第7話 シャッターの瞳が閉じるとき…
私は今まで以上に本気でそして全力で最大限のなりきりをそこに表現した。その瞬間現場の雰囲気が一気に盛り上がりに変わった。まるでスタジオに嵐が吹いたようだ。
「凄いじゃない!!姫乃ちゃん!やっぱりやればできるんじゃないのよ~!遂に自分の本気の魅力に気づいたみたいね。ってか想像以上のポテンシャルだわ!貴方本当に天才よ!!」
シャッターの連写音が止まらない。
どうやら周りのスタッフ達までもこの嵐に飲み込まれてしまったようだ。男性スタッフはもちろん女性スタッフまでも彼女の魅力に見惚れてしまったのだ。姫乃に対して歓声を送る者もいればその魅力に耐えられず倒れてしまう者まで現れ始めた。はっきり言ってこの現場は異常としか言えない。それ以外に見合う言葉が見つからないのだから仕方がない。
「一体どうなってんのよ……これ……!姫乃の雰囲気が急に変わったと思ったらこの有り様よ。こんなの有り得ない。ありえる訳がない……。一人のモデルがただポーズをとっただけなのよ。なのに何でこんな事になってんのよ!!…………まさか、これが本気をだした姫乃の実力……?これが本当なら……誰も、姫乃に敵う訳ないじゃない!!」
「進藤ちゃん!見てご覧なさい。これが彼女の本当の実力よ!」
「間明さん……これ、現実なんでしょうか?」
「どうなんでしょうね?私も分からなくなってきたわ。でもきっと現実よ。多分、現実が私たちの想像を超えたってだけの簡単な話なのよ」
「彼女一体何者なんでしょうか?」
「そんなの私に聞かれても困るわよ。もしかしたら本当は怪物だったりしてね。それとも妖怪かも。」
「冗談のつもり何でしょうけどこんなの見せられたら本当に人以外の何かな気がしてきました」
「そうね……もしかしたらこれも本気の全力じゃないかも知れないわよ」
「そうだったら、本当にそれは人間じゃありませんね」
「アイツはとんでもないのをスカウトしてきちゃったみたいね。これから彼女のマネジャーをやる進藤ちゃんも大変ね」
「ええ…………本当ですよ」
「それにしても進藤ちゃん。姫乃ちゃんこの後時間あるかしら?」
「まぁ……一応。お忘れかも知れませんが、彼女まだデビューしてから一日も経っていませんよ。スケジュールなんて真っ白に決まってます」
「そうだったわね。でも、それなら良かったわ!実は衣装やメイクを変えてもう少し撮りたいと思ってたのよ」
「いや、いや、そんなのありえませんよ。だって宣材写真の撮影ですよ。しかも新人の。雑誌や写真集の撮影じゃないんですからそんなの無理ですよ。それに、他の衣装や道具だって用意してないんですから……」
「あ、それなら全然問題ないわよ」
「えっ」
「さっき知り合いのスタイリストに連絡して許可とったから。私が一言言ったら、必要な物全部持ってすぐ来るって言ってたわよ」
「一言って一体何を言ったんです?」
「ダメよ。それは二人の秘密なんだから~~」
茶化しながら私の肩を強く叩く。
これ、本当に聞いちゃいけない奴だ。そう考えると余計気になる気もするけど、これ以上深掘りしようとするのは止めよう。私の身に何が起こるか分かったもんじゃないから…………
「あの~ちなみに、確認なんですけど……その人ってもしかして私の知ってる人じゃありませんよね?」
「もちろん、知ってるわよ。進藤ちゃんどころかこの業界にいる人間なら、きっと皆知ってると思うわ」
「その人の名前って、やから始まってうで終わったりしませんよね?」
「終わるわよ」
即答って。マジですか。
やっぱり、この人ウチの社長と似てる。
特にいきなり物事を決めて周囲を一気に巻き込む感じが本当にそっくり。もう、一体あの人の周りは本当にどうなってんのよ!
恐らく間明さんが呼んだスタイリストは矢崎 涼に間違い無いだろう。矢崎は、間明さんが言ったようにこの業界にいる人間なら知らない人はいない超がつくカリスマスタイリストだ。
ちなみに私との関係は全く無い。
うん。誰が何を言おうが進藤京香という人間との関わりは何も無い。私は必至にそう思いながら頭を抱えた。
「もう、進藤ちゃん分かってる癖に~~!」
再び間明が私の肩を叩く。
「何、言ってるんですか。そんな人知りませんよ!ってかそんな事より、宣材写真なんて一枚有れば十分なんですから早く断ってくださいよ」
「確かに、普通のモデルだったら一枚あれば充分。でもね、私思うのよ。宣材写真ってサラリーマンで言うところの名刺の様な物だと思うの。要するに自分の事をアピールする為の道具。それなら色々な種類の道具を持って、使い分ける事ができたら有利に進めると思わない?どんなオーディションだって最初は必ず宣材写真を見る所から始まるでしょう。って事はね、それを見る人間の好みの写真を用意することが出来ればそれだけ、次へ進める確率が普通より遥かに高いのよ!」
「そんな事ある訳ないじゃないですか!」
「そうかしら?だって、オーディションの合否を決めてるのだって一人の人間なのよ?なら、好き嫌いの好みぐらいあるに決まってるわ」
「そんな事言ってるんじゃありません!私が言っているのは、オーディションの合否がそんな簡単な事で決まる訳ないって言ってるんです!」
「本当にそうかしら?」
「……どういう事ですか……」
「進藤ちゃんだって本当は理解してるんでしょ?彼女が天才的な実力の持ち主だって事。あれだけの姿を見せられたんだもの、これで分かって無いとは言わせないわよ」
「それは……、、」
「自分でも分かってるはずなのにね。でも、中々認められない。何故なら彼女は貴方の好きな人間じゃないから。自分が好き嫌いで忖度してないって思ってっても、無意識の内に勝手にしちゃってるのよ。好き嫌いなんてものは簡単に治る物ではないけど、嫌いになる理由なんてものは案外分かりやすくて簡単なのよ」
「……そんな事は…………」
「いい加減に素直になりなさい!!さっきも言ったけど、好き嫌いがあるのは当然なの!仕方ないものなの!だから、その気持ちを否定しろとは言わない。でもね、私は、その気持ちとは別にちゃんと彼女の事を見て、向き合ってほしいと思ってるのよ。進藤ちゃんなら彼女とだってきっと上手く付き合っていけるわ」
私はきっと分かっていた。
今日会うよりも前からずっと。
でも認めたく無かったんだと思う。
心の中の何処かで私は、自分が一から育てた秋川こそが天才だと思っていた。秋川より優れた人間がこの世にいるはずが無い。そう思ってた。だけどそうではなかった。
あの日、社長が自ら姫乃をスカウトしたと聞いた時は本当に驚いた。何故ならあの秋川でさえ、最初はスカウトではなく事務所が主催のオーディションに合格した事がきっかけだったからだ。その時のオーディションでは、他の参加者より圧倒的な差を見せつけ彼女は優勝した。その時の審査員の評価は十人中九人が合格という評価だったのだが、社長ただ一人だけは認めてはいなかった。私が社長にその理由をいくら聞いても教えてくれる事はなかったがただ一言だけ、「彼女にはビビッと来なかった」
正直、余り言葉の意味は分からなかった。
私は今でも秋川の事をこの世界随一のモデルになる資格を持っていると思っている。
すなわち天才だと。
恐らく社長以外の周りの人間も同じことをおもっているだろう。だけどもしも、本当に、社長がビビッときた人間こそが真の天才だと言うのならばそれは、我々からしたら天才では無い。
それはきっと人間では無く怪物でそんな怪物の常識は普通の人間の常識では理解する事などできないに決まっている。だから、私が姫乃の事を簡単に理解ができないのはきっと当然の事なのだ。でもこのまま理解せずに反抗すれば私は怪物に喰われて終わるだけだ。でも、普通では手に負えない程の怪物と共存する事が出来れば世界の常識は一変するに違いない。
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