第9話 キュウちゃんが生まれた日
「親友よ」
「何かね? 親友よ」
「ちょっと悩みを聞いてくれないですか?」
「いいですとも親友よ」
帰宅後、深夜の時間にも関わらず僕は雫さんに連絡をとって通話を繋いだ。
放課後、雨宮さんとの出来事が、その、あまりにも桃色っぽすぎて、同じ女性である雫さんに心理を聞いてみたかった。
手を繋いだまま離してくれない理由とか、涙目で睨み続ける真意とか。
「親友が異性で良かったよ。ちょっと女性心理を聞きたいんですけど」
「まー、待て。親友よ。いい機会だから先に私のお願いを聞いてくれたまえ」
『親友よ』のフレーズが気に入ったみたいある。
せっかくだから僕も乗ってみることにした。
「なんでも言ってみてください。親友よ」
「親友よ。その中途半端な敬語を今すぐやめたまえ。そのせいで『親友感』が80%減になっているのだよ」
言われてみれば確かにそうだな。
親友なのに敬語って、それって本当に親友なのか疑わしくなるし、相手にも失礼な気がする。
ここは素直に従おう。
「わかりまし――わかったよ親友よ」
なんだこの馬鹿っぽいやりとり。超楽しい。
「よろしい。親友よ。悩みについて話してみたまえ」
「うん。その……雫さんの率直な意見が聞きたいんですけ――だけどさ」
急に敬語を止める行為がなんだか妙に難しい。
雨宮さんの時はあっさり敬語抜き出来たのに、なぜか雫さん相手だと妙に躊躇ってしまう。付き合いの長さからの躊躇いだろうか。
「まー待ちたまえ親友よ。もう一つ私のお願いを聞くのだ」
お願い多いな。
「この際なんでもいってみなされ親友よ」
「うみゅ。敬語を抜いたのにその呼び方のせいで『親友感』がまだ50%減になっているのだよ」
「そうかね? 親友よ。著名とはいえ下の名前で呼んでいるのだよ。十分親友と言えるのではないかね? 親友よ」
「あー、薄情するけど水河雫は著名であり本名なのだよ親友よ」
「うそぉ!?」
「別に驚くことないでしょ! 『雫』なんて普通の名前だよ」
「いや、『雫』はともかく『水河』は仮名だと思ってた」
だってあまりにも水属性っぽいもんだからまさか本名だとは思わないでしょう。
「お、それだよそれ。親友感100%になったゾ、親友よ」
「えっ?」
「雫」
「…………」
「雫」
「……まさか呼び捨てにしろと言っているのかね? 親友よ」
「だって、『親友』でしょ?」
「いや、親友でも『さん』付けで呼んでも別に――」
「しーずーくー」
「えー、呼ばなきゃダメ?」
「うわーん! 嫌そうだ! 私なんて親友じゃないんだー! うわーん!」
雫さんがここまで遠慮なく駄々っ子になる所初めてみた。
初めての親友が出来て浮かれているのかもしれない。僕も似たような心境だし。
しょうがないな。正直かなり恥ずかしいけど……
「し、雫。そろそろ話を戻すけど、ちょっと話があってね」
「まー待ちたまえ親友よ。もう一つ私のお願いを聞きたまえ」
「まだ何かあるの!?」
ここまで望みを叶えてあげたのだからそろそろ僕の話も落ち着いて聞いてほしい。
「えー、こほん。本当の本当に最後だよ。その、ね。親友とはいえ本名をバラしたのは私なりに勇気を出したわけよ」
「確かに、ずっとプロフィール秘密主義だったもんね雫さん」
「しずく」
「し、しずくは」
異性を呼び捨てにすることってこんなに難しいことなのだと知らなかった。
『雫』と呼び捨てにするたび紅潮している気がする。いつか慣れる日来るのだろうか。
「最後のお願いってのはね、その、嫌だったら断ってもいいんだけど……」
ここにきて急に歯切れが悪くなる。
何か言いづらいお願いなのだろう。
「弓さんも……その……本名教えてほしいなー……なんて」
「あれ? 教えてなかったっけ?」
「知らないよ! ずっと著名の『弓野ゆき』って名前しか知らなかったもん!」
「あー、そっか。ずっと弓さんって呼ばれていたから知っているのだと思ってた」
「へっ?」
「雪野弓。それが本名だよ。著名は本名の文字を並べ替えただけなんだ」
『大恋愛~』が出版されたとき、インタビューで著名の他にも普通に本名も明かしていたのだから、関係者である雫にも僕の本名は伝わっていると思い込んでいた。
でもこの反応をみると本当に知らなかったようだ。『弓さん』って呼称は『弓野ゆき』からとっていたのだと僕も初めて気が付いた。
「へっ? ええ!?」
なんか雫が画面の向こうで動転している。変な名前だから驚愕しているのだろうか?
「じゃ、じゃあ、その、ずっと私、弓さんを下の名前で呼んでいたって……ことですか?」
「そういうことですが?」
それがどうかしたのだろうか?
雫が何に動転しているのか全然わからない。
「わ、わわ、私、同年代の男の子をずっと名前で呼んでたんだ。わーー! なんか死ぬほど恥ずかしいんだけど!?」
「や、何を今さら。まぁ確かに最初に『弓さん』って呼ばれたときは悶絶するほど嬉し恥ずかしかったけど、すぐに慣れたよ?」
「う、嬉しかったんだ」
「うん。し、雫がフランクに下の名前で呼んでいると思ってくれたから僕も頑張って下の名前で呼んでいたんだよ」
「~~っ! た、確かに、あのシャイボーイがいきなり私のこと下の名前で呼んできて驚いたもんだけど。なんだよー! そういうことだったのかよー!」
雫の照れ笑いしているのがスピーカー越しに伝わってくる。
つられるように僕も照れ笑いを浮かべていた。
「じゃあ私は呼び方変える必要なさそうだね。あー緊張して損した。あ、ごめんね弓さん、お待たせしました。悩みを聞こうじゃないか親友よ」
「まー、まて親友よ。その前に僕のお願いも聞きたまえ」
「あ、真似した」
「さんざんお願いを聞いてあげたんだからこっちからもお願いいいじゃん。不公平だ」
「そだね。じゃあまずお願いの方をどうぞ、弓さん」
「親友感が50%なのだよ親友よ」
「むむっ、どうしてかね? 親友よ」
「弓」
「…………っ!」
「弓」
「~~~~~っ!」
僕が恥ずかしい思いをして雫を呼び捨てにしたのだ。
この子にも同じ思いをしてもらうのが筋というものだ。
「ゆ、弓……くん」
「はいやりなおし」
「くぅぅ!」
今さら『くん』付けで逃げようだなんて虫の良い話だ。
「ゆ……ゆ……」
「ゆ?」
「…………キュウちゃん!」
「誰だよ!?」
「ユミちゃん、じゃ女の子っぽいじゃん? だから『弓』という字を読み方変えてキュウちゃん」
「そんな名前のお化け聞いたことあるよ。自分だけ呼び捨て避けずるい」
「だってぇ。同年代の男の子を呼び捨てにするなんて……はしたない」
「たった今同年代の男の子に自分を呼び捨てにさせたよね!?」
「それはいいんだよ。でも弓さんを呼び捨てにするの……めっちゃ恥ずかしい」
「僕だってめっちゃ恥ずかしいのを我慢して呼んだのに!」
「ご、ごめんね。その、親友感がグレードアップしたらちゃんと名前呼び捨てにするから! 今はキュウちゃんで勘弁して~!」
これ本当に駄目そうなやつだ。
たぶん画面超しでは顔を真っ赤にしているに違いない。
あまり責めても可哀想なので今はキュウちゃんで妥協することにした。
「あっ、じゃあ、僕も雫ちゃんって呼ぼうかな」
「駄目。『雫』って呼ばないと泣く」
暴君か。ジャイアンでもここまで自分勝手じゃないと思う。
理不尽極まりないが、なぜか雫相手だと許せてしまう。
「話逸れまくったね。もう本当に茶化したりしないから悩み事言ってみたまえ親友よ」
「……や、なんかもう悩みとかどうでもよくなったよ。今日は終わりにしよう」
雫とのやり取りが内容濃すぎて、悩み相談をする気が一気に失せた。
疲労感半端ないので悩み相談はリスケした。
「わかったよキュウちゃん。えへへ~」
「あはは」
恥ずかしさ満載の出来事であったが、終わってみると自然と笑いが零れ出る。
悩み相談はできなかったけど、雫とは『親友感』を高めることができて満足感は大いに得られることができた。
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