第9話 キョウカ シンドウの滑り過ぎた話

「さあ、進藤ちゃん続きお願い」


「じゃあ、お言葉に甘えて。(咳払いする。そして回想シーンが流れる。)

 そして二人は数年ぶりにカフェで会うことになりました。会ってみると彼女は結婚していて二人の子宝にも恵まれ、お手本の様な家族を築いてました。私も最近結婚した事を伝えるとまるで自分のことの様に喜び祝ってくれました。その後、二人の会話は弾み次第にお互いの家族や夫ついての話になったのです。

 彼女は少しずつ成長していく子供の話や普段は中々言えない夫の愚痴などで大いに会話は盛り上がりました。私も結婚までの馴れ初めや自分の夫の話をして会話を盛り上げようとしたんです。

 すると、不思議な事に会話は盛り上がるどころか、彼女の顔が徐々に険しくなっていったのです。

 あんなに熱く盛り上がっていたのに、今では冷たく盛り下がってしまったのです。

 私は、何故だか分かりませんでした。

だって今の日常をそのまま話しただけですから、おかしな所など何も無いと思っていました。なので私は、彼女にどうかした?と聞いてみました。

 すると彼女は今までで見た事のない様な表情で、そんな旦那と日常は普通じゃないと一喝されました。

 私は何故怒られたのか分からず戸惑いました。

 彼女は私に対して、結婚しても女遊びを続ける男もそれを当たり前だと思っている貴方もどうかしていると叱責したんです。

 彼女が私に対して一通り言いたい事を言い終えると今度は私の事を心配してきたんです。

 そんな男は普通じゃない、そんな男といたって幸せになんてなれる訳がないと。彼女は私と話を続けている内にヒートアップしてきたのか、今度は矢崎に対して私の友人として代わりに一言言わないと気がすまなくなり、遂には仕事場に乗り込んでやると意気込み始めたんです。

 私は必至に彼女の事を抑え何とか落ち着かせました。

 ちなみに、止めるのめちゃくちゃ大変だったんですからね!

 話が聴こえていた周りの女性客も何故か同調して彼女と共に女の敵だ!とか言って動き始めちゃうしで…………それでその時思ったんです。

 私は久しぶりに会った友達と仲良く昔みたいに話たかっただけなのに、何故こんな事にならなければいけなかったかのかと。

 そして、私は一つの結論に至ったのです。

全部アイツがいけないのだと。

 アイツと出会い、関係を持ったが為に私の普通は普通ではなくなった。私はその事にようやく気付きアイツと別れ元の私に戻る事を誓ったのでした。以上が私の全てです。ご清聴どうも有難うございました」


 頭を下げ一礼をする。


「想像以上に長かったわね。でも、進藤ちゃんなりに色々考えて出した決断だって事がよく分かったわ。よーくね……」

「京香、言ってくれればよかったのに……」

「言ったらアンタの性格は治るのかしら?」

「何当たり前のことを言ってるんだ。治らないに決まってる。断言してもいい。だって俺はどこもおかしく何てないからな。」


 自信満々に言いきる。


「……それよ。そういうところ!その考え方が私をおかしくしたんでしょうがっ!」


 思いっきり矢崎の頭を叩く。


「イッテェ!」

「もう……久しぶりに会ったんだからちょっと位は成長してると思ったけど本当に何も変わってないのね!」

「はいはい、二人ともそこら辺にしてそろそろ仕事するわよ。姫乃ちゃん待ってるんだから、さっさと準備しなさい」


「それもそうですね。じゃあ、姫乃の事よろしく頼むわよ。あっ、因みに準備してる最中とかにちょっかい出したらどうなるか分かってるでしょうね?」

「フッ、それはどうかなぁ?まぁ、やるからにはどんな相手でもプロの仕事するから安心しな。じゃあ姫乃ちゃん次着る服に合わせてメイクしよっか」


 矢崎はそう言うと姫乃の肩に手を回しメイク室にエスコートしようとする。

 が、思いっきり拒絶され手を振り解かれる。


「あの……」

「アンタさっき言ったばっかでしょうが!何思いっきり手回してんのよ!」


 再び頭を叩くが先程と比べダメージはデカそうだ。


「…………お前な……殺す気か!」

「大丈夫よ。それぐらいなら死なないから。姫乃悪いわね。嫌な思いさせて」


 ええ。確かにいい気分はしない。だって男同士だからな……


「あっ、それはまぁいいんですけど。ただ次の撮影に入る前に一つだけお願いがあるんです」

「何?」


「実は、自分のメイクは全て自分でやらせて欲しいんです」

「えっ……」


 盛り上がっていた現場の雰囲気が一変した。俺はやってはいけないタブーを犯してしまったようだ。


「姫乃。お前それ本気で言ってんのか?」


 これまでの矢崎ではなかった。矢崎は基本的に女性に対して本気で怒りという感情を表に出した事はない。


 だが今回は別だ。


 あの矢崎が思いっきり姫乃の態度に対して怒っている。その事を知っている進藤や間明はこの状況を何とか落ち着かせようとする。


「姫乃。アイツ、普段はあんなんで信用できない様なヤツだから不安なのは分かるけど安心しなさい。それに、本業はスタイリストだけどメイクの腕も本物だから。さっき自分でも言ってたけど、アイツはプロの仕事をする事に誇りとプライドをもっている奴よ。だから心配しなくても大丈夫よ」


 そう。矢崎は正真正銘のプロ。


 だから、業界内ではその実力を買われ、信用も得ている。だから自分のする仕事に対して断られる事など絶対にない。それこそ普通は新人など相手になどしてもらえない程の存在だ。だからこそ俺が断るなど普通はあり得ない事だ。それでも俺にはどうしても断らなければいけない理由がある。


「自分でも大変失礼な事を言ってるのは分かっています。ですがどうしてもこれだけ譲りたくないんです。どうか、お願いします」


 深く頭を下げ必至にお願いする。


「姫乃ちゃん。どうしてそこまで自分でやりたいのかしら?」

 間明が優しく問いかける。

「それは………………ごめんなさい。私にも分かりません」


 嘘だ。


 自分が言ったことなんだ。もちろん俺には分かっている。だがその理由をここで言う訳にはいかない。


 その理由とは、俺が女装している事に大きく関わってくるからだ。お気づきになった人もいるかも知れないが他人にメイクを任せるという事は、自分のすっぴんを他人に晒す事になる。


 即ち俺が男だという事がバレてしまうのだ。


 今の俺はメイクの魔法のおかげで完璧な女としての姫乃皐月といられる。新しくメイクをする為には今のメイクを落とさなければならない。だがそのメイクを落とせば、みるみる内に魔法は解け男に戻ってしまう。もちろん今のまま、新しくメイクをする事も不可能ではないかも知れないが余り現実的とは思えない。だからこそ俺は、何としてでも他人にメイクをさせる事だけは絶対に避けなければならない。


「ただ……一つだけ言えるのは、この中で一番服に合った理想のメイクが出来る自信は私だけですから!」


 現場の空気はさらに冷たくなり、ピリピリどころか身体中が痺れて動けなくなるようなとんでもない空気が俺を襲う。


 まぁ、こうなるのは当たり前か。


 だってカリスマと呼ばれる人間にいきなり現れたド新人が思いっきり喧嘩を売ったのだから。そんな事するヤツは正直バカとしか言いようがない。だが、俺にはこれしか思いつかなかったのだから仕方がない。こんなに分かりやすい挑発だが乗ってくれないと困る。頼む。


 マジで…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る