第11話 オワリの始まりはありきたり

俺は必至に救急車や病院の世話になる事を拒む。


 病院になんて行ったら俺が男だって事がバレてしまう。それだけは避けないと!


「そんな訳にはいかないわよ。もし、貴方の身体に後遺症でも残ったらどうするの。撮影の方は何とかするから大丈夫よ」

「ええ。姫乃ちゃん、大人しく病院に行きなさい。撮影なんて既に十分なぐらい撮ってあるんだから、心配しないで」


 違う。俺が心配してるのはそっちじゃないんだ。


それに、頭だって痛くもなんともない。


 俺が頭を押さえていたのは頭が痛いからじゃない。


 頭を押さえていたのは、ぶつかった衝撃で被っていたカツラの留め具が壊れ今にもはずれそうだからだ。


 痛いわけじゃあない!


 くそっ、まさか庇った瞬間にカツラが取れそうになるなんて思ってもなかった。フリマアプリで買った安いカツラだからこんな事になっちゃったのか?本当についてない。カツラはついているが。


 ・・・・そんな事言ってる場合じゃない!!どうにか早く潜り抜けないと。


「本当に大丈夫ですから。早く撮影終わらせちゃいましょう。頭の事何て気にならない様に上手くやりますから!」

「いや、だからそんなの気にしなくていいから……」

「私が気になるんです!これだけの皆さんに集まってもらったんですから、最後まで納得のいくまでやりたいんです。それが例え宣材写真の撮影でも。私はプロですから!!」


 姫乃の気迫が思いっきりスタジオ全体に響き渡る。


「姫乃ちゃん……」

「姫乃……」

「私の事を心配してくれた事には感謝します。でも、今の私にはこれしかないので」


 これでどうだぁ!!


 決まった……か?


 カツラの事を気にするなら直ぐにでもこの場から消えた方がいいのだろうが、下手に逃げでもしたら大事になって強制的に病院に連行って事もあるかもしれない。なら、無理矢理にも撮影を続けてうやむやにしてしまおうって魂胆だ。

 上手くいく保証はないがこれしかない。いや、上手くいかせる。普通の俺なら無理かもしれない。


 でも、姫乃皐月ならそれが出来る。


 何故なら天才だから。


「そこまで言われちゃったら仕方ないわね……撮影続けるわよー!!」

「え、間明さん何言ってるんですか?!そんなのダメに決まってるじゃないですか!私の担当モデルに無理させる訳にはいかないんです!!」


「あっ!」

「えっ、何ですか?私変な事言いました?」


「いや、でも姫乃ちゃんの事、自分の担当モデルとして認めたんだなぁと思って」

「認めた?別に、そんな事は…………あっ!!」


 慌てて自分の口を塞ぐ。


「そんな事したってもう遅いのよ。でも、良かったわ。前にも言ったでしょ?自分に素直になりなさいって、それが出来たなら後は信じてあげなさい。自分のパートナーが出来るって言ってるんだから、他の誰よりも進藤ちゃんが信じてあげなきゃ!どんな時も信じ続ければ奇跡なんて簡単に起きるものなんだから♪」

「信じるですか…………前にも同じような事を社長に言われた気がしますよ。信用できないなら信じられるように自分が何とかしろってね。まあ、それが同じ意味で言ってるかは分かりませんけどね…」


「そんなの自分で決めちゃえばいいのよ。他人の言葉なんてね、自分が理解したいようにしか理解出来ないんだから」

「そんなものですかね?」

「そんなものよ」


 二人は少しだけ微笑む。


「あのーーお二人さん。姫乃、準備万端みたいですけど…」


 矢崎に言われた方を見ると、最後の衣装に身を包み、バリバリにポーズを決めて既に立っている。


「もう……仕方ないわね。間明さん気が済むまで撮ってあげてください。その代わり、どんなオーディションにも簡単に受かるようなとっておきの写真をお願いします」

「まっかせなさい!何故なら私の撮る写真はいつだって「とっておき」なんだから!」


 そう、間明が自信満々に言うとノリノリで撮影がはじまった。


「京香。一ついいか?」

「何?」


「アイツ、これからどうなると思う?」

「きっと秋川を越える最強のモデルになるわよ」


「マジか…………本当に?」

「本当。まぁ、天才な彼女でも一人だけなら無理かもね」


「じゃあどうすればいいんだよ?」

「フン。私がいるでしょう。秋川を育てた私が一緒にいるんだから出来るに決まってるでしょ!」


「確かにそうかもな。でも、もしかしたらお前が育てた秋川を自らの手で潰す事になるかもしれないんだぞ?それでもいいのかよ?」

「覚悟の上よ。でもそれを望んでるのは秋川本人なんだからやってやるしかないじゃない」


「……二人の関係があってこそって感じだな。まあ、俺は陰ながら二人の事を応援させてもらう事にするよ。と言っても俺の力なんて必要ないかもしれないが……」

「そうね。きっと役になんか立たないわ。分かってる」


「こんなにはっきり言われると結構傷つくもんだな……」

「でも、私的には結構それが嫌いじゃなかったりしてね……」


「えっ。そうなの?じゃあ再婚しちゃう?」

「それはない!!」


 二人の会話が一頻り終わる頃俺の撮影も終わり、俺は控え室で帰る支度をしていた。


 今日の撮影、最初はどうなる事かと思ったが案外ノリと勢いがあれば何とかなるもんだな。おかげで姫乃皐月として上手くやっていける気がしてきたよ。って事は帰ったら新しいカツラ買って気合い入れないとな。


 そう思いながらカツラを取り一人で油断していると、俺しかいないはずの控室から不思議な音がする。


 何だ?


 最初は物か何かが倒れた音かと思い咄嗟に周りを見回したが、見た感じ何も倒れてはいない。


 物などが倒れた音ではないと言うのなら一体何だと言うのだ。落ち着いて音をよく聴いてみると、まるで誰かが泣いている様な音にも聴こえる。俺はなんだか不安になり、控室全体をくまなく見渡すが怪しい物は見つからなかった。前髪をおろしてひっそっりと立っている怪しい人物はいるが。


 ………………………………人ッッ!!!


 嘘だろッ!いつの間に中に入ったんだ?もしかして最初から中にいたりして………まさかな。


 俺は慌てて外していたカツラを被り直し平然な態度をとるが既に時は遅く、奴は降ろしていた前髪をかき分ける。そこにいたのは、何故か涙を流し必死に拭っている進藤の姿だった。


 終わった……………………


 こうして俺の姫乃皐月としての人生は3日で幕を閉じる事になる。

 それはつまり俺の人生の終わりを意味するのだが、その続きはまたの機会に。


 終


 ……………………っいや、まだだ!!


 エンディングロールが流れる途中で止まる。


 終わるのは姫乃皐月ではなく今までの自分自身だ。それにこんな所で終わってしまうのは凄~く勿体ない気がする。


 だってここからが正真正銘、姫乃皐月としての本当の物語の始まりなのですから!!

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