拝見させてもらう件、了承いただけました♪ 雪野さんは先に読んでいらっしゃったみたいですね。そんなに夢中になるくらい面白かったってことですよね。楽しみです」


「これは良い感想を期待できるわね。さあさあ早くお褒めの言葉を申してみなさい!」


 瑠璃川さんが感想を欲しそうに眼前でうずうずした様子を見せている。

 すごいなぁ。他のクラスメイトも微妙に残っている中なのにそんな場で自身の自作小説の感想を求めることができるなんて。

 この度胸は本当に僕も見習わないといけないな。


「まず、一言でまとめると『すごかった』」


「小学校低学年の読書感想か! どこがどうすごかったのか言ってみなさい」


「一目で心が奪われたよ。あれだけのもの一朝一夕で身につく技術じゃない。かなりの訓練の末に身に着けた技術だってことがわかったよ」


「あの雪野さんがここまで素直に褒めるなんて……」


「普段批評しかしてないみたいな言い方やめて雨宮さん」


 確かに雨宮さんの作品を『会話がつまらない』みたいな批評したことあるけど。

 あれ? もしかして根に持っている?


「ねえ! どの辺りを見てそう思ったの!? やっぱり終盤の山場の展開に心躍った!?」


「えっ? んと、ごめん、内容の方は正直そんなに頭に入ってこなかった」


「どういうことなのよ!?」


「出ましたね。雪野さんお得意の上げて落とす感想」


「雨宮さんが僕に抱いている印象がどんなものなのかよくわかったよ」


 ていうか雨宮さんが抱いている僕に対するイメージってなんかあまりよろしくない?

 小説の話題になると僕ってひょっとして遠慮ない感じになっているのかな。

 これからはもうちょっと雨宮さんに優しくすべきなのかもしれない……そうしよう。


「瑠璃川さんが桜宮恋の影響を受けていることはすごく伝わったよ。地の文が桜宮恋節満載だった」


「ええ。私桜宮恋大好きだから」


「わわ、なんか照れます」


 顔を赤らめながら俯いてもじもじする雨宮さん。


「可愛すぎないかしらこの子。ねえ雪野君」


「わかる」


 それに関しては同意しかない。

 理解者が出来て嬉しい。


「わ、私のことはいいですから! 瑠璃川さんの小説の感想の続きを聞かせてください」


「うん。えと、瑠璃川さんの作品はレベルが高いと思う。でもやっぱり執筆に不慣れな感じも受けたんだ」


「例えばどの辺が?」


「んー、句読点の付け場所に違和感あったりとか、重言が多く見受けられたりとか」


「重言って?」


「同じ意味の言葉を一つの文節内に盛り込むこと。つまりは『頭痛が痛い』みたいなやつ」


「なるほどね。勉強になるわ」


「だけどね。良いところもあった」


「どこかしら?」


「キャラ!」


「あら。それは素直に嬉しいわね。どこキャラが気に入ったの?」


「んー、雨宮さんが未読だから言っていいのか……」


「大丈夫ですよ。ネタバレ上等ですっ」


「そっか。僕の好みなだけかもしれないけど、中盤から出てくる設楽ってキャラ」


「そこでまさかの悪者キャラに焦点がいくとは……」


「いや、このキャラ本当にすごいよ。純粋な悪者キャラって登場させるの勇気いるんだよ」


「どうして?」


「自分の作品の登場キャラには愛着が出ちゃうから。たとえ悪者でも救いを与えたり、憎めない要素をつい織り交ぜたくなるんだ」


「あー、わかります!」


 雨宮さんが大きく頷きながら同意してくれる。

 僕も未だにやっちゃうんだよな。悪役キャラへの救済って。


「だけど瑠璃川さんはそこの所をしっかり割り切ってヘイトを高めるキャラをしっかり動かせているんだ。しかも変な救済もない。それが良かったです」


「だって悪者よ? 自分で書いてて胸糞悪くなるキャラなのよ。哀れな結末にしてやろうってプロット段階から決めていたわ」


 胸をそらしながら自慢げに鼻を鳴らす瑠璃川さん。


「作品をプロット通り進行させるってのもプラス要素だよ。脱線せずに小説を書き上げるのも地味にすごいことですから」


 プロットとは脱線するもの。

 作者も気づかないうちにプロットの内容とは違う展開に話を持っていきがちになるのだが、瑠璃川さんはそこをブラさずに路線を守り続けていけたみたいである。


「ね。そろそろ教えててくれる? 雪野くんは私の作品のどの部分を見てすごいって思ったの? 設楽の件だけであんなに夢中になって読み込んだりしないよね?」


「あー、うん。そうだね。僕が夢中になっていたのは――」


「いたのは?」


「わくわくですっ」


 期待の視線が二つ。

 そう、僕が夢中になっていたのは全く別の要素のことだった。

 すなわち――


「『絵』だ」


「「絵?」」


 雨宮さんと瑠璃川さんの二人が首を傾げて不思議そうに聞いてくる。


「うん。瑠璃川さんの作品には要所ごとに挿絵があったんだ。表紙もあった。僕はまず表紙のカラーページにしばらく心を奪われていたんだ」


 売れる小説の大きな要素として『目を引く表紙』を描いてもらえること。

 僕の処女作『大恋愛は忘れた頃にやってくる』がそこそこ売れたのは雫がそれを実践してくれたからだ。

 瑠璃川さんの作品にもそれが大いに盛り込まれていた。

 だから僕は最初にこの作品を見たとき一目で『商品化すれば売れる』と思ったのだ。

 それだけこのカラー表紙には他者の目を引き付ける魅力が備わっていた。

 更に言うならこの作品は小説よりも適した形はある。

 だけどいうのは止めておこう。多分瑠璃川さんはこの作品を『小説』として紹介したいんだ。


「私の絵、気に入ってくれたんだ?」


「ってことはやっぱりあの絵は瑠璃川さんが自分で書いたんだ! すごいですよ! 本当に!」


「ふふーん。嬉しいわ。正直小説の内容よりも絵を誉めてくれたことの方が私的にポイント高いわよ」


「そ、そんなにすごいのですか? 雪野さんちょっと見せてください」


「うん。ほらっ」


「……わぁぁぁ」


 僕のスマホを覗き込んだ雨宮さんがパァァっと花開くような笑みを浮かべている。

 僕もきっと同じような表情を浮かべていたのだろう。それくらい彼女の絵の完成度は高かった。


「――ふむ」


 イラストに見入っている僕らを尻目に瑠璃川さんは一つ納得いったような表情を浮かべ出す。

 その様子に気づいた僕らは同時に小首を傾げて瑠璃川さんに向き合った。


「雪野くんと花恋ちゃん、二人は恋人同士なのね」


    ガツンっ!


 瑠璃川さんの言葉に反応した僕らは勢いよく頭同士をぶつけ合い、その場に蹲る。


「ご、ごめん雨宮さん。だ、大丈夫だった?」


「つぅぅ。は、はい。雪野さんこそ……」


 互いに涙目のまま無事を確かめ合う。

 その様子を瑠璃川さんが微笑ましそうに眺めていた。


「頭がぶつかり合うくらい近い距離に居ながらお互い離れようとしないのだもの。それはもう恋人同士の距離感だわ」


「「ち、違いますっ!」」


「あら? そうなの? でも昨日手を繋いで一緒に帰っていたじゃない」


    ガッツン!


「「つぅぅぅぅぅ!」」


 瑠璃川さんの次なる言葉に過剰反応した僕らは今度は体同士がぶつかった。

 ていうか見られてた? あの桃色っぽい空気の僕らを見られてた?


「本当にごめん雨宮さん。怪我はない? 僕変なところ触らなかった?」


「だ、大丈夫です。私の方こそ距離感掴めずごめんなさい。る、瑠璃川さんが連続でおかしなことを言うものですから……」


「その様子だと、好きあっているのけど付き合ってはいないって所ね。面白い題材ねお二人さん」


「「題材とか言わないでください!」」


 僕と雨宮さんの言葉が寸分違わずハモりだす。

 心なしか距離を空けてしまう僕と雨宮さんだった。


「でもクラスの皆は貴方達二人に興味津々みたいよ。ほら」


 促されて振り返ってみると、教室に残っていたほぼ全員が僕らの様子を興味深そうに眺めていた。


「「うっ……」」


 僕と雨宮さんの呻きがハモる。


「普段物静かな雪野くんが饒舌なことに対する驚きと、急に現れた別クラスの美少女が居る新鮮さと、クラスのマドンナが楽しそうに談義している姿が展開されていたら誰でも見るわよね」


「うぅぅぅぅ……わ、私、これで失礼しますねっ!」


 顔を真っ赤にし、クラスのみんなに見守られながら早々と出ていく雨宮さん。

 微笑ましい動物を見るようなみんなの視線は妙に暖かかった。

 みんながほっこりとなごんでいる中、雨宮さんはなぜかすぐに戻ってきて瑠璃川さんに向き合った。


「る、瑠璃川さんのアプリID聞くの、わ、忘れていました。私も小説読みたいので、その、教えてもらってもよろしいですか?」


 恥ずかしそうにスマホ画面に友達交換用のQRコードを差し出す雨宮さん。

 クラスのみんなのほっこり度が更に上がった気がした。


「本当に可愛いわね貴方」


「わかる」


「か、かかか可愛くなんてないです! 雪野さんも同意しないでください!」


 2人はID交換を済ませると、脱兎のごとく雨宮さんは飛び出していった。

 僕も帰ろうと支度をすると、瑠璃川さんに呼び止められる。


「雪野くん。あの子はちゃんと守ってあげないと駄目よ」


「えっ? 守るって……?」


「貴方、知らないの? 花恋ちゃんのクラスでの立ち位置」


「どういうことです?」


「貴方に言っていないということは、もしかしたら知られたくないことなのかもしれない。だから私からは言わない」


 僕は雨宮さんのことはまだ知らないことが多い。

 その中でも瑠璃川さんが突如申し上げた一件はその中でも大きな部類に属している気がした。


「雪野くん。明日3-Eの教室を覗いてみなさい。たぶん貴方ならすぐに察することができるから」


「う、うん」


「じゃあね、雪野君。小説の感想ありがとう。また書いたらデータ送るから」


 それだけ言い残すと瑠璃川さんは早々に教室から去っていった。

 少し不穏な空気感が残る教室から脱出するかのように僕も帰宅につくことになるのであった。



―――――――――――――――――――

キャラクター紹介


雪野弓ゆきのゆみ(著名:弓野ゆみのゆき)

代表作『大恋愛は忘れた頃にやってくる』(文章)

人気投稿小説サイト『小説家だろぉ』にて『平凡小説家~異世界に渡りペンで無双~』を執筆中。

『だろぉ』での著名は『ユキ』


水河雫みずかわしずく(著名:水河雫みずかわしずく

代表作『大恋愛は忘れた頃にやってくる』(イラスト)

現在は弓野ゆき作品『平凡小説家~異世界に渡りペンで無双』の挿絵を執筆中

親友である雪野弓を『キュウちゃん』と呼ぶ


雨宮花恋あめみやかれん(著名:桜宮恋さくらみやこい

代表作『才の里』

ノンフィクション恋愛小説執筆を検討。

現在は地の文の無い『7000文字』を書き直し中


瑠璃川楓るりかわかえで

趣味で創作活動を行っている。出版作は無し

自分で挿絵も描ける。文章とイラストの二刀流スタイル

クラス内で人気が高い

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