第ニ章 マゼンタはピンクじゃない

第12話 終演のカツララバイ

控室には誰もいなかった。


そのはずだったんだ。


入る前に念の為、中に人がいないか入念に確認だってした。


なのにいる。て事はだ、俺が部屋に入った後に進藤さんが入ってきた事になる。

でも部屋にノックの音などもなかったし誰かが入った気配もなかった。


じゃあ、どうやって一体何処から入ってきた?


そもそも何で進藤さんは泣いているんだ!?


もうっ、一度に色々起こり過ぎて訳が分からなくなってきた。これはどうすればいいんだ?俺から話しかけた方がいいのか?ここからどうにか出来る気もしないがやるしかないか……


「あのー……これには訳がありまして、………話だけでも聞いていただけませんか?…………」


 と俺が言おうとした時言い切るの待たずに進藤が口を挟む。


「大丈夫よ!もう、何も言わなくていいから」


 そうですよねー…………そりゃカツラをとった姿を見られたんだ。これ以上言ったって言い訳にしかならないもんな。


こうなったらひたすら謝るしかない。


土下座でも何でもやって誠意を見せるしかない。とても許してもらえるとは思えないがこれしか出来る事がない。それにしても、何で進藤さんは泣いているんだ?さっきまでは泣くような人には全く見えなかったんだがな……これも俺の嘘が招いた結果なのかもな。


とにかく謝ろう。


 俺は被っていたカツラを取り膝を床につけ、土下座の体制をとろうとしたその時だった。


 突然、進藤が俺に抱きついてきたのだ。


 正直意味が分からなかった。


 当然だ。だってそうだろう。


殴られる様な事はあっても仕方がないと思っていたが、抱きつかれるなんて思ってもいないし、思える筈がないんだ。


「ごめんなさいね。気づいてあげられなくて……」


 えっ。謝った?何で?何で俺じゃなくて彼女が謝ってんだよ!それにどうしてこんな切なそうな目で見てくるんだ?


「ほら、髪の毛の事隠してたんだよね?……だから、あれだけ他人にメイクをしてもらう事を拒んでたんでしょ?でも大丈夫。これからは私も一緒にサポートしていくから」


 ん?何か思ってたのと違うぞ。


確かに髪の毛の事を隠してはいたが意味的に違う気がする。これ、もしかしてだが、俺が男だって事バレてないんじゃないか?だってバレてるなら直ぐにでもその事を言及してきてもいい筈だ。


それなのにこの感じ……そうか!


バレたのは姫乃皐月がカツラをしていたという事実だけなんじゃ?


控室では脱いだのはカツラだけ。だから姫乃皐月の正体が女装した男だって事まではきっと気づいてないんだ。だったら、この勘違いを上手く利用すれば何とかなるかもしれないぞ。


「いいえ。悪いのは隠していた私ですから。進藤さんは何も悪くありません。でも、もっと早く話すべきでした。特に進藤さんには……このままずっと隠し通せる訳が無かったんですから」

「姫乃……」


「進藤さん、今度は私の話を聞いてくれますか?」

「もちろんよ!だって私は貴方の担当マネジャーなのよ。いわば、相棒みたいな物なんだから当然に決まってるでしょ!」


 よし。良い感じ。


「実は私、小さい頃から髪がずっと伸びなくて悩んでいるんです。病院にも行ったりしたんですけど、中々上手くいかなくて……それで、普段家にいる時以外はこうやってカツラを被って過ごす事にしているんです。最初はショートヘアーでもいいかなと思っていた時期もあったんですけどね。ほら、見て分かる通り私ってもの凄くこの髪型が似合わないじゃないですか?何か男の人の髪型みたいですし……」


 それもその筈だ。カツラを外せば男の髪型になるのだから女の顔をしている今の俺に似合う訳がないんだ。


 だったらそれを利用すればいい。


「もう少し髪が伸びれば似合う様に何とか出来たりもするかもしれないんですけど……ただ私にはこれしか思いつかなくて。この事は契約時に話すべきでした。でも中々言い出すタイミングが見つからなくて。でも、それも言い訳ですね。本当にすみませんでした」

「そんな事別に気にしなくていいから。それに、その事がきっかけで何かのトラブルになった訳じゃないでしょ。むしろそうなる前に知る事が出来たんだからラッキーなくらいよ。それに……」


「それに?」

「それに今ならこの秘密を弱点じゃなくて貴方だけの強い武器として使う事も可能かもしれないって事」

「えっ。そんな事出来るんですか?」


 マジか。


男だって事がバレないようにする為のただの言い訳の筈がこんな事になるなんて思ってもなかったし考えてもなかった……。


そんな事あっていいのか?


まぁ、あるならあるに越した事はないし、たまにはこういう日があってもいいだろう。それにベテランの彼女が言っているのだからきっと間違いないと思う。


「いい?これからモデルや女優としてやっていくなら嫌になるくらい髪色を変えたり髪型を変えたりするのが日常茶飯事になるわ。それってやってる事事態は難しい事じゃないけど、実際にやってみると結構大変な事なの。

時間も掛かるし髪のダメージやそれに対してのケアもしなきゃいけないから。 むしろ、カツラを被っている事が利点になるの。カツラならロングからショートまで髪の長さも自由に選べるし、髪色や髪型も好きに変えられる。

それってモデルにとって最強の武器になるのよ。

だって、髪型や髪色を毎回変えられるって事はね、その時の仕事のテーマに合わせて常にピッタリの物を選ぶ事が出来るって事なんだから!」

「でもそれって他の人もやれるのでは?……」


「それがそうでもないのよ。こんな事を考える事が出来る人はいても、これを実際にやってやろうって人は中々いないわ。何故ならカツラを意外とバレないように被るってのは案外難しいものなのよ。

ドラマや舞台とかで演じる場合ならその違和感も味になるからアリかもだけど、モデルの場合はそうはいかない。その違和感が着ている服や撮影のイメージに影響が出るからよ。でも貴方ならどんなカツラも自然に着こなす事が出来る。貴方は違う。そうでしょ?これは間違いない才能よ!!」

「本当に……!?こんな私でもモデルとしていてもいいんですか?」


「ええ。その証拠にさっきまで私は貴方がカツラを被ってるなんて夢にも思わなかったわ。きっと周りにいた人達全員も同じ気持ちのはずよ。それに貴方がカツラを被っている事を隠していたいならそれでも大丈夫だから安心して。それをサポートするのも私の仕事だから」

「ありがとうございます。非常に助かります。」


「でもね、一つだけ提案があるの。直ぐにじゃなくてもいいけどこの事は周りにカミングアウトすべきだと思うわ」

「えっ、」

「勿論貴方の気持ちを尊重するつもりよ。だから無理にとは言わない。だけど貴方が本気で秋川を超えたいと思ってるなら必要な事だと思うから…」

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