第8話 気づけば急激に仲良くなっていた
「雪野くん」
「…………」
放課後。
突然隣の席の瑠璃川さんから不意に声を掛けられる。
今まで挨拶なんてされたことなかった故に一瞬の硬直。
自分に向けられた声であることを理解した瞬間、間を埋めるように慌てて言葉を返した。
「あ、あ、う、うん! なんでしょう?」
気持ち悪い感じにドモってしまった。
その様子を見て瑠璃川さんは愉快そうにクスクス笑みを浮かべている。
瑠璃川さん。
えっと、下の名前は確か楓さん。
校内人気は非常に高いと聞く。
理由はその容姿と性格にある。
まず容姿だけど一言でいえば『お人形さん』である。
日本人形のような恐々しい雰囲気ではなく、おもちゃ売り場に置かれているような愛くるしい感じのお人形さんだ。
性格はクールでありながらしっかり社交性も持ち合わせている印象。普段は表情薄いけど、他人と話すときはちゃんと微笑んでくれる。
文武両道、才色兼備、品行方正。
小説の中でしかいないと思われていた設定盛り盛りのこの人とは席が隣ではあるのだけど、当然今まで一言もしゃべったことはなかった。
僕としても遠い世界の人のように思えていたので無言を貫いていた。
だからこそ急に声をかけられたことに戸惑ってしまう。
「雪野くんって、あの桜宮恋さんと付き合っていたりするの?」
「…………」
「あ、間違えたわ。桜宮さん、ってのは著名だったわね。雨宮花恋さんと」
「…………」
「聞いてる? 雪野くん?」
「はっ! ご、ごめんなさい。急にとんでもないことを質問された気がしてフリーズしちゃってました」
「面白い返しね」
いや、フリーズもしますって。
最近放課後になると雨宮さんがこの場に現れるのでこのようなあらぬ誤解を生んでしまったのだろう。
これは正しておかねば雨宮さんにも迷惑をかけてしまう。
「えと、付き合っているわけじゃないですよ」
「ふーん。でも仲良さそうよね?」
「うーん、どうだろう?」
もちろん僕の中では『友達』のグループにカテゴライズされているが、どうもお互いにまだ固い所がある気がしているのだ。
それに雨宮さんとは出会ってからそれほど日が立っていない。故に固いのは仕方ないことではあるのだが。
「瑠璃川さんは雨宮さんが桜宮恋だってこと知っていたんですね」
「ええ。こう見えても私文学趣味も持っているから」
「そうだったんだ。自分で書いたりもしているのですか?」
「うん。まあ。独学で書きあげたことだってあるわよ。私、集中するとある程度のこと出来ちゃうみたいなの」
茶目っ気交じりで言っているが実はとんでもないことをおっしゃっている。
『物語を一つ書き上げる』。これって実はとんでもなく難しいことだったりする。
その難しさに挫折して志半ばで諦めた人を『だろぉ』で何人も見てきた。
それ故に今の瑠璃川さんの発言には素直に感心した。
「すごいですね。瑠璃川さん。さすがの才色兼備です」
「ありがとう。正面から褒められるのってなんだか久しぶりで照れるわ」
目の前ではにかみながら照れている瑠璃川さん。正直、才色兼備という言葉では片づけられないレベルのスペックである。
成績は学年トップレベル。超美人。教師受けも良い。そしておまけに小説も書けるときたもんだ。
なんて神様は不平等なんだ。彼女の才能のうち一つでも良いから僕に分けてほしいものだ。
「良かったら私の小説見てみる?」
「えっ? 見せてくれるのですか?」
「褒めてくれたお礼に特別。雪野くん例のアプリID持ってる?」
「あ、はい」
「じゃ連絡先交換ね」
マジか。
皆が欲しくて欲しくてたまらないであろうあの瑠璃川さんの連絡先をあっさりゲットしたよ。
この感じだと色々な人にもID交換はしているのだろうけど、それでも僕のアプリに登録先が増えたのは素直に嬉しかった。
「あとでアプリに小説データ送るわね。ふふーん。私ね、正直桜宮恋を超えたと自負しているのよ」
「あはは。それはさすがにあり得ませんって。でもとても楽しみにしています」
「えっ、あ、ええ。即否定されるとは正直思ってなかったけど、ま、まあいいわ、それじゃあ」
思いっきり戸惑いを見せながら教室から出ていく瑠璃川さん。
いやぁ、まさか隣の席の人が文学少女だったなんて。
雫さんに続いて、雨宮さん、それに瑠璃川さん。最近急に小説つながりで人との交流増えたよなぁ。
「「「「………………」」」」
うお!?
ふと周りを見渡してみると、クラスメイト全員が怪訝そうにこちらを見つめてきていた。
そうだよな。みんなからすると瑠璃川さんはアイドルのような存在だ。クラスの根暗ぼっちがごときが気軽に話をしていいわけがない。
「(じ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!)」
居たたまれない群衆の視線。その中でもひと際目立つ殺意を込めた視線を送っている人がいるようだ。
恐る恐るそちらを振り向いてみる。
「あっ……」
ものすごく見知った人が見たことない形相でにらみを利かせまくっていた。
僕は急いで帰り支度を整え、その殺意の視線の主の元へ駆け寄った。
「お、お待たせ、雨宮さん。さっ、今日も、い、いこうか」
「(じ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!)」
こ、こええええ。
そうだよな。今の僕と瑠璃川さんの会話は雨宮さんからしたら気持ちよいものじゃないもんな。
いつもの場所についたらフォローしなければ。
でもとりあえずこの場を離れることが先決なわけで。
パシッ
僕は雨宮さんの手首を取るとその場から逃げるように立ち去って行った。
その間、終始雨宮さんのジト目攻撃は続きっぱなしだったのであった。
「いや、その、僕はちゃんと否定したんだよ? いくら瑠璃川さんがすごい人でも『小説』って舞台で雨宮さんに勝つことなんて不可能だって」
「………………」
いつもの新校舎と旧校舎と繋ぐ間の渡り橋。
そこに到着した瞬間、僕の言い分が炸裂した。
だけど雨宮さんは無言で睨むのみ。
こ、こええ。最近、雨宮さん無条件で怖い時がある。
「あはは。笑っちゃうよねぇ。素人があの桜宮恋を上回るだなんて。まぁ、瑠璃川さんも冗談で言ったんだと思うから雨宮さんも広い心で許してあげなよ、うん」
「別にそのことで怒っているわけではないので大丈夫です」
ようやく聞けた雨宮さんの声は物凄く尖っていたのであった。
「え、ええと、そ、それではどうして怒っているのでしょう……ね? あはは」
乾いた笑いしか出ない僕に対し、雨宮さんは先ほどとは打って変わって満面の笑みでこんな風に言葉を返した。
「自分の胸に聞いてみたらどうでしょう?」
え、笑顔が怖ええええええええ!
先ほどまでの怒り満面の時の方がまだよかった。
無言の圧力に圧倒され、僕は言葉を出すことができなくなってしまった。
本当にどうして怒っているのだろうか。昨日の転生未遂と言い、雨宮さんはたまに思考の掴みどころがなくなってしまう。
そんなことを思っていると雨宮さんは不意に頬を膨らませ、若干瞳を潤ませながらボソッと言葉を絞り出す。
「……私だけの特権じゃなかったんですね」
「へっ?」
「なんか私とお話している時より楽しそうに小説について話してました。ズルい」
えぇ……拗ねてるだけだ、これ。
嫉妬深い系ヒロインみたいな拗ね方でちょっとかわいいと思ってしまったが、誤解は早く解かねばいけない。
「いやいやいや、瑠璃川さんとはさっき初めて話したんだよ。ついでに言うと緊張で楽しむ余裕なかったよ。雨宮さんと話している時の方が何倍も気楽で楽しいから」
「……私には魅力がないから緊張しないと」
どんな拗ね方だ。
「雨宮さんは一緒にいて落ち着く系だからね。気兼ねなくしゃべれるってやっぱり大きいいよ。同じ美人系でもこうもタイプが違うのだから面白いよね」
そう言うと雨宮さんはみるみる顔を赤くしていき、やがて耳まで真っ赤になっていった。
「~~~~~~っ! も、もういいです! ちょっと拗ねてみただけですから、思いっきり照れされること言わないでください」
ただただ本音で語っていただけなのだけど、機嫌を直してくれたみたいだ。
雨宮さんの扱いが段々わかってきた気がする。この人怒っている時や拗ねている時は照れさせれば機嫌が直るみたいだ。
「で、でもでも、他にも怒っていることがあるんですからね! あったんですからね!」
ぽかぽかと僕の胸を叩きながら怒りアピールをしてくる雨宮さん。過去形に言い直すところがなんだかかわいらしい。
「他にも怒っていることって?」
僕はまた知らないうちに雨宮さんを怒らせてしまったのだろうか。
「読みましたよ! 『小説家だろぉ』での『ユキ』先生の小説!」
「あー、読んじゃったのね」
『ユキ』というのは僕の『だろぉ』での著名だ。
すでに出版作を持っている関係で『弓野ゆき』の名前は避けた方がよいと判断し、だろぉでは『ユキ』が僕の名前である。
そういえば昨日僕が『だろぉ』で小説を書いていることを告白したんだった。
なるほど。雨宮さんの怒りの理由がなんとなくわかった。
「『平凡小説家~異世界に渡りペンで無双~』があまりにも駄作だから憤りを感じているんだね」
「えっ? 何を言っているのですか? あの作品尻上がりに面白くなっているじゃないですか。私普通に続き楽しみなんですが」
うそぉ。
あの雫さんですら駄作と称するレベルのアレを初めて面白いって言ってもらえた。
嬉しい反面、なんで?っていう感情が湧き出てしまう。
「異世界転生モノ? っていうのですか? 私的にはあのジャンル新しさを感じられてとても楽しめています。何よりも弓野先生のキャラが輝いている感じがして私はとっても好きですよ」
なるほど。今まで純文学の世界に生きてきた彼女にとって、今やあり触れている『異世界転生モノ』が真新しく見えるんだ。
そういえば僕も初めて読んだ異世界転生モノは今でも深く心に残っているなぁ。
どんなジャンルにしても先駆者って偉大だ。
「あ、ありがとう。なんか初めて雨宮さんに褒められた気がする」
「普段からたくさんリスペクトしているじゃないですか! 雪野さんの中で私とんでもなく嫌な人じゃありません!?」
「いや、雨宮さんのイメージって僕の中では孤高のクールビューティだから。むしろ褒めたりせずに常に貶してほしいまであるよ」
「勝手に人を女王様みたいないキャラ付けしないでください! まったくもぉ」
そっか。
あんな作品でも楽しみにしてくれる人がいるんだ。
幸いにもあの作品は何とかPV数4桁は維持できている。
雨宮さんの他にもきっと楽しみにしてくれる人がいると信じて、あの作品はなんとしても完結させよう。
「そういえば、結局どうして怒っていたの? 異世ペンの件じゃないなら一体?」
「あの作品異世ペンって略すのですね。私が怒っているのはもう一つの作品の件です!」
「あっ……」
あっちか。
『だろぉ』での投稿は2作あった。
『異世ペン』は2作め。
その以前にもう1作書いていたことがある。
ある意味僕の中で一度小説家人生を打ち切るキッカケとなったのがあの作品なのである。
「ユキ先生の1作目『ウラオモテメッセージ』」
「…………」
「小説家だろぉで投稿された102話の作品。私、夢中で読み漁りました。気が付けば徹夜です」
僕の作品は1話1話が長い。
だから102話の話をじっくり読み更けると数時間かかるだろう。
雨宮さんはかすかに肩を震わせながらつぶやくように言葉を紡ぎだす。
「――面白かったです。文句なく。この間の『7000文字小説』よりも、『大恋愛は忘れた頃にやってくる』よりも、貴方に関わるどの作品の中でも間違いなく最高峰に君臨する大名作でした」
「ど、どうも」
「貴方は何度私を驚愕させれば気が済むのですか。次から次へと物凄い作品を見せてきて」
「いや、そんないうほど大したものでは……」
「大したものです! アレはとんでもない作品でした! なんでもっと早く教えてくれなかったのですか!」
褒めてはくれている。
だけどその声色の奥底で彼女は怒りを見せている。
僕は顔をそらしながら横目でちらりと彼女の表情をうかがっていた。
――あの作品を読んで、彼女はどこまで真実にたどり着いた?
――彼女の怒りはどっちを向いている?
「それに! どうして『ウラオモテメッセージ』を途中で書くのを止めちゃったんですか! 勿体ないです! あんな名作を途中で放り投げるなんて作家としてあり得ない! おかしいです!」
なるほど。
怒りの矛先はそっちを向いていたか。
僕は少し胸を撫で下ろした。
「えーっと、まぁ、ちょっと続きが思いつかなくてさ。読者には悪いことしちゃったって思っているよ」
「『悪いことしちゃった』ってレベルじゃありません! あんな良いところで中断なんて万死に値します! 今すぐ続きを書きやがりください! 『異世ペン』も良いですが、雪野さんが真っ先にすべきことは『ウラオモテメッセージ』の続きを書くことです!」
書きやがりください、と言われても僕はもうあの作品に携わるつもりは一切なかった。
あの作品は確かに未完だ。起承転結で言えば『転』の部分で筆が止まっている。
それでも僕の中で『ウラオモテメッセージ』はもう『終わった作品』として処理されていた。
「まっ、未完のまま作者が居なくなるっていうのは『だろぉ』ではよくあることだよ。僕には完結に導く技力がなかったということさ」
「うぅ、納得はできないですが、わかりました」
これ以上に詰め寄っても無駄と悟ったのか、もしくはこの話題に触れるべきではないと悟ったのか、雨宮さんはあっさり引いてくれた。
正直ありがたい。あの作品についてはあまり話を出したくない。
僕は強引に話題転換を行った。
「そういえば雨宮さんの7000文字小説は進捗どんなかな?」
「うぅっ! その、一度は書き上げたのですが、また最初から書き直しています」
「そうなの? 一度書き上げたものでも良いから見てみたいな」
「だ、駄目です! 雪野さんのあんな凄い7000文字小説を見た後だと私のなんて人に見せられない作品なので! 本当ゴミくずみたいな作品だったので! もうすぐ納得できそうな作品になりそうなので待っていてください!」
手をパタパタ振る動作が可愛い。
この人、日に日に表情や動作がコミカルになっていくなぁ。
これが雨宮さんの素に近い姿なのかな。素を見せてくれるくらい仲良くなれたのが嬉しい。
「そういえば先ほどの超美人さんの小説も見られるんですよね」
超美人さん。考えるまでもなく瑠璃川さんのことだろう。
「うん。成り行きで瑠璃川さんの小説を見させてもらうことになったよ」
瑠璃川さんがどんな小説を書き上げたのか、そちらも正直気になっている。
なんでもできる天才肌の人間は周りに1人はいるものだ。
その天才肌の集団の中でも瑠璃川楓は頭一つ飛び抜けているのだと思う。
なんたって学園一の才女なのだ。
勉強も運動も出来る。性格も人当たりも良い。
そんな彼女が『小説』という舞台ではどのように輝くのだろうか。
まさか本当に桜宮恋を超える作品を書いてくるとは思えないけど、才女の万能性は時に小説家の天才すらも凌駕してしまってもおかしくはない。
「私も興味があります。その、雪野さんからその瑠璃川さんって方に私も見て良いものなのかどうか聞いてみて頂いてもよろしいでしょうか?」
「えー」
「どうして不満げなんですか! 私が瑠璃川さんの小説みてはいけない理由があるのですか?」
「いや、そうじゃなくてさ。さっきも言ったけど僕と瑠璃川さんってさっき初めて喋ったんだ。だからこっちから話しかけるなんてとてもとても」
向こうは大のつくほど人気者。片やこちらは学園一の不人気者。
本来なら話しかけることすら万死に値する。
「雨宮さんから話してみたらどうかな? 瑠璃川さん思ったよりも気さくな人だったし、桜宮恋を知っているみたいだったから」
「そ、そうですね。うぅー。他のクラスの人と話すの緊張します」
他のクラスで不意打ち『だーれだ』をした超度胸の持ち主とは思えない震えぷりだった。
「雨宮さんだったら瑠璃川さん並に美人だし、話している光景は絵になると思う。頑張って」
瑠璃川さんと僕の組み合わせはまさしく美女と野獣。在ってはいけない不協和音。
だけど瑠璃川さんと雨宮さんならば組み合わせ的にマッチしている。美少女同士の戯れる姿は間違いなく大衆の正義。
「あ、あああ、貴方はまた、そういうこと言うっ! 素で変なこと言うの禁止です!」
「どうして慌てているの? 雨宮さんほどの美人だったら褒められ慣れているのかなと思ったけど」
「褒められ慣れてなんていません! わ、わわ、私は全然美人なんかじゃないですし、性格も暗いし、その………………本当に美人だと思ってます?」
「思ってるけど」
「~~~~~っっ!!」
なぜかその場で屈みこみ、耳を赤らめながらぎゅっと目を閉じていた。
「な、なにか拙いこと言ったかな?」
「無自覚ですか! 無自覚で口説いていたのですか!」
別に口説いているつもりなどなかったのだけど。
でもめっちゃ照れまくっているなぁ。本当に褒められなれていないみたいだ。どうして彼女の周りの人はこんな素材を放っていたのだろうか。
――なんか楽しくなってきた。
「こんなに美人で、性格も良くて、小説の才能もあって、今さらだけどそんな逸材が僕なんかの相手になってくれているのって物凄く幸運なことなんだと改めて思ったよ」
「~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!」
おぉ、縮こまって更に赤くなった。
なんていうか、可愛すぎないかこの生き物。
「び、美人じゃないもん! 性格も悪いもん! 小説家の才能なら雪野さんの方が上だもん! そ、そんな女と一緒にいてくれる貴方の方が希少だもん」
うぉ、カウンター繰り出してきた。だがパンチは弱い。その程度では僕は照れたりなんかしない。
しかし変な語尾になっているな。丁寧語以外の雨宮さん初めてみた。
「素で可愛いな。この人」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!!」
あっ、やば、声に出ちゃった。
さすがに心の中で留めていようと思っていた言葉を口で滑らせてしまい、雨宮さんはもはや顔中が真っ赤になっていた。
若干瞳に涙を浮かべながら何かをこちらに訴えようと口をパクパクさせている。
でも喉奥で言葉を詰まらせている様子だった。
最後の一言は不可抗力にしてもさすがにやり過ぎてしまったか。
「ご、ごめん。雨宮さんの反応が楽しくてつい虐めちゃった。ごめんね」
言いながら縮こまっている雨宮さんの頭を軽くなでる。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ!」
真っ赤どころじゃない。深紅って呼べるほど全身が彩色されていた。
やりすぎたか。ていうか調子に乗りすぎだな僕。
「じゃ、じゃあ、今日はこの辺で。さようなら」
こういう時は退散に限る。
ギュっ
――しかし、去り際に左手を掴まれてしまい、逃走は不可能となってしまった。
「…………………」
手を掴んだまま涙目でこちらを睨み続ける雨宮さん。
逃がすまい、という意思が手に力を込めて伝わってくる。正直かなり痛い。
「…………………」
うっ――
――『あのですね。確かに僕に非があることは事実なのですが、異性に耐性がない男子にとってその視線と手の感触はかなり危険なわけですよ』
なんて口に出せるわけがなく、ただただ視線を景色の方へそらしてしまう僕。
お互い言葉が出ず、沈黙が続く。
たまに雨宮さんの顔を覗いてみるが、表情はずっと動かず、涙目の御顔でじーっとこちらを見つめ続けていた。
負けじと見つめ返してみようとするが、にらめっこは3秒も持たず、僕の方がすぐに視線をそらしてしまう。
なんともいえない桃色っぽい空気が僕をキョロ充に変えていた。
雨宮さん的にはこの場面も『恋愛小説のネタになりそう』みたいに考えるのだろうか。今の必死そうな表情からは心情を全然うかがうことができない。
何十分、こうしていただろうか。
夕日も姿を隠し、下校時間を告げるチャイムが僕らを現実に引き戻す。
「か、帰ろうか……その……一緒に」
「…………」
雨宮さんは無言のまま小さく首を縦に振って応えてくれた。
手を放そうと力を緩めるが、雨宮さんの方が離すまいと力を強めて逃がしてくれない。
「…………」
怒っているのか照れているのか、その何とも言えない表情に終始睨まれながら僕らは手を繋いで下校をした。
「――あら?」
その姿をクラスメイトに見られていたことに、この時の僕は気づくことはできなかった。
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