第18話 お花を摘みに行った先に出会ったオオカミ
そんなこんなで遂にドラマの撮影は始まっていった。
数多の人気俳優の演技に刺激を受けながら撮影は順調に進んでいき、現在は7話目を撮っている。
因みにストーリーの概要を簡単に説明すると私、演じる頭脳明晰な女性探偵と冴島が演じるポンコツ刑事がバディを組み難解事件を解決していく話だ。まぁ、よくある感じのドラマだ。
ただこのドラマの見どころは謎解きではなく探偵と刑事の会話の掛け合いだという事。なので謎解きのシーンや事件解決のシーンなどは最小限で殆どが二人の会話を中心にして物語は進んでいく。
現場では冴島が率先して周りを盛り上げたり、他の演者や監督と共に台本に対して色々話し合ったりなど凄く仕事熱心で俳優としては尊敬できると思った。あくまでも俳優としてだが…………
何故なら聞いていた噂が本当だと分かったからだ。
最初こそ奴の言動や一緒に演技をする中でこの人の事を俳優としても人間としても凄く出来た人だと思っていた。
が、しかし。
ドラマが4話程まで撮影が終わった頃に考えが反転した。その日の撮影が終わったので私はトイレに向かった。
もちろん女性用だ。
今は女なのだから当然だ。それ以外に変な理由は断じて無い。
女性用トイレの敷居を跨ごうとした時、隣の男性用トイレから突然話しかけられた。私は驚き、慌てて振り向くとそこには冴島が立っていた。
本当に驚いた。
そこにいくまで誰か人がいるような気配などなかったからだ。冴島は偶然出ていく時に私を見かけたから話しかけたと言っていたが私としてはその時点で奴に再び疑いの目を向けるようになった。その後にわかった事だがやはりこれは偶然ではなかったのだ。周りからの話を聞いた所、トイレで待ち伏せをして偶然を装い話しかけるのは奴の常套手段らしい。
…………変態だよなぁ!!。
普通、女性がトイレに行く瞬間を待って話しかけるなんて事するか?どう考えたって女性からしたら嫌な気しかしないだろうし、恐怖を感じる人だっているはすだ。どうしてトイレの前で話しかけるのか疑問に思った私は周りに聞いてみた。
すると一つの理由が分かった。
それは、奴にとってトイレの前で話しかけた女は必ず堕ちるっていう謎のジンクスがあるかららしい。
……………どういう事なんだ!!
それで奴の事を好きになる女性の事が分からない。もしや、女性はそれが意外と嬉しかったりするものなのか?いや、そんな事はない。奴が異常なんだ。そこら辺の男がやったら下手したら通報されかねない行動だ。それだけ奴が女性にモテる男だって事なんだろうが余りにも極端的過ぎる気がする。
因みに奴はその時も私を食事に誘ってきたのだが、心の中で「今じゃねえだろッ!」って思ったので丁重に断らさせていただいた。そもそも奥さんがいる相手で国民的俳優の奴と食事をしてるところなど撮られたりしたならば、私が喰らうダメージの方が圧倒的に多いと思った事も理由にある。
まぁ、一番驚いたのは、奴の誘いを断った時に見せた冴島の顔だろう。まさに、猿も木から落ちると言った所だ。そんな馬鹿な……って心の声が今にも聴こえてきそうだった。きっと断られるなんて夢にも思わなかったんでしょうね。そうじゃなかったら、奴が女性の前であんな顔を見せる筈が無い。
そんな訳で今の奴に対する好感度は私の中では最底辺になった。
しかも嫌な事というのは連続しておきるらしい。
遂に来週の撮影で奴とのキスシーンの撮影があるからだ。
いつかやるとは聞いていたから覚悟は出来ていたがまさかこんなタイミングで来るなんて…………せめて俺の中の好感度が高い内だったらまだ良かったかもしれないものを。
しかし、するしかないのだ。
分かっている。
けど、ああ~やだなぁ~~。
何とかなんないかな~。
姫乃皐月として、そして女性としてのファーストキスがよりにもよって奴になるなんて…………。
できる事なら姫乃皐月の唇は誰にも渡したくはなかった。それに、本来は男同士な訳だし……。
だけど、自分の未来に繋げる為と思い今回は仕方なく了承したに過ぎない。それに決まった時は、既に嫌な噂があったとはいえ国民的俳優の冴島となら仕方がないと思った。これがきっかけで女優としても売れるとなれば男同士のキスに価値は十分にあると思ったからだ。それ自体は今も変わらないとはいえ、なんだかな~。こうなってようやく自分が本来男だったという事を改めて思い知らされた気がする。
まぁ、でも致し方が無い。
そんなある日の帰り道。
仕事を終えた私はいつも通り拾ったタクシーで家に向かっていた。
そんな時だった。
車は赤信号で停まっていてふと窓越しに外を覗くと、ある男が女ととても親しそうに歩いていた。最初はどこにでもいる普通のカップルだと思って余り気にはしなかったが、私は一緒にいる女性に見覚えがあった。
気になってじっと見ていると、その女性は樹彩香だったのだ。
見覚えがあるのも当然だった。男性の姿を知る事はできなかったが彼女はとても彼と幸せそうに過ごしている様に見えた。勝手だけどその姿を見て私は安心した。彼女の未来を奪った私にこんな事を言う資格も思う資格もあるわけがない。彼女にはいつか必ず謝らなければいけない。
勝手だけど。
謝ったて彼女からしたら意味なんか分からないだろうし、寧ろ彼女のプライドを傷つけるだけだから。
だから私は何もできない。
だけどそんな彼女が幸せを掴もうとしている。
正直嬉しかった。
これで自分のした事がチャラになんてなる筈が無い。そうやって思う事で自分自身が楽になりたいだけ。でも、お幸せに。
そして、ごめんなさい……。
そんな自分勝手な私を乗せたタクシーは再び走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます