第17話 おっさんずキス♡

 後日。


 車での移動中。マネジャーの進藤と姫乃が話している。


「姫乃。渡した台本しっかり覚えてきてるわよね?貴女の事だから心配ないと思うけど……一応ね。大丈夫?」

「勿論。プロですから」


「流石ね。その勢いなら心配する必要なんかなかったわね。まぁ、事前の打ち合わせも余裕の表情見せていたからそこまで心配もしてはなかったんだけど。でも少しぐらい緊張してもいいんじゃないの?だって初めてのドラマの撮影なのよ。しかもいきなり主演で。それなのにどうして緊張しないのよ~~」


 そう。今の自分は女優だ。


 雑誌が世に出てから姫乃皐月というブランドはさらに急成長した。


 もう、今の日本に私の事を知らない人などこの世にいないだろう。いや、この世どころかあの世にも私の事を知らない者はいないだろう。


 そのくらい休みなしで働き続けているってことなんだけど…


 そんな私の次の仕事はご存じの通りドラマでの初主演という大役を無事こなす事。


 もちろん、こんな大抜擢に最初は驚いた。


 しかし落ち着いて考えてみると、これだけモデルやタレントとして雑誌やテレビの仕事をこなしているのだからドラマのオファーの一つぐらい当然といえば当然なのだ。むしろオファーが一つしかないのが不思議なくらい。


 因みに今回のドラマのテーマは老若男女が一緒に共感できるラブコメディだそう。しかも相手は国民的俳優の冴島大貴という事もあり話題性も抜群だ。このまま上手くドラマが成功すれば姫乃皐月の人気は更に上がる事だろう。


 だが一つだけ気になる事がある。


 それはドラマにラブコメ要素があるという事。ストーリーの内容的に今の所、直接的な演出は無さそうだがゆくゆくはキスシーンがあるらしい。確かに姫乃皐月は女性だ。ドラマとしてそういうシーンが欲しいのも納得は出来る。


 だけど…………。実際は男同士。誰が喜ぶんだ!


 納得できる筈がないし、納得もしたくない。だけど納得するしかないのだ。大ブレイク中のモデルとはいえ演技の世界ではド新人。そんな私が脚本に文句なんか言える筈も無い。だからと言ってこの仕事事態を断るのは勿体なさすぎる。


 こうなったらもう腹を括るしか無い。この格好の時は男じゃない。そう信じて女として、プロとして全力で主人公を表現するだけだ。キスぐらい普通にしてやる!


 寧ろ相手の俳優を本気でメロメロにしてしまう位のキスをしてやろうじゃないか!楽しみに待ってろよ。冴島!


 一人密かに心の中で何かが燃えている。いや、ただやけになっているだけかもしれないが…………


「そうだ、姫乃。一応だけど冴島大貴だけには注意しておきなさい」

「というと?」


「彼、業界内で有名なのよ。…女癖がめちゃくちゃ悪いってね。共演した女優やモデルは当たり前、現場の女性スタッフにも見境なく手を出すのよ。一度だけ週刊誌にその手の事で記事になった事があるけど前の話って事もあってそこまでダメージにはならなかったけど」

「何でですか?国民的俳優のスキャンダルって事ならもうちょっと影響があってもよさそうですけど」

「噂だと事務所が各方面に圧力や手回しをしからたって話しもあるけど、一番は彼の俳優としての才能にあるんでしょうね。結局のところ彼の存在は芸能界にとって需要があるって事。だから簡単には消えないのよ」


 私は静かに頷き何か納得する。


「でも、数年前に一般女性との結婚を発表してからは大分大人しくなったけどね。最近はそういう変な噂もあんまり聞かなくなったから改心したのかもだけど……全く噂が無い訳じゃないから用心しておくことに越したことは無いと思うわ」


 その言葉のお陰で少しだけ私の中で燃え広がっていた何か収まった気がした。でも心配事のアレが無くなった訳じゃ無い。


 これきっかけで大事ににならない事を私は密かに祈りたい。

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