04 少し、判ったようだよ
「何を疑っておる」
「疑うだって?」
「そうであろう。お前のその態度が疑っていると言わないのであれば、私は黒ローブを脱いでやってもいい」
「それだ」
クラーナは指を弾いた。
「脱いでもらうよ」
「何?」
「いまの売り言葉の話じゃなくてね。君がその姿でうろつくと、心を痛める人々がいるんだ」
詩人は彼の知った物語をかいつまんで聞かせた。知ったことではない――とでも返ってくるかと思いきや、意外にもオルエンはうなずいた。
「よかろう。では、この町のなかは歩かんことにする」
「……素直だね」
「そうしてほしいのだろうが」
「そうだけど。反論がくると思ったよ」
「魔術師というものが気味悪がられるのは、余所の町では普通のことだ。強い理由があればなおさら」
「へえ、常識も、少しはあったか」
「何?」
「ううん、余所の町では普通、だって? それじゃ君の故郷は」
どう言おうか、彼は少し考えた。
「君の故郷は、よっぽど偏見のない、それはいい町だったんだろうね」
その言葉にオルエンは、片頬を大きく歪めるにとどめた。
「しかし、〈三穀祭〉前後に目撃されたという影のことは気になるな」
故郷について言及する代わりに魔術師はそんなことを言った。クラーナは首を傾げる。
「君が気にするの? もしかして、ほかの魔術師とか?」
「そうではなかろう」
オルエンは手を振って否定した。
「だが、思い当たるところはある」
「何だって? いったい、リアーは何を見たって言うんだ」
「知らぬ。彼女が見たものは、彼女だけが知る」
「はいはい、判ったよ。それじゃ、君は、彼女が何を見たと思う訳」
これならいいだろ、とクラーナは言った。
「いちいち網目を小さくする奴だな」
オルエンは少し呆れたようだった。
「詩人は言霊を商売にする、か」
「それはどういう意味。褒めてるの、けなしてるの」
「どちらでもない。ただの事実だ」
「いかにも魔術師だね」
「私は魔術師ではないと何度言わせる」
「君が魔術師じゃないなら、僕は大音痴だよ」
黒ローブを着て、いきなり背後なり目前なりに現れる人間のどこをどうしたら「魔術師ではない」と言えるのだ。
「そのことは説明をしただろう。もっと判りやすく言ってやらねばならんのか?」
「言ってもらいたいもんだ」
挑戦的にクラーナは返した。オルエンは鼻を鳴らす。
「では、お前が何らかの形で声を失ったとする。喋れないというほどでなくてもいい、いまのように低音から高音まで自在に使いこなすことのできない喉の病にかかり、もう二度と治らないとなる。ただ歌うことは可能でも、とてもいまのようには歌えなくなる。それでもお前は自身を吟遊詩人だと言い張るか?」
「……それは」
それは、判りやすかった。喉には気を遣っているが、旅の間には
「少し、判ったようだよ」
「ならばよい」
オルエンは肩をすくめてそう返答したが、クラーナが黙ってしまうと少し居心地が悪そうだった。
「ええい、しょんぼりとするな、気味の悪い。想像の翼を広げて落ち込んだのなら、それ以上飛ぶのはやめておけ。お前はそのような病にはかかっておらんのだし、その徴候もない」
「……それは」
クラーナはまた言った。
「慰めてくれたのかな」
「好きに思え」
どうでもいいとばかりに魔術師は言い、詩人は少し笑った。
「娘が見たものの話だったな」
悪かったとでも思ったのだろうか。意外にもオルエンの方から話を戻してきた。
「それはおそらく、私の求めるものだ」
「……毒の花ってのは、動物みたいに動くのかい」
胡乱そうにクラーナが言えば、オルエンは馬鹿にするような目つきで詩人を見た。
「私が、その花自体や毒を求めるのだと言ったか?」
「じゃ、何を求めるのさ」
「それに引き寄せられるものを待っておる」
「花に誘われる蜂やら蝶やらでも待ってるのかな」
今度はクラーナが馬鹿にしてやった。
「昆虫採集の趣味がおありとはね」
「採集などはせん」
オルエンは手を振った。
「じゃあ観察?」
「そのようなところだ」
オルエンは肩をすくめた。はっきりしない返答に、クラーナはまた苛つかされる。あまり上手ではない慰めの言葉に「悪い奴ではないかもしれない」と感じたものも吹き飛んだ。いったいこの自称魔術師ではない魔術師は、どこまで人を馬鹿にするんだろうかと。
「説明になっていない説明で人をはぐらかす、やっぱり君は魔術師だよ」
「口ばかり達者、たとえ声を失ってもお前は詩人だな」
この調子でどうやったら一年間仲良くやっていけるものか。クラーナはまだ見ぬ〈翡翠の女王〉にこっそりと呪いの言葉を吐いた。
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