11 それぞれの定めへと

 あの歌には、もう少し続きがあった。少女たちがごまかしたと言う訳ではなく、二楽句の繰り返しの方が周辺が参加しやすいから、それが習わしだということだったらしい。


「デン爺さんがね、あの歌を哀悼歌だと言ったんだ」


 クラーナは呟くように言った。


「そう解釈もできるかな、と思った程度だったんだけど。三楽句目を聞いて、もう少し判ったような気がしたよ」


「ほう」


「見るな、と言うんだ」


 静かな口調で詩人は続けた。


「黒金の精霊を見るなと。見つけるな、呼ばれるな、とね。――美しかったもの。あの花と蝶は。僕は、コトや君がいなかったら、あの蝶について森の奥、それとも……どこか違う世界へ、行ってしまったかもね」


「詩人だな」


 オルエンはそれでまとめた。


「少年や私がいなければ、お前があの森へくることはなかっただろう」


「いいんだよ、そういう実際的な問題は」


 クラーナは顔をしかめる。


「あの蝶がリアーの魂だと決めつけはしないよ。でも、あれは心を持っていて、そしてとても、美しかった」


 吟遊詩人はあの光景を思い浮かべた。歌が創れそうだと思い、だが、創らないでおこうとも思った。意図的に言葉にしてしまうと、壊れてしまいそうな気がする。自分の心にそっと秘めておこう。そしていつか、その歌が芸神エレートの降臨のようにやってきたときに、初めて詩を紡ごう。


「それで、全曲を知った故、朝からわざわざかの老人のところへ歌いに行ってきたのか」


「だって、彼の聞きたかったのはきっと全曲だもの。それに」


 詩人は言ってから、ちろりと魔術師を見た。


「コトが目覚めていなかったら、君には約束通り、踊ってもらわないとならなかったし」


 その言葉にオルエンは笑った。だがそれは、クラーナの言を面白がったと言うのとは少し違うようだった。


 ――くる、とクラーナはぴんときた。


「私が踊るときは、セリ・クラーナにお相手いただきたいものだ」


「……そうきたか」


「何?」


「何か言うんじゃないかと、気づいたんだよ。でも」


 そうくるとは思わなかった、と詩人は顔をしかめた。まだ、この〈鍵〉の言動は読めない。


「今夜にでも、君に全曲を聞かせてあげるよ」


 要らん、と返ってくるかと思いきや、オルエンは考えるようだった。


「ジャファラールとの関連性は認められないが、いったい何者がそのような歌を作ったものか、その考察の役には立ちそうだな」


「では」


 その研究精神に少し呆れながら、クラーナはいまから演奏をするかのようにお辞儀をした。


「喜んでお聞かせいたしましょう。どうぞお楽しみに。お望みでしたら、ほかにも何曲か」


「好きにしろ」


 魔術師は言って、片頬を歪めた。


「ただし、砂漠の魔法使いの歌は、もう要らんぞ。最後まで聞いたが荒唐無稽だ」


 聞いていたのかとクラーナは少し驚き、少し満足をして、「荒唐無稽」が聞いて呆れる、とも少し思った。


「でも、最高だったろう?」


「きつい洒落だ」


 肩をすくめる白髪の魔術師が真に〈砂漠の塔〉の主で、しかし歌のように砂漠を支配などしていない、というようなことをクラーナが知るのは、まだ先だ。いまのクラーナは、これでオルエンの「砂漠」に関する冗談を抑えられたかもしれないな、などと思うだけだった。


「それじゃ、もう行こう」


 詩人は行く先を示すように手を差し伸べた。


「僕らの道は南に通じてるよ。まずは〈ビナレスの臍〉を目指そうじゃない」


「〈臍〉だと? あの賑やかしい街に行けと言うのか」


「嫌なら帰っていいって言ってるだろう」


「私はお前といることにしたのだ」


 リ・ガンの〈鍵〉はそう言った。


「六十年に一度の面白いものを見損なうのはいささか悔しい故」


「人外扱いはご免だけど、幽霊見物を逃させたのは僕のせいもあるし」


「幽霊ではないと」


「はいはい。お詫び代わりにいくらでも観察をどうぞ」


 繰り返される訂正を遮って、クラーナは気軽に答えた。


「時間は一年も、あるんだからね」


 もっとも、と詩人は言った。


「百歳の君には、一年間なんてあっという間なのかな?」


 オルエンはそれには答えず、黙って黒ローブを翻した。


 昼の光にも、その色は不吉。


 ――いや、と詩人は思った。


 そのなかに何があるか、誰がいるか、知っていればそれでいい。


 彼らの旅ははじまったばかり、それともまだはじまっておらず、行く手に起こる波乱をいまだクラーナは知らない。オルエンも、また。


 初めて会った場所を通り抜け、ふたりはサルフェンの町を出た。遠く、翡翠の宮殿を目指して。


 それは、翌年の〈変異〉の年に起きる彼らの大いなる転換点を越え、その遠く先にまで続く、それぞれの定めへと進む道でもあった。




  春の夜 花の夜


  黄金の月 光る夜




  見てはならない その花を


  心閉ざせよ 目を閉ざせ


  黄金の精霊 気づかすな


  黄金の精霊 怒らすな




  ひとつ ふたつ みっつ


  三番目の麦 花開く


  ひとつ ふたつ みっつ


  月の光に 花開く


  花開く月夜


  踊る黄金の精霊


  見れば呪いがふりかかる




  月の夜 花の夜


  黄金の精霊 踊る夜




  見てはならない その花を


  心閉ざせよ 目を閉ざせ


  黄金の精霊 怒らすな


  黄金の精霊 見つけるな




  ひとつ ふたつ みっつ


  満ちきた月の 花開く


  ひとつ ふたつ みっつ


  甘い香りの 花開く


  舞うは黒金の影


  見れば闇夜に 結ばるる


  


  見てはならない まぼろしを


  心閉ざせよ 目を閉ざせ


  黒金の羽根を 見つけるな


  黒金の羽根に 呼ばれるな




  ひとつ ふたつ みっつ


  月の闇夜に 花開く


  ひとつ ふたつ みっつ


  甘きあぶくに 心飛ぶ


  帰らぬは黄金の精霊


  見れば心が 奪わるる

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