04 当たり前だろう

「呆れたね」


 きっぱりとクラーナは言った。


「思わせぶりなことばかり言って、って言うのかい」


その通りアレイス


 オルエンは悪びれなかった。


「知っているふりをするのは、簡単。だが、それに何の意味がある?」


「僕を勘違いさせるくらいの効果は、あったみたいだね」


「拗ねるな。知っているふりをしたつもりなどない。気を悪くさせたならば謝ろう」


「ちっとも悪いと思っていない声でそんなことを言われても、誠意が感じられないと返すだけだよ」


「誠意」


 オルエンは面白そうな顔をした。


「謝罪には、誠意が要るか」


「要るだろう、普通」


「そうか。なかなか、面白いものだな」


「面白くないけど。僕は」


 そう返しながらクラーナは考えた。謝罪が面白い? 誠意が要ることが面白い? どちらにせよ、理解しがたい感覚だ。


 余程いい家にでも生まれていて、何を言っても許される立場であったとか、そうしたことだろうか? あまりそういう感じもしないのだが。


翡翠ヴィエル


 クラーナが言うと、オルエンはわずかにぴくりとした。


翡翠ヴィエルラ、と言ったか?」


「言わないよ、かわせみの話なんてしてない。ぎょくだよ、緑色の」


 そう言いながら、驚いた。彼は本当に、知らないのか?


「ふむ、ヴィエルか。それが、どうした」


「どうしたもこうしたも」


 本当に、知らないのか。内心で繰り返しながら、クラーナは首を振った。


「じゃいったいどうして……ああ、『見えるものは仕方ない』だっけ」


その通りアレイス


「それでいて、『魔術師ではない』」


その通りだアレイス


 ふん、とオルエンは鼻を鳴らす。


「このようなささやかすぎる力で魔術師などと名乗れるか。笑い者だ」


「その辺りは、よく知らないけどさ」


 魔術師協会リート・ディルはどんな小さな魔力を持つものでも「魔術師」とすると聞いたが、オルエンが言うのはそういうことではないらしい。魔術師には、そうではない者たちが知らない格付けのようなものでもあるのだろうか。


「僕は眠れる翡翠を求めて旅をする。君は、僕の〈鍵〉。説明をする前に納得してくれているみたいなのは、助かるけども」


 もし〈鍵〉が何の啓示も受けていないのであれば、リ・ガンの最初の仕事はそのということになる。


 実際のところは、〈鍵〉が納得しようとしなかろうと〈鍵〉は〈鍵〉で、それが「在る」だけでリ・ガンは力を得る。だが、同じ女神に選ばれた同じ定めの持ち主だ。納得をしてもらった方が、快い。


 幸いと言うのか、オルエンに「説得」の部分は不要のようだ。それでも、説明は要るらしい。


 クラーナは、不可思議な夢を言葉にして話した。それから自身の感覚を。オルエンは興味深そうにそれを聞く。


「面白い」


 と魔術師ではない魔術師は言った。


「そのような伝承は聞いたことがない」


「特に派手なところのない旅だもの。物語にはならないかもね」


 少し残念そうにクラーナは言った。翡翠の宮殿ヴィエル・エクス。きれいだが、波瀾万丈は望めそうにない。


「〈変異〉の年の穢れを払う、か。魔術師どもには恨まれそうだ」


 どこか自嘲気味にオルエンは言って、笑った。


「よかろう。ではどこに行く。アーレイドか、カーディルか」


「まずは、宮殿エクスに」


 リ・ガンは答えた。


「翡翠の女神様は君の前に顕現してないんだろうけど。まずは彼女の宮殿に拝謁に伺わないと」


「宮殿とな。ならばむしろ」


 オルエンはにやりとした。


だな」



 クラーナは繰り返した。


「成程ね。適切な感じがするよ」


「だが、私は行かんぞ」


 〈鍵〉は玻璃杯に琥珀色の液体を揺らしながら言った。


「――行きたくないというのなら、それは仕方のないことかな」


 そう。リ・ガンは〈鍵〉の意思に影響を受けるが、逆はない。それは、そうであってかまわないからだ。何も〈鍵〉はリ・ガンと一緒に〈変異〉の年を過ごさなくてもよい。そうであってもリ・ガンはリ・ガン、〈鍵〉は〈鍵〉。


 だが少し残念な気がした。一緒に奇妙な出来事を経験する仲間なのだと思っていたのに。


 それに、ひとり旅は気儘でよいが、誰も彼の歌を聞いてくれないままで幾夜も過ごす街道筋の旅は、いささか味気ない。オルエンの「価値観」を変えさせるためにも、旅の間中、毎晩歌ってやるというのはいい考えだと思ったのに。


 もっとも、本当に歌嫌いであれば、嫌がらせにしかならないだろうが。


「そうは言っておらん」


 だが白髪の若者は首を振った。


「私はまだ、このサルフェンに用事がある。それを済ませぬうちは、宮殿だろうが神殿だろうが、行かぬと言っているだけ」


「用事って、何だい」


 小さな町だ。村と言ってもいいくらいの。


「誰か、尋ね人?」


「近い。だが違う」


 オルエンはそんな言い方をした。


「あと三日経てば、何がある?」


「三日だって?」


 クラーナは暦を思い返しながら指を折った。


「……月が変わる、ことくらいしか思いつかないけど」


「よかろう」


 オルエンはうなずいた。


「詩人は、魔術師ではないということだ」


「当たり前だろう」


 呆れたようにクラーナは言った。


「で、何があるのさ?」


「満月だ」


 ふん、とオルエンは鼻を鳴らす。


「別に珍しくもないだろ」


 クラーナはそう返した。何しろ満月など、毎月やってくるものである。


その通りだアレイス。毎月やってくる」


 まるで詩人の心を読んだかのように魔術師は言った。


「だが、次の満月は一年に一度しかやってこない。つまり、三日後を逃したらまた来年赴かねばならんことになる。急ぎはしないが、来年には興味をなくすやもしれん。となると、やはり三日後しかない」


「何の話?」


 はっきりしない言い方に苛ついた様子を見せないようにしながら、クラーナは問うた。


「『告げたところで判るまい』、かな」


 オルエンが言いそうなことを先取ってやると、〈鍵〉は特に悔しそうな様子もなく、ただ肩をすくめた。


「判っておるではないか」


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