04 当たり前だろう
「呆れたね」
きっぱりとクラーナは言った。
「思わせぶりなことばかり言って、何も知らないって言うのかい」
「
オルエンは悪びれなかった。
「知っているふりをするのは、簡単。だが、それに何の意味がある?」
「僕を勘違いさせるくらいの効果は、あったみたいだね」
「拗ねるな。知っているふりをしたつもりなどない。気を悪くさせたならば謝ろう」
「ちっとも悪いと思っていない声でそんなことを言われても、誠意が感じられないと返すだけだよ」
「誠意」
オルエンは面白そうな顔をした。
「謝罪には、誠意が要るか」
「要るだろう、普通」
「そうか。なかなか、面白いものだな」
「面白くないけど。僕は」
そう返しながらクラーナは考えた。謝罪が面白い? 誠意が要ることが面白い? どちらにせよ、理解しがたい感覚だ。
余程いい家にでも生まれていて、何を言っても許される立場であったとか、そうしたことだろうか? あまりそういう感じもしないのだが。
「
クラーナが言うと、オルエンはわずかにぴくりとした。
「
「言わないよ、
そう言いながら、驚いた。彼は本当に、知らないのか?
「ふむ、ヴィエルか。それが、どうした」
「どうしたもこうしたも」
本当に、知らないのか。内心で繰り返しながら、クラーナは首を振った。
「じゃいったいどうして……ああ、『見えるものは仕方ない』だっけ」
「
「それでいて、『魔術師ではない』」
「
ふん、とオルエンは鼻を鳴らす。
「このようなささやかすぎる力で魔術師などと名乗れるか。笑い者だ」
「その辺りは、よく知らないけどさ」
「僕は眠れる翡翠を求めて旅をする。君は、僕の〈鍵〉。説明をする前に納得してくれているみたいなのは、助かるけども」
もし〈鍵〉が何の啓示も受けていないのであれば、リ・ガンの最初の仕事はその説得ということになる。
実際のところは、〈鍵〉が納得しようとしなかろうと〈鍵〉は〈鍵〉で、それが「在る」だけでリ・ガンは力を得る。だが、同じ女神に選ばれた同じ定めの持ち主だ。納得をしてもらった方が、快い。
幸いと言うのか、オルエンに「説得」の部分は不要のようだ。それでも、説明は要るらしい。
クラーナは、不可思議な夢を言葉にして話した。それから自身の感覚を。オルエンは興味深そうにそれを聞く。
「面白い」
と魔術師ではない魔術師は言った。
「そのような伝承は聞いたことがない」
「特に派手なところのない旅だもの。物語にはならないかもね」
少し残念そうにクラーナは言った。
「〈変異〉の年の穢れを払う、か。魔術師どもには恨まれそうだ」
どこか自嘲気味にオルエンは言って、笑った。
「よかろう。ではどこに行く。アーレイドか、カーディルか」
「まずは、
リ・ガンは答えた。
「翡翠の女神様は君の前に顕現してないんだろうけど。まずは彼女の宮殿に拝謁に伺わないと」
「宮殿とな。ならばむしろ」
オルエンはにやりとした。
「翡翠の女王だな」
「女王」
クラーナは繰り返した。
「成程ね。適切な感じがするよ」
「だが、私は行かんぞ」
〈鍵〉は玻璃杯に琥珀色の液体を揺らしながら言った。
「――行きたくないというのなら、それは仕方のないことかな」
そう。リ・ガンは〈鍵〉の意思に影響を受けるが、逆はない。それは、そうであってかまわないからだ。何も〈鍵〉はリ・ガンと一緒に〈変異〉の年を過ごさなくてもよい。そうであってもリ・ガンはリ・ガン、〈鍵〉は〈鍵〉。
だが少し残念な気がした。一緒に奇妙な出来事を経験する仲間なのだと思っていたのに。
それに、ひとり旅は気儘でよいが、誰も彼の歌を聞いてくれないままで幾夜も過ごす街道筋の旅は、いささか味気ない。オルエンの「価値観」を変えさせるためにも、旅の間中、毎晩歌ってやるというのはいい考えだと思ったのに。
もっとも、本当に歌嫌いであれば、嫌がらせにしかならないだろうが。
「そうは言っておらん」
だが白髪の若者は首を振った。
「私はまだ、このサルフェンに用事がある。それを済ませぬうちは、宮殿だろうが神殿だろうが、行かぬと言っているだけ」
「用事って、何だい」
小さな町だ。村と言ってもいいくらいの。
「誰か、尋ね人?」
「近い。だが違う」
オルエンはそんな言い方をした。
「あと三日経てば、何がある?」
「三日だって?」
クラーナは暦を思い返しながら指を折った。
「……月が変わる、ことくらいしか思いつかないけど」
「よかろう」
オルエンはうなずいた。
「詩人は、魔術師ではないということだ」
「当たり前だろう」
呆れたようにクラーナは言った。
「で、何があるのさ?」
「満月だ」
ふん、とオルエンは鼻を鳴らす。
「別に珍しくもないだろ」
クラーナはそう返した。何しろ満月など、毎月やってくるものである。
「
まるで詩人の心を読んだかのように魔術師は言った。
「だが、次の満月は一年に一度しかやってこない。つまり、三日後を逃したらまた来年赴かねばならんことになる。急ぎはしないが、来年には興味をなくすやもしれん。となると、やはり三日後しかない」
「何の話?」
はっきりしない言い方に苛ついた様子を見せないようにしながら、クラーナは問うた。
「『告げたところで判るまい』、かな」
オルエンが言いそうなことを先取ってやると、〈鍵〉は特に悔しそうな様子もなく、ただ肩をすくめた。
「判っておるではないか」
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