第14話 天使の勝手にクルワサレテ

そんなやりとりから早数ヶ月が経った。


この数ヶ月は言葉通り本当に早く終わった気がしてならない。


理由は明白で、それは俺が超天才モデルとして売れっ子になってしまったからだ。


そのせいで休みはおろか空き時間も殆どなく働き詰め。だが不思議と余り疲れなどは感じていないからおかしなものだ。今までの俺なら絶対に弱音は吐いているし、もしかしたら耐えきれずこの場から飛ぶ事だってあり得たはずだ。こんなにも平気なのも俺が女として過ごしているからなのかも……


 一ヶ月でこんなに売れるなんて有り得ないと言う人も多いと思うが、事実売れてしまったのだから仕方がない。というか俺が一番この事に対して驚いている。


確かにあの日、俺は一流になると誓いモデルの仕事を始めた。その為に俺が出来ることを何でもしてやる。


そう思ってた。


だけどデビューして僅か数日でスケジュールが真っ黒になるなんて誰が想像できただろうか。こんなの驚くしかする事がない。この業界こんなに簡単に売れるものなのか?いや、そんな事は無い。素人ながらこの業界が厳しい事は当たり前の様に知っている事だ。売れたいからって売れる物じゃない。だから、皆売れる為に自分を磨き続け努力を重ねる。


そんな、積み重ねがあり始めてテレビや雑誌に写りようやく芸能人として売れ始める。そう思っていた。なのに、努力も何もしていない俺が売れた。努力の形や時間の掛け方は人それぞれだと思っている。だから、努力の量や仕方を他人と比べる気はさらさら無い。そもそも普段の生活事態が努力の賜物だと思っているくらいだからな。


 てかそんな事はどうでもいい。


 あの日の宣材写真の撮影以来、数日間連絡が無かった。


だから俺がしていた事といえば、ずーっと自分を磨き続けていたくらいだ。自分からオーディションに行った訳でもない。なのにテレビの仕事や雑誌の仕事が大量に舞い込んで来た。


だから、不安で仕方が無かった。


こんなに上手く行っていいものなのか?


そんな疑問と感情が溢れて仕方が無かった。でもこの事を進藤さんに言わせると、貴方の実力ならこのくらい当然だとあっさり言われてしまった。こんなにもあっさり言われてしまうと拍子抜けだ。


 それからは、本当に大変だった。


俺は、超新生天才モデルとして称されメディアに引っ張りだこだ。大きく売れるきっかけになったのは、連絡を待つ数日間の間に誰かがSNSに流した一枚の写真だった。


その写真はあの日、宣材写真として撮ったはずの一枚。


実はこの写真、進藤さんが敢えて勝手にSNSに投稿していたのだ。その写真が売れるきっかけになったのは間違いないのだが、それをするもっと前から俺の写真は既にSNSで大きく拡散されていて噂になっていたらしい。その写真というのが、俺が初めて女装をして出かけたあの日タピオカの行列に並んでる所を街にいた誰かが勝手に撮影し、その写真を勝手に「街に降臨したタピオカの天使」としてSNSにあげていたのだ。その写真は瞬く間に世の中に拡散されネット界隈で大きな話題になったらしい。


 ネット界隈では天使の正体を探ろうとしたりする者などの熱狂的なファンも現れたり、自分が天使だと名乗るニセモノが多く出現したりと、俺が知らない間に俺はめちゃくちゃ人気者になっていたのだ。


 その事を知っていた進藤さんはそれを利用する事を思いついたらしい。


それがその後に流したあの時撮った宣材写真だ。それに進藤さんは、「タピオカの天使が女神になる瞬間」という予想外なコメントと共に姫乃皐月の名前を添え、数多のSNSに投稿した。すると思惑通りかそれ以上に写真はとんでもない速さで拡散され、その姿と共に姫乃皐月という名前は世界に知れ渡った。そこからは本当にあっという間だった。


 投稿したアカウントにはファンからの様々なコメントや業界関係者と思われる人物からも連絡が絶えず、その全てを進藤さんが上手く対応する事で、次の日には正式に事務所を通して大量の仕事が私に舞い降りた。雑誌やネットニュースなどのインタビューは勿論、テレビの取材まで芸能に関する多種多様の仕事をやる事になった。全てにおいて初めての出来事で不安もあったが、いざやってみると自分でも驚く程上手く出来たので今後についても自信がついた。それが世間に公開されると僅か数日で私の知名度はお茶の間にいる幅広い世代の人達にまで知られる程の有名人になった。


 そんなこんなで今に至る訳だが、こんなに忙しい私の今日の仕事は雑誌の撮影だ。雑誌の撮影と言ってもただの撮影じゃない。私が初めて専属モデルとして雑誌の表紙に載る事になったのだ。なので今日はそれの為の撮影なのだが、これがなかなか骨が折れる。


撮影事態は上手く行っていたし、私の正体だってバレていない。じゃあ何が起こったのか。それは、表紙の撮影が終わり、本誌に載る私の特集ページの撮影中に事件は起きた。


 表紙の撮影とは異なり、特集ページには私以外の他のモデルも一緒に載る為同じ現場にいる。それがいけなかった。この業界同じ現場に複数のモデルが同時に仕事をするなんて事は当たり前のことらしいが私にとっては少し例外だった。


 私の髪の事もあり進藤さんはこのような現場の時にはいつも気をつかって必ず私専用の控室を用意してくれているように話を通してくれている。今日もいつも通りそこに戻り着替えやメイクを済ませるつもりだった。


 そう。 


 だったんだ。 


 でも出来なかった。


 用意されていた衣装はズタズタに切り裂かれていて、控室の中も酷く散乱しており、誰かに荒らされた後だった。

私は控室の様子を見て口を大きく開け唖然としていた。


 女の世界は壮絶だって話は聞いた事があるがまさかここまでとは……想像以上だ。


 女性って本当に恐ろしい…………。だけど犯人の目星はついている。


おそらく犯人の正体はあの女に違いない。


 すると、進藤さんが私の様子を見に控室に来た。


「中々来ないから心配して来てみたら、これは大変ね……。まさか、本当にやるとは……嫌な予感はしてたけどそれが現実になるなんて可笑しいわね」

「もしかして進藤さんもこれの犯人に心当たりが?」

「あら、貴方も気づいてたの。それなら話は早いわね。これの犯人は貴方の思う通り彼女で間違い無いと思うわ」


 やっぱりか。


樹彩華、彼女は私をよく思っていないからな。


彼女は私と同じモデルで、数年前からモデルとして活動していて私にとっては先輩に当たる人物だ。


 半年程前からモデルの仕事は勿論、テレビなど仕事も順調に増え知名度も上がり始めようやく彼女は売れていった。今までの地獄の様な売れなかった日々も終わり遂に彼女の夢が叶ったのだ。好きだった女性誌の専属モデルにも決まり順風満帆な人生を送るはずだった。


そんな時に私、姫乃が現れた。


数ヶ月前にモデルとしてデビューした人間が本来彼女が手にするはずだった仕事を全て奪ったのだ。テレビの仕事は勿論、専属モデルの座まで私に全てを奪われた。挙げ句の果てには私の事でメディアは大忙しになり彼女の事など話題にすら挙げなくなった。私もこの事を知ったのは少し前の事だ。


 正直、彼女には本当に悪い事をしたと思っている。


本来姫乃という人間はこの場にはいるはずのない存在だ。それなのに自分の馬鹿な行動が彼女の未来を変えてしまった。まさか、こんな事になるなんて考えもしなかった。いや、考えるべきだったのかもしれない。例えるならば、本来座る権利の無い人間が勝手に椅子取りゲームの椅子に座ったようなものだ。ルール違反極まりない。


 だから私には彼女を責める権利は無い。


「予想できたのに阻止出来なかった私の責任よ。ごめんなさい。……残念だけどこの仕事は諦めましょう。現場の責任者には私から話をつけておくわ」

「それは嫌です」


「気持ちは分かるけど次の仕事まで時間が無いの。予備の衣装も間に合わないし、今回ばかりは仕方ないわ。これからの仕事に影響が出る事を心配してるなら安心しなさい。それをなんとかするのが私の仕事だから」

「それは心配していませんよ。進藤さんなら上手くやってくれるって知ってますから」


「じゃあ……」

「ただ諦めたりなんてしませんよ。この仕事は意地でも完璧にこなしてみせますよ!」

「…でもどうするつもり?」

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