第13話 キャラクターになるためには
秋川か…。
周りの話を聞いているとどうやら俺は秋川を越える事が目標のモデルってことになってるらしい。
勿論、そんな事俺の口から言った事は一度も無い。
そもそも男の俺が一流モデルの秋川を越えるなんて事が出来る筈が無い。そう思っていた。
少し前までは。
今日一日を通して俺の考えは大きく変わっていた。家を出る前の俺は出来るだけ目立たずバレないように過ごそうと決めていたし、そもそも男の俺が女性として仕事をするなんて耐えられなかったからだ。
自分の決断とは言え正直後悔していた。
バレたら何が起こるか分かったもんじゃないからな。でもどうやら今日の撮影で俺は目覚めてしまった。今までの自分では絶対に得られない経験と、そこから見るであろう景色を想像しただけで胸が踊ったのだ。自分がカメラの前で思いっきりポーズを決めたその姿を見て思わず頬が緩んだ。
自分で言うのもなんだが俺には女装の才能があると思う。
それが女装としての才能なのか、モデルとしての才能なのかは分からないがとにかくめちゃくちゃ気持ち良かったのだ。こんな事を味わってしまったらもう止まらない。
止まれる訳がないのだ。
自分の才能がどれだけ通じるのか。自分の才能だけでどこまで行けるのか試してみたくなった。カメラの前でキラッキラッに輝く自分の姿を自分で見たくなった。
今まで俺は、一度たりとも自分の姿を自分で見たいと思った事なんてなかった。それに特にこれといった理由がある訳じゃ無い。誰かと一緒に写った写真すら自分が写っている所だけは見ないようにしていた。それも理由がある訳じゃない。昔からの癖みたいものだ。それを気にした事もなかったし、そんなに不思議にも思わなかった。それが自分というキャラクターの特徴だと思っていたからだ。だとすると、それは治そうと思っても治せるものではないのだから。
そんな事を本気で思っている俺が自分自身の姿を見て見たいって思うなんて異常事態でしかない。ゲームで言うところのバグのような物でそんな事になってしまった理由は明白だ。それは俺が女装をしたから。その少しの行動が俺というキャラクターの普通を変えてしまう出来事になってしまったのだ。それが俺の考えは勿論の事、外見までをも変えてしまった。それも全て女装の成せる技なのだろう。
そんな色々変わった自分の姿を最高の気分で味わい続ける為には売れなければならない。そして、秋川なんて見えなくなる程の芸能界の頂点に居続けなければならないんだ。
きっとそこから見る自分の姿が最高に綺麗に決まっているから。
で、その為にはどんな方法を使っても上を目指すしかない。元々、この姿さえ嘘なのだ。遠慮する事など何もない。今の姫乃皐月に失って困るような物など微塵も存在しない。
そもそも、そんな人間は本来存在しないのだから。
「……分かりました。私の秘密、公表しちゃって下さい!」
その決断に少しだけ進藤が驚く。
「本当にいいの?私から言って何だけど、公表する事で貴方に対して否定的な意見も出てくるわ。時代的に受け入れてくれる人も多いと思うけど、それを嫌う人も業界には多いわ。もしかしたらこの事がきっかけで売れるきっかけが無くなってしまうかもしれない。それでもいいの?」
「今の私には何もありません。だから遠慮なんていりませんよ。それに……進藤さんならそうならないように上手くやってくれるんですよね?」
進藤の問いに対して俺は顔色一つ変えずに当たり前の様に答えた。
進藤さんの事はよく知らない。当然だが今日会ったばかりだからだ。だけどこの人と話していると、何故だか姫乃皐月を最強のモデルに導いてくれる気がした。この人が秋川を育てた人だってのは噂話的に聞いた。だけどこの人を信用したのはそれが理由じゃない気がする。それでも全部ただの気のせいかも知れないが今の私は信じたい。
「出会って一日も経ってないのよ。そんなに私の事信用しちゃっていいわけ?後悔しても知らないわよ?………させないけど。」
これなら、気のせいじゃなさそうだ。
「ありがとうございます。これから宜しくお願いしますね」
「こちらこそ宜しくね」
二人は強く握手をする。
この時互いの手を交わすと同時に二人は笑った。それも部屋全体に響き渡るくらい大きな声で。何で笑ったのか、そして、それがどういう事を意味するのかはまだ分からない。でも、とにかく笑った。
これが二人の信頼の形だという事を信じて。
「あっ、そうだ!貴方に一つ言いたかった事があるの」
「え?何でしょう?」
「貴方はもっと自分に自身を持ちなさい。これからの事が色々不安になるのは分かるけど自分の事をもっと信じなさい。自信ってのは他人から見たら鼻につくものだけど自分からしたらこれ程心強い物はないわ。だって貴方は天才なんだから!」
「いや、私はそんなたいしたものじゃないですから……」
「それよ!それ。その自分の評価を自分で低くしてる事を言ってるの。
いい?貴方は貴方が思っているよりモデルに向いてるわ。容姿も表現力だって普通のモデルと比べて一つ、いや三つ位抜き出てる。そんなの普通は有り得ないんだから。誰もが欲しがる才能を貴方は持ってるんだから、それを自分で否定してたら折角の力も満足に使えないわ。
それじゃあ、ただの宝の持ち腐れって奴よ。もう一回言うけど、貴方は天才なの。だから自分の事を信じてもっと好きになって、自分は誰よりも綺麗だって自覚しなさい。むしろ自分の姿を誰かに自慢するくらいの気持ちを持ってなさい。自分を好きになる事は一流モデルになる為の必要なスキルよ」
先程の会話では想像出来ない程厳しい言葉が俺を襲う。
「……分かりました。出来るだけやってみます」
「出来るだけじゃない。完璧にやり切るのよ。貴方なら簡単に期待を越えてくるはずよ。だから、死ぬ気でやり遂げなさい」
進藤は俺に対して強く言い放つ。
「私と組むからには一流として、プロとして完璧な行動しか認めるつもりはないから。勿論、仕事以外の普段の生活も同様だからそこの所宜しく」
今度は少し素っ気ない感じで進藤は告げる。
今の会話で彼女の事が少し分かった気がする。プロとしてめちゃくちゃ仕事が出来る人なのは間違いないだろう。
だが、それ以上に彼女はめちゃくちゃ怖いッッ!!!
俺はこのままバレずに上手くやって行けるのだろうか…………………………
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