第8話 Gより怖いプロ意識
怪物の常識は普通の人間の常識では理解する事などできないに決まっている。
だから、私が姫乃の事を簡単に理解ができないのはきっと当然の事なのだ。でもこのまま理解せずに反抗すれば私は怪物に喰われて終わるだけだ。でも、普通では手に負えない程の怪物と共存する事が出来れば世界の常識は一変するに違いない。
「間明さん、ひとつだけいいですか?」
「ん?何かしら?」
「姫乃が特別なのは認めます。ただ、彼女の魅力はきっとそれだけじゃないと思うんです。この業界は才能だけで生き残れる程甘くありませんから。普通はこの業界に染まりながら少しずつ、才能だけでは足りない何かを手に入れていく物だと思うんです。でも、彼女は既にその何かを持っている。それは一体何なんでしょうか?」
「そうね~~、私も自信がある訳じゃないけど、それはきっとプロ意識よ。どんな才能よりも優るものがあるならプロ意識に敵うものなんてないと思うわ」
「プロ意識ですか……案外シンプルなんですね」
「そうよ。何事も調べてみたら案外シンプルな物なの。でも、シンプルなものほど簡単に手に入る物でもなかったりするのよね。どんな仕事でも、自分の最大限のポテンシャルを披露する。言葉では簡単でも、それが出来ない人間なんてたくさんいるわ」
「凄いですね。本当に。まだデビューしてから一日も経ってないはずなのに、プロ顔負けレベルのプロ意識を持ってるて、もう本当に化け物なんじゃないですか?」
「本当よ。私も可笑しくなった気分だわ」
そう言いながら二人は少し声に出しながら微笑みだす。
「私、ちゃんと姫乃の事考えてみようと思います」
「そうね。大丈夫よ!進藤ちゃんなら。あっ、そうこうしてる内に来たみたいよ。旦那が」
「変な事言うのは辞めてくださいよ。旦那じゃありません!元・旦那です!」
来たのは間明が声を掛けたスタイリストの矢崎だった。
「お久しぶりです。間明さん。久しぶりに声掛けてきたと思ったらすぐに来いってそれだけ言って電話切っちゃうんですから、驚きましたよ。げっ、京香。何でお前がここにいるんだ?」
「げっ、じゃないわよ。人をゴキブリがいた時みたいなリアクションをするのはやめてくれる?別にいたっていいでしょ。私の担当モデルの撮影なんだから」
「いや、Gを見た時の方がもっと過激なリアクションをするわ!俺が虫全般、苦手な事知ってるだろ。名前聞くだけでもゾッとする…………っちょっと待った!京香お前今なんて言った?」
「何よ?さっき聞いたことも思い出せないの?もう歳なんじゃない?」
「誰がジジイだ!!ってかそんな事どうでもいいんだよ。お前、今自分の担当モデルだって言ったか?」
「あら、覚えてるじゃない。そうよ」
「そうよ、じゃないわ!お前、秋川のマネジャー辞めたのか?あんな熱心に誇りだって持ってたはずだろう?なのにどうして辞めちまったんだ?」
「私だって好きで辞めた訳じゃないわよ。でも、社長命令だから仕方なくね。まぁ、今はちょっとこれも悪くないかなって思ってきてるんだけどね……」
「マジかよ……。お前が心変わりするなんて珍しいな。いや、ちょっと信じられないな」
間明も会話に混ざり始める。
「貴方も姫乃ちゃんの事を見たらそれもきっと分かるわよ」
「それですよ。姫乃。間明さん、姫乃って一体誰なんです?間明さんが撮るだけあってそれなりの有名人なんでしょうけど……俺、聞いたことなくて」
「そんなの当たり前よ。だって新人モデルだもの♪」
「えっ、いや、嘘でしょ。今、新人モデルって言いました?」
「ええ、言ったわよ」
「って事はだ。お前の新しい担当モデルって姫乃って新人モデルの事か?」
「そうなるわね」
矢崎は突然スタジオ内全体に響き渡る程の言葉にならない様な悲鳴をあげる。
「いぎゃぁぁぁーーーー!!」
「「うるさい!!!」」
進藤と間明の声は見事にハモる。
「どうしちゃったのよ。急に。そんなに驚く事?あれ、もしかて可笑しくなっちゃった?」
「いやいや驚く事だろ。それに俺は可笑しくなってないからな。むしろ可笑しくなってるのはそっちだから!だって普通有り得ないだろ。新人モデルの撮影を間明さんがする事自体有り得ないし、お前だって秋川の専属マネジャーとして欠かせない存在だったはずだ。それに俺だって、それなりに業界内ではそこそこ有名だし、実力だって認められているカリスマスタイリストだぞ。それが新人モデルを相手にするって普通じゃないから」
「自分でカリスマスタイリストって言っちゃうのね……そういう感じ、アンタ本当に変わってないわ」
「本当ね。二人の会話の感じも全然変わってなくって安心したわよ。実はちょっと心配してたのよね~、だって二人は急に別れちゃったでしょ。だから大丈夫かなぁ~~って」
「「変わってます!!」」
進藤と矢崎の叫びは、見事にピッタリと重なった。
二人は思わずお互いの顔を見るが、何事も無かったかの様に顔を逸らす。
「ほら、そういう所!やっぱり全然変わってないじゃない。もぉ~、何でこんなに相性いいのに何で別れちゃったのよ~?」
「俺が聞きたいですよ。京香の方から急に別れたいって言い出したんですよ?俺も何でかって聞いたんですけど、全然答えくれなくて……。で、仕方なく別れることになっちゃったんですよ。俺はまた、一緒になれたらと思ってるんですけどね……」
「アンタ、本当に変わってないのね………………理由なんてわざわざ言わなくたって分かるでしょ!それでも分からないんだったら自分の胸に手をあてて聞いてみなさいよ。そしたらバカなアンタでも少しくらい思い出すんじゃなぁい!?」
矢崎は自分の胸にそっと手を置く。胸の鼓動が身体に伝わり、ゆっくり目を瞑り心の中で真の自分に語りかける。
「ダメだ。ちょっとドキドキしただけだった」
「このどこにドキドキする要素があるのよ!アンタの女遊びがめちゃくちゃヒドイかったからに決まってるでしょ!」
矢崎と間明はキョトンとする。
「そんな事?お前もしかしてそんな事で別れたいって言ったのか?」
「そうよ、進藤ちゃん。この子の女遊びが酷い事なんて業界内では知らない人はいないくらい有名な話でしょ?そんな事進藤ちゃんだって知ってたでしょ」
「まぁ、それは知ってましたけど…………知ってる上で結婚しましたけど……とにかく、色々あったんですよ!」
「この子が女遊びを辞める気がない事位知ってるでしょう?この子には何を言ったってしょうがないのよ。だってこの子には遊んでるつもりなんてこれっぽっちもないんだから。そうよね?」
そう言って間明は矢崎の方を見る。
「もちろんですよ!俺は全ての女の子に対して本気で愛しています。俺の辞書に不平等という言葉はありませんから」
「ほらね」
「ほらね、じゃあないんですよー!それが世の中的におかしいって言ってるんですよ!」
「おかしくないさ♪だってこの世に生きる生物学上における全てのメスは皆俺に惚れる運命なんだからさ。」
矢崎は進藤の肩にノリで手を回そうとするが軽くいなされる。
「こういう所ですよ。こういう所が嫌だって気づいちゃったんですよ!」
「でも、進藤ちゃんも矢崎ちゃんに惚れちゃった女の内の一人じゃないのよ~それに、矢崎ちゃんに愛された女が不幸になった話なんて一度も聞いた事ないわよ」
「それなら私が初めての女ですね。いやね、確かに結婚してからも幸せだったと思いますよ。正直、その時は女遊びの事なんて、不思議と全く気になんてなりませんでしたから。それに、これが普通だとも思ってましたから」
「じゃあ、どうして別れたいなんて思ったの?」
「実は、結婚して少し経った頃にしばらく会ってなかった高校時代の友達と二人で会おうって話になったんです。その子とは高校時代一緒にいなかった日は無かったと思うくらい一緒にいた子だったんですけど、高校卒業後、私は大学に進学する事が決まっていて彼女は地元の企業に就職が決まっていたんです。それでそのまま互いに会える時間が少なくなって自然とバラバラになっちゃったんです。それから、数年後こうやって会う事が出来て凄く嬉しかった。そして会ってみると……」
矢崎が進藤の肩をチョンチョンと叩く。
「何よ。ちょっといい所なんだから、邪魔しないでよ」
「ねぇ、それって長くなる?長くなるんだったら俺、仕事していいかな?ほら、姫乃も待ってるみたいだし」
そう言われ姫乃の方を見ると明らかにやる事が無く手持ち無沙汰だと一発で分かる様子だった。
「あっ、確かにそうね。じゃあ……」
「まぁ、いいじゃない。続きも気になるし休憩って事で。姫乃ちゃんもこっちに来て一緒に進藤ちゃんの思い出ヒストリー聞きましょ♪」
「えっ、私ですか?あっ、はい……」
姫乃は三人の側に駆け寄る。
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