第10話 ピンチの先にはピンチが待っている

「お前ッ……いい度胸してるな。そこまで言うなら見せてみろ!もしもお前がこの現場にいる全てスタッフを納得させられたなら、認めてやる。だがなぁ、できなかったらお前、モデルを辞めろ。その位の覚悟が出来てる一言だと受け取っていいんだよな」

「ええ。もちろんです。覚悟なんてとっくに出来てますわ!」


 そう言いながら俺は被っているカツラの長い髪を手でフワッと靡かせながら自信満々に言い放つ。それはまるで少女マンガに出てくる分かりやすい位の高飛車なお嬢様の様。


 よしッ!思った以上に単純で助かった。


 この挑発に乗ってくれたおかげでメイクの事は何とかなるかもしれない。


「京香も間明さんもそういう事なのでいいですよね?」

「私は別に構わないわよ。姫乃ちゃんがそこまで言うのなら私も気になるから」

「マネジャーとしては普通なら断るべきなんでしょうが、私としては一向に構いません。私としても彼女の本気を出した真の姿を見てみたいですから。……姫乃、やるなら全力でアイツをぶっ潰しなさい。遠慮はいらないわ」

「はい。もちろんです」


 二人は同時に頷く。


「姫乃、準備する時間やるから出来たら声掛けろ」

「分かりました」


 矢崎がそう言うと俺は用意された衣装を手に、一人で控室へ向かい、早速メイクの準備を始める。こんな事もあろうかと俺が持っている全てのメイク道具を持ってきていて正解だった。


 俺は鏡の前に座り一息つく。


 さて、どうするか。


 問題は矢崎が納得できるメイクをする事ができるかどうかだ。あんなに偉そうに言ったはいいが当然俺は素人で普通に考えたらプロになんか敵う訳がない。だが意地でもやり遂げるしかない。今の俺には、男としてのプライドと天才モデルとしてのプライドがある。


 この二つの誇りに賭けても俺はこの勝負に勝つ!


 自分の頬を軽く叩き気合いを入れた後、遂にメイクを始める。


 俺なら出来る。出来るに決まってる。


 俺はそう自分に必至に言い聞かせる。大丈夫だ。俺の頭の中にはテレビや動画サイトのモデルから学んだ多彩なメイク技術が完璧に刻まれている。これを駆使していけば不可能だって可能に出来るはずだ。でもこれだけじゃ足りない。必要なのは服装とそのテーマに合わせたメイクをどれだけ表現出来るかにかかっている。でも大丈夫。お昼の番組のファッションコーナーで鍛えた自分のセンスを信じろ。


 …………よしっ、出来たぁっ!


 覚悟を決めろ。俺ッ!


 笑っても泣いてもこのメイクで全てが決まるんだ。勝てばこれからも姫乃皐月としてやっていけるが、負ければ俺は二度と姫乃としてはいられなくなる。そんなのは御免だ。姫乃の正体が女装した男だとバレないためにもな。いざ尋常に勝負と行こうじゃないか!矢崎!!


 俺は更に気合いを入れ、座っていた椅子から思いっきり立ち上がり矢崎の元に颯爽と向かう。


「準備出来ました」


 姫乃の声が聴こえると矢崎を含めその周りにいた全ての人間がこちらに振り向く。


「さてと、自信の程を見せて貰おうか…」


 用意された衣装と本気のメイクをした姫乃の姿を見た瞬間、再び現場の雰囲気がまた変わる。

 あのピリピリしていた空気がまるで現実じゃない様に感じる程だ。


「……おいっ。……これっ……何が起こってる?この感じ、普通じゃないだろう」


 姫乃の姿を見た矢崎は唖然とその姿をただ見ている事しか出来なかった。


「京香。これ、夢だよな。俺、夢見てるんだよな?」

「最初私も彼女を見た時に同じ事を思ったわ。でも、残念だけどこれは、普通じゃあり得ない事が起こっているだけのただの現実よ」


「マジでか……」

「……で、この勝負どっちの勝ちなのかしら?」


「そんなの、俺に言わせるなよ。あんなの見せられたら、勝負を挑んだこっちの方が恥ずかしいくらいなんだからさ。悔しいけど、あんな神業みたいなメイク、俺には出来ないからな。アイツ、本当に素人か?」

「そのはずよ。でも、こんなの見せられて疑うなってのは無理でしょうから、仕方ないけど」


「こりゃ、俺の仕事無くなっちまったな」

「もうッ、流石ねーー!姫乃ちゃん!私たちの想像を簡単に超えてくるくんだから~、もうッ、とんでもない子ね!じゃあ、みんな気合い入れて撮影再開するわよ!!」


 間明が魅力されていたスタッフを鼓舞し揃って撮影を再開する。


 次々と写真を撮っていく。


 カメラマンの間明を含め周りのスタッフ全員がいつもの倍以上の力を出し、撮影は順調に進んでいく。


 一度だけだったはずの衣装替えも急遽代わり何度も衣装替えとメイクを繰り返し、終了予定の時間を大幅に超えてしまったがもうそんなのどうでもいいらしい。此処にいるメンバー全員が一流の人間ばかりなのだから、これによる影響は大きいはずだ。まぁ、俺が気にしても仕方がない。なんとかなるだろう。俺は撮影しながら心の中で静かに頷く。


 そんな時だった。

 

撮影も大詰めに入り、スタッフが最後の撮影の準備をしている頃。突然スタジオが大きな揺れに襲われた。


 地震だ。


 そこそこ大きな地震なのか、周りにあった物もどんどん倒れていく。辛うじて立っていられるがそれもそろそろ危なくなりそうくらい強い揺れだ。周りのスタッフも個々に揺れに耐え揺れが収まるのを待っている。

 そんな時、進藤の近くにあった撮影機材が揺れに身を任せ進藤の下に倒れてくる。俺はその事にいち早く気付き、何とか揺れに耐えながら進藤の元に急いで駆けつけ庇う様に覆いかぶさる。想定通り、撮影機材は進藤ではなく俺の上半身に勢いよく倒れる。俺は頭を押さえながらその衝撃と地震の揺れを同時に耐える。それから数秒後、地震の揺れは次第に弱くなりそのまま揺れる事は無くなった。


「進藤さん。怪我ありません?」

「うん……おかげで私は大丈夫だけど……」


 するとすぐに間明や矢崎を含めるスタッフが俺たちの下に駆けつけ、倒れた機材をどかす。


「姫乃ちゃん!進藤ちゃん!二人とも大丈夫?!」

「私は大丈夫です。それより姫乃を見てあげてください。結構勢いよくぶつかったみたいなので……それに、頭も押さえていますから強い衝撃があったなら大変です」


「そうね。矢崎ちゃん、急いで救急車呼んで!」

「もう、掛けてますよッ! あっ、もしもし…………」


「姫乃、大丈夫?」

「大丈夫ですよ。背中を強くぶつけただけですから……」

「そうじゃなくて、頭の方よ!頭痛いんでしょう?直ぐ救急車来るから」

「えっ?あっ、いや、頭の方は全然大丈夫ですから!それに体の方だって少しゆっくりすれば治りますから。なので救急車とか大丈夫ですから!それに、撮影だってまだ少し残ってますし」


 俺は必至に救急車や病院の世話になる事を拒む。病院になんて行ったら俺が男だって事がバレてしまう。


 それだけは必ず避けなければ!

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