第7話 しずく色の関係値

「うーん。なんか緊張する」


 その夜、僕はPCの前で悶々としていた。

 例の地の文のない7000文字の恋愛小説。それを雫さんにも見てもらいたく小説データを送っていた。

 だけど30分経っても返信がない。

 雨宮さんは異様なくらいあの小説を気に入ってくれたから内容には自信をもっていたのだけど、他の人の視点から見るとまた違うのかもしれない。

 ただでさえ雫さんには僕が【だろぉ】に投稿している異世界モノにボロクソ言われてきているのだ。

 得意分野だった恋愛小説まで否定されまくってしまったら立ち直れるだろうか僕。


    ~~♪~~♪~~♪


「うぉ! 通話で来たか!」


 感想はチャットでくれると思っていたので通話メロディが流れた途端仰け反るように驚いてしまった。

 若干手を震わせながら通話開始ボタンをクリックする。


「も、もしもし? 雫さん。どうでした? 例のアレ」


「…………」


 な、なんで無言なんだろうか?

 いつも天真爛漫な雫さんとは思えないリアクションで戸惑ってしまう。


「し、しずくさーん?」


「――ノヴァアカデミー」


 開口一番、雫さんが全く聞き馴染みのない言葉を出してくる。


「な、なんですそれ?」


「演奏、電子音楽などを学べる音楽科。発声、演技などを学べる声優科。絵、CGを学べるイラスト科。そして小説、シナリオなどを学べるノベルス科。将来色々な分野で活動が期待できる専門学校なんだ」


「は、はぁ」


 小説の感想をくれると思いきや、いきなりぶっ飛んだ話題を持ち掛けてくる雫さん。


「弓さんはそこに入学すべきだよ」


「えぇっ?」


 話が突拍子なさすぎて全くついていけてない僕。

 なんだ? どうして雫さんは急にそんな訳のわからないアカデミーを推薦してくるんだ?


「たぶんすでに出版経験のある弓さんなら余裕で入学できると思う。まぁ、面接くらいはあるかもしれないけど、よほど変な受け答えしなければいけると思うよ」


「いや、『思うよ』じゃないですよ! 僕がそのアカデミーに進学することが決定したかのように言わないでください」


「ノヴァアカデミーは本当に才能の原石の集まりみたいな場所なんだ。弓さんほどの才能の持ち主がアカデミーに進学しないなんて駄目。在ってはならない」


 やたらアカデミー進学を進めてくる。

 確かにちょっと面白そうな学校だなとは思うけど、実際に入学するかどうかはやはり別問題である。


「あっ、もしかして雫さんはそのノヴァアカデミーの在校生なのですか?」


「ううん。違うよ。でも私は来年ノヴァアカデミーに進学するよ。親も許可してくれたし」


「へっ? てことは雫さんって高3? 僕と同い年?」


「――あっ……そ、それはまぁ……秘密」


 いや、自分から答えをばらしたようなものだけど、なぜそこまでして頑なにプロフィールを隠すのか。

 よほどの事情がきっとあるのだろう。一応フォローしておくか。


「雫さんが留年していたり、浪人していたりしたらまだ年上の可能性ありますもんね」


「留年も浪人もしてません! 一応学年成績上位の現役優等高校生だよ!!」


「でも病気とかで出席日数が足りていなかったりすれば留年の可能性ありますよね」


「意地でもキミは私を年上にしたいんか! もうバラすけど私は弓さんと同い年高校3年生だよ!」


 漆黒で埋まっていた雫さんのプロフィールに一つだけ晴れ間が差し込んだ。

 本当に同い年だったのか。年は近そうだなと感じはしたけど、ずっと年上だと思っていたから戸惑いがすごい。


「同い年の女の子と1年半以上ずっと通話でやりとりしていたのか僕。リア充みたいだな」


「弓さんのリア充の敷居低すぎないかな? 別に男女でお話するくらい普通じゃない?」


「いやいや、僕の友達の少なさ知っていますよね? 男女どころか男同士でも会話繰り広げてきませんでしたからね僕」


「弓さん……なんて不便な……私で良ければいつでもお話相手になるからね」


 この人の存在に救われたことは何回もあった。非常にありがたかった。

 雫さんのフランクな性格が根暗ぼっちの僕の言葉を引き出してくれていたし、いつの間にか普通に愚痴を言い合える友人みたいな関係性になっていたのである。

 雫さんにはいつか恩返ししないといけないとずっと思っている。


「って、私の年齢のこととか弓さんのぼっち自慢とかどうでもいいの! ノヴァアカデミー! 入学するよね! 弓さん!」


「いえ、しませんけど」


 恩返ししたいとは思っているけど、それとこれとは話が別問題だった。


「なんで!? アカデミー興味ない?」


「逆に聞きますけど、どうして雫さんはそこまでして僕にアカデミー入学を進めるのですか?」


「だって……キミの7000文字小説……超面白かったから……」


「えっ? そ、それが理由で?」


「……うん」


「…………」


「…………」


 沈黙が流れる。

 僕もだけど、ここで黙らないでほしい。なんか気恥ずかしいから。

 あの7000文字小説を雫さんも面白いって言ってくれた。

 その事実は僕にも自信になる。

 だけど、どうしてそれがアカデミー入学を推薦することになるのだろうか?


「あの7000文字小説。何度も読み返しちゃった。本当に面白すぎて。私的には『大恋愛は忘れた頃にやってくる』を超えた衝撃だった」


「あの地の文のない会話だけの小説が? キャラクター2人が駄弁っているだけの物語に対して、さすがにそれは過大評価が過ぎるというか……」


「弓さん! 7000文字であの面白さを表現できるってことは物凄い才能だよ! その才能を腐られるのはもったいない。勿体なさ過ぎる。弓さんは小説家にならないとダメな人。アカデミーに入ってもっともっと進化して、もっともっともっともっと面白い小説を世に出すことを義務付けられた人なの! その自覚ある!?」


「全くないですよ!? 7000文字小説を雫さんも気にいってくれたことは素直に嬉しいですけど、進路先や就職先まで決定されるのはちょっと重すぎますって」


「うぅー、確かにそうかもしれないけどぉ」


「それに僕、地元の大学に推薦もらってますので」


「まだ推薦段階でしょ? 進学希望先を何校も受験するのは普通だよ。まぁ、確かに強制するような言い方しちゃって私も悪かったです。でもノヴァアカデミーも弓さんの進路先の一つとして候補に加えてくれると嬉しい……です」


 自分が言い過ぎたことを反省しているのか、尻すぼみに言葉が弱くなる雫さん。

 この人が語尾に『です』なんてつけて喋っているの初めて聞いたかも。

 ノヴァアカデミーか。ちょっと考えてみようかな。


「わかりました。僕も興味がないわけではありませんのでアカデミーについてもうちょっと調べてみます」


「うん。嬉しいよ。アカデミーを選んでくれたら私と同級生だね」


「雫さんはやっぱり絵を学べるイラスト科?」


「もちろんだよ。もっともっと絵を学んで弓さんの小説の担当イラストになるからね!」


 もう実質担当イラストレーターさんのようなものだけど、そんな風に言ってくれるのは素直に嬉しかった。


「ところでどうして急に小話を書こうと思ったの? 異世界転生モノに飽きちゃったから? それともやっぱり自分には恋愛小説しかないって気が付いたから?」


「どちらも違いますよ。えと、同じ学校に小説を書いている人がいるのですが、得意ジャンルが純文学系でして。でも大衆小説の分野を書きたがっているんですよ。だけどそれが上手くいってないみたいで。そこで僕がアドバイスみたいなことをしているのですが――」


「おぉ! なんだ弓さん友達居るんじゃん! 流行りの『なんちゃってぼっち』だったか。本物のぼっちの人から反感買うからぼっち気取りはやめた方がいいよ」


 『なんちゃってぼっち』ってなんだ。

 でも僕と雨宮さんの関係って『友達』であっているのか? 『相談相手』とか『協力者』という言葉の方がしっくり来ているような気がしてならない。


「まぁ、確かに雫さん含めて2人も友達いるんだから『ぼっち』を自称するのは良くないですね」


「友達……友達かぁ」


 あ、あれ? なんか微妙に不満げだ。


「最初は『ビジネスパートナー』って感じだったのに、私たち随分仲良くなれたよね」


「そうですね。雫さんがフレンドリーに接してくれたおかげです」


「毎日のようにお話したりチャットしたりしてたよね」


「はい。完成したイラストを真っ先に見せてくれたり」


「ごほん。弓さん。これはもう【友達以上】の関係と言えるのではないかね?」


「えっ?」


 友達以上……っていうと、あれだよな?

 男女で友達以上っていうと、あの桃色っぽい感情を互いにぶつけ合うあの関係のことだよな?

 えっ? 本当に? 雫さん実は僕のことを――


「こい――」


「――私たち【親友】でいいんじゃないかな!?」


「ですよね! 親友! そう、友達以上って言ったら親友ですよねー!」


 あ、あぶねええええ!

 先走ってとんでもない勘違いをした言葉を向けてしまうところだった。


「をぉ!? なーんだ。弓さんも私との関係を親友って思ってくれていたんだね」


「いや、そんなことは一言も言っていませんが」


「急に冷静になるな! 嫌なの!? 私と親友関係でいるの嫌なの!?」


「いえ、そんなことはないです! むしろ光栄です! でも僕なんかが親友で雫さんこそ良いのかなーって?」


「どういう意味さ!?」


「いや、こんなにも明るくて、面倒見良くて、人懐っこくて、可愛い声している人なんだから友達もたくさんいるんだろうなーって。そんな中から僕を親友に選んでくれるのが信じられないというか」


「~~っ!! ほ、ほめすぎだよ! ていうか弓さんがそんな風に考えていたなんて初耳だよ!」


「まぁ、初めて言いましたからね」


「わ、私、明るい感じ……?」


「はい」


「わ、私……声、可愛い?」


「はい」


「~~~~っ!!」


 質問の意図がよくわからないな。

 何をいまさらなことを聞いているんだ雫さんは。

 

「雫さんが明るくて、可愛い声してるなんて自分でわかりきっているでしょうに」


「~~~~~~~~~~~っ!!!」


 なんか声にならない悲鳴を上げ続けているな。

 もしかして照れているのだろうか?

 いや、それはないか。だって雫さんだし。


「きょ、今日は解散!!」


「えぇ!? 随分急ですね」


「解散ったら解散! ま、また明日ね弓さん。アカデミー入学のことも考えておいてね」


 雫さんはそれだけ言い残すと早々に僕との通話を切ってしまった。

 結局話がそれてしまって、僕がなぜ7000文字小説を書くことになったのか話せてなかったのだけど、良かったのだろうか?


「せっかくだから雨宮さんのことも話しておきたかったのに。まぁいいか」


 また明日って言ってくれたし、明日また通話してくれるのだろう。

 そうだ、それまでにノヴァアカデミーのことについて調べておかないとな。


 それにしても――


「親友かぁ」


 頬の緩みが収まらない。

 生まれて初めてそう呼んでくれる人が現れた。

 雫さんは僕のことを『なんちゃってぼっち』だなんて言っていたが、雨宮さんや雫さんに知り合うまでは本当にひとりぼっちで過ごす孤独な男だったのだ。

 友達の作り方を忘れてしまったとかではなく、僕自身が友達を『作ろうとしなかった』ことが問題なのだ。

 だからこそありがたい。

 雫さんも、雨宮さんもだけど、こんな閉鎖的な人間に好意的に接してくれることが。

 同時に抑えきれないほどの嬉しさが僕の全身を巡らせる。


「最近、なんだか毎日が楽しい」


 その根本に存在しているのが【小説】という文章の塊だ。

 小説があったから雨宮さんとも雫さんとも仲良くなれた。

 人と交流するために小説を書いていたわけではもちろんないのだが、結果として小説をきっかけに僕の交流関係は広がりを見せている。

 長らく忘れていた【書く】という行為。

 再び書き始めたから雨宮さんと知り合うことができて、雫さんとは親友になれた。

 それだけじゃない。

 休みの日も授業中もそれ以外の時間帯も、僕の頭の中身は小説のことでいっぱいだった。

 一度書き始めてしまうと再び止まることなんてできそうにない。


「やっぱりこれだから執筆は止められないなぁ」


 もっと極めたい。書き方を覚えたい。面白さを学びたい。

 それに小説を通じてもっと交流も広げてみたい。

 そう思うようになった僕は、雫さんに教えてもらった『ノヴァアカデミー』のHPに直行し、目を輝かせながら煌びやかな校舎の写真を眺めていたのだった。




―――――――――――――――


キャラクター紹介


◆雪野弓(著名:弓野ゆき)

代表作『大恋愛は忘れた頃にやってくる』(文章)

人気小説家サイト『小説家だろぉ』にて執筆中


◆水河雫

代表作『大恋愛は忘れた頃にやってくる』(イラスト)

『だろぉ』投稿作の弓野ゆき作品に挿絵を執筆中


◆雨宮花恋(著名:桜宮恋)

代表作『才の里』

ノンフィクション恋愛小説執筆を検討中

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