10 君はいったい

「魔術師じゃないと言い張り、百歳だの砂漠だのと奇妙なことばかり言い続ける〈鍵〉殿」


 彼は、奇妙な魔術師をじっと見た。


「僕は君を忌まわしいとは、思わないよ」


 オルエンはにやりとした。


「礼を言うか?」


「要らないね」


 ひらひらと詩人は手を振った。


「でもここの人々も、魔術師に対する悪印象を払拭したんじゃないかな。何しろ君は獣人に関する警告をしたし、でも怖がらせないようにはぐれ者だったと繰り返したし、加えて、祭りを台無しにしないよう、もう一晩、守りの術とやらもかけてやった」


「〈盗賊と魔術師の善意には気をつけろ〉と言うがな」


「へえ」


 クラーナはにやりとした。


「君は魔術師じゃない、んだろう?」


 言われたオルエンは苦笑した。


「でもまだ『魔法使いは悪い人』という感覚が完全になくなった訳じゃないだろう。なのに君は結局、またこれを着るし」


 クラーナは手を伸ばすと、オルエンのローブを掴んだ。


「祭りの夜故、を受け入れてやったのだと言っているだろうに」


 オルエンはそう言ってクラーナの手を振り払おうとしたが、詩人がそれに素直に従わないので片眉を上げた。


「何だ」


「オルエン。これさ」


「だから、何だ」


「……すごく、上等なものだよね」


 彼は手触りのいいその生地からゆっくりと手を放し、昨晩の疑問をぶつけることにした。


「君はいったい、何をして稼いでるの。何か、真っ当でない手段かい」


「どういう意味だ」


 オルエンは眉をひそめる。


「ああ、黒魔術師かなどと馬鹿げたことを言っておったな。その続きか。毒薬を作って闇組織にでも高く売りつけておるとか、そのような妄想を繰り広げたのか」


「毒に興味はないと言ってたじゃないか。それに、そこまで具体的に何かを考えた訳じゃないよ。ただ普通に生活をしている分には、そんなに質のいい着物なんか滅多に手に入らないか、余程のときでないと袖を通さないもんだ。たとえば、そうだね、それこそ祭りの日だとか何かの儀式のときとか」


「馬鹿な」


 オルエンは、すっかり定番である返答をした。


「よいものを手にしておいてそれをしまい込んでおくなど、意味がなかろう。普段はわざわざ質の悪いものを身につけろと言うのか?」


「違うよ、そんなことを言ってるんじゃない。話がすり替わってるね。やっぱり、ごまかさなけりゃならないようなことをしてるのかい」


「すり替えた覚えなどない。何を訊きたいのか、お前がはっきりさせないのが悪いのではないか」


「あ、そう。僕が悪い訳」


 クラーナは鼻を鳴らした。


「ちゃんとはっきり尋ねたと思うけどね。どうやったらそんな高級品を普段着にできるほど稼げるのかって」


「詩人にはできんぞ」


「真似がしたいんじゃないよ!」


 これが話のすり替えでなくて何だ? クラーナは抗議の声を上げたが、冗談だと言うように、或いはうるさいと言うように、オルエンは片手を上げた。


「簡単なことだ。魔術を売る」


「……どうやって」


「たとえば、見栄っ張りの金持ちの部屋に、灯りの術をかける。夜になって燭台に火を入れずとも、昼のように明るくする術だ。この手のことは依頼を受ければ魔術師協会でもやるが、連中は魔術師を派遣するという形を取り、術の切り売りはしない。私はそれを年単位で売ってやる。総額にすれば毎日魔術師を雇うよりも高いが、世の中には金を余らせて生きている奴らがおってな」


「灯り」


 クラーナは目をしばたたいた。言葉遊びではないが、暗いどころか、明るい話だ。


「魔術の品に力を補充することもある。命令で踊る玩具の人形というような他愛のないものでも、金持ち連中はそれを自慢の種にしておる。言うなれば修理屋のように、術が切れれば動かなくなるそれを直してやる。何でもかんでも直してやる訳でもない。私の琴線に触れるものだけだ。だが、一年に一度か二度そういったことをやれば、衣食は充分にまかなえる」


 「衣」はこれだし、「食」は屋台でもかまわないようだったが高級酒楼に行くというようなことも言っていたな、とクラーナは思い出す。どれだけ吹っかけているのだろうか――と少し呆れたが、それよりも言ってやりたいことがあった。


「それでいて『魔術師ではない』」


そうだアレイス


 ちっとも悪びれずにオルエンは答えた。これが「美声を失った詩人」と同格であれば、失う前は神々と語り合ったと言う伝説の吟遊詩人ツゥラス並みだ。やはりこの相棒にはいくらか誇大妄想――と言って悪ければ、ほら吹きの資質があるに違いない。


「まあ、少なくとも犯罪ではない、ということは判ったよ」


 どこまで本当なのか彼にはいまひとつ掴みかねたが、怪しげな薬を作ったり人を呪ったりしている、という返答でなかったことをよしとすることにした。


「いつか、見せてくれよ」


「何をだ」


「君の琴線に触れた、玩具の人形」


「機会があればな」


「それから」


 ふと思いついて、クラーナはにやりとした。


「砂漠の塔」


「機会があればな」


 全く同じ調子で、魔術師は返した。少しくらい、冗談であるという雰囲気を滲ませればいいのに、とクラーナは思った。


「さあ、一年に一度の君の用事は済んだし」


「済んでおらん」


「判ったよ。済まなくても来年か再来年に持ち越し。〈三穀祭〉はもう一晩詩人をほしがるかもしれないけれど、それは僕である必要もない」


 クラーナは昨夜の祭りを思った。


 半刻の不在を彼は休憩だと告げ、再び歓迎をされた。吟遊詩人を目指していると言う若者に演奏の手ほどきをし、一緒に歌った。伴奏の要らない町びとたちの歌声で、踊りもした。


 そして、もうすっかり聞き覚えた〈月の花〉の歌。


「もう一楽句、あったんだ」


「何がだ」


「クリエランと精霊の歌さ」

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