第6話 カマ騒ぎは止められない
翌日、俺は都内の撮影スタジオに向かっていた。
実は昨日のあの後、事務所の進藤という人物から連絡があった。
話によると彼女は俺のマネジャーになる予定の人間だという。めちゃくちゃ予定だって強調してたからあくまでも予定なのだろう。
そんな彼女によると、今日宣材写真の撮影があるらしいのだ。宣材写真といえばテレビや雑誌とかで人物紹介とかで使われる写真のはずだ。だから今日の俺はめちゃくちゃ気合いを入れて女装をしている。それに姫乃皐月としての初仕事でもあるのだから当然だ。まぁ、これが本当に仕事といっていいのかは分からないけど。
そんなこんなで現場に着いたがいざとなったらまた、不安になってきた。バレないよな、いや、バレる訳がない。
大丈夫だ。
社長にだってバレなかったんだからこのまま自信を持って胸を張ってればいいんだ。少し胸の部分が窮屈な気もするが盛りすぎたか?
そんな俺を一人の女性が突然話しかけてきた。
「貴方が姫乃ね。新人なんだからもっとシャキッとしなさい。それに、周りのスタッフさんにも、ちゃんと挨拶してから現場に入りなさい」
「あ、はい。すみません。こういうの初めてで。あの~、もしかして貴方が昨日連絡をくださったマネジャーの進藤さんですか?」
「予定ね!!何度も言ったでしょ!予定が最初に付くのと付かないとでは全然意味が変わっちゃうんだから間違えないでよ」
「すみません……気をつけます」
この人は何でこんなにも予定にこだわるのだろうか?それになんだか機嫌も良くなさそうだ。
「新人は衣装とか無いから私服で撮影よ。準備があるなら早くしちゃいなさい」
「分かりました……」
準備すること別に無いんだけどな…
既にメイクも服も自分なりに用意してきた。
この状態が既に完璧なんだ。むしろ、すぐにでも撮影して帰りたい位だ。下手にメイクをいじってボロがでたりしたら大変だからな。
俺は暇なので10分程そこら辺をうろうろする事にした。普通のドラマならこういう時に何か出来事が起こるのだが、何も起きなかったよ。うん、本当に何も。
そんなこんなで10分が経ち撮影に入る事になった。
セットは簡単な物でシンプルな物だった。だが、撮影するスタッフはセットと比べ物にならない位の超一流の人達ばかりらしい。特にカメラマンは日本の女優は勿論の事、ハリウッド女優からも指名される程の超ベテラン日本人カメラマンだ。普通なら新人を撮ることなど有り得ないことらしいが社長の一言で何とかなったそうだ。やっぱあの社長って凄い人なんだな。ただ、この事に対して進藤さんは余り良く思ってないらしい。そう思う気持ちも分からないわけではない。
事務所には沢山の先輩モデルや女優がいるのにも関わらず、いきなり入ってきた人間が特別待遇ってのはマネジャーとしても納得がいかないんだろう。
そんな事を考えながらも撮影は淡々と進んで行く。
ちなみに撮影の時、俺は女性ファッション誌やテレビに出ていた有名モデルの様になりきりながら撮影に臨んでいた。
その様子を進藤は遠くから見ている。
遂に私は姫乃と会った。
社長は直接会えば彼女にしか無い魅力が分かると言っていたけどまだ分かっていない。このまま見続けていても分かる気すらしない。
まぁ確かに、噂通りスタイルはいいし、撮影している様子を見ても新人とは思えない程堂々としている。でもそれだけだ。これじゃ、ただのセンスがあるだけのモデルだ。当然、今のままじゃ秋川を超える事は出来ないし並ぶ事すら難しいだろう。やはり、自分の気持ちに嘘はつけない。社長には正直に言うしかない。そしたら私が新しい社長になるのか…。
果たして私に事務所の社長が務まるのだろうか?社長の経験なんてもちろんないし、自信だってあまりない。それでも社長が私に社長の座を譲ると言ったんだ。きっと私の実力を買ってくれての事に違いない。だったら全力で頑張るだけだ。
私が一つの覚悟を決めた時、後ろから声を掛けられた。
「久しぶりだね♪進藤ちゃん!」
「お久しぶりです、間明さん。今日はウチの新人の為にわざわざ来ていただきありがとうございます。社長がムリ言ったみたいですみません……」
声を掛けてきたのは今日のカメラマンを担当してくれている間明 大翔さんだ。
ちょうど撮影が休憩に入った為話しかけてくれたみたい。私とは以前、私が秋川を担当していた頃に何度か交流がある。彼は業界内では超がつくほどの人気者のベテランカメラマンだ。人気者には変わりないのだが、少しだけ問題がある。それはテンションが上がり興奮すると次第にオネェぽっくなるのだ。それだけ我慢すれば間明さんはきっと天才に違いない。普通なら新人モデルの宣材写真なんか撮らないのだが、ウチの社長とは親しい仲だという事で社長のお願いだからと快く受けてくれた。
「いいの、いいの。これで俺もアイツに貸しが出来た訳だから、こっちとしても願ったり叶ったりなんだからさ。それにしてもアイツが認めるだけあって、あの新人ちゃんとんでもない逸材ね」
「えっ、間明さんもそう思うんですか?」
「うん。アイツが俺に貸しを作るなんて珍しいからさ、どんな奴かと思って来てみたけど彼女なら納得だ。悔しいけど、一応アイツ、人を見る目だけは人一倍あるからなぁ~他の事はそんなに大した事無いんだけどな」
間明さんは少し文句を言いながらも表情はとても笑っている様にも見える。
「私には彼女がどうしても特別には思えないんです」
「まぁ、無理ないわよ。だってあの新人ちゃんまだ本気出してないみたいだしね」
「本気じゃない?こんな時に?」
「あ、出してないというよりは出せてないって言ったほうが正しいかな。きっと彼女まだ遠慮してるのよ。多分、彼女自信が自分の特別の才能にまだ気づいてないの」
あれ、さっきから少し違和感がある。
何だろう?この感じ。
そういえばさっきから間明さんの様子がおかしいような?
動きも何か落ち着かないし口調だって変だ。あっ、まさかスイッチが入ってしまったのか?
「でも安心して!彼女の特別な魅力を引き出すのが私の仕事だから。その姿を見たら絶対、進藤ちゃんも彼女の才能に驚くことなるわよ!」
そう言うと間明さんはテンションマックスの状態で再び撮影に戻った。
やっぱり間違いない。間明さんスイッチ入って完全にオネェみたいになっちゃってる。こうなったらもう誰にも止められない。あー何で社長の知り合いは皆、変人で暴走しやすいのよ!!
「姫乃ちゃん!もっと自信もって心から表情を作ってみなさい。今の貴方はマネキンと同じよ」
「マネキン……?」
「そうよ。ただマネキンが綺麗に着飾ってる様にしか見えないのよ。このままじゃ、誰かの記憶には残っても、誰の心にも残らないのよ!それじゃぁ、そこら辺のモデル達と一緒なのよ。貴方はそれでもいいの?」
その一言を受けた俺は自分でも分からない感情が自分の中に芽生えた。少し前までは正直、言われた通りにやってその場さえ凌げればいいと思っていた。俺が男だという事がバレないようにする為でもあるが、この仕事に対してまだ余りプライドも誇りもなかったからだ。
何故なら今の自分に余り実感が無かったから。
この仕事と出会ったきっかけも普通ではあり得ないような突然なものだったし、始めるきっかけも金目当ての不純な理由だった。だとしても今は才能溢れる一人の女性モデルとしてここに立っている。
ただの女性のなりきりごっこが現実になろうとしているのだ。
だったら最後まで本気でやり続けるしかないじゃないか。このなりきりをただのごっこで終わらせない為にも。今の俺には男としてのプライドは無い。
そこにあるのはただ一つ。
それは、絶世の美女であり天才モデルの姫乃皐月としてのプライドだけだ。
俺の頭の中には様々なモデルや女優の姿が鮮明に刻まれている。俺の女装を完璧にする為には頭の中にいるその者たちの様にに完璧になりきらなければいけない。
だけどそれだけじゃダメだ。
このままでは女性の目線でしか表現する事が出来ない。これじゃ本当にただのマネキンだ。だから俺はそれに、男性目線としての姿も同時に表現する。これができれば俺のごっこ遊びは本当の現実になるに違いないだろう。だって、こんな事を考えるのはきっと俺だけだから。
なりきることで俺は、いや、私は完璧に成り切ってみせる!
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