鼓動
@R-io
第1話
どうしようもない程に、鼓動が高鳴っている。何故、そんな現象に陥っているのか、僕自身も分からない。
そんな僕の目の前には、一人の少女が立っていた。少女は僕よりも明らかに年が離れている。では、この少女によって起因された現象なのか? というと、直感ではあるが、それは違う気がした。
ゆっくりと目を閉じ、思考を巡らせようとする。依然として、鼓動の高鳴りは治まらない。ぼんやりと、薄く広がる光の中、一つの手が僕の方へと伸ばしてきた。手に取るといとも簡単に折れてしまいそうな指。明らかにそれは、人間のものではない。
僕はその手から逃れるため、目を開ける。すると、先程の少女は僕の顔を覗き込んでいた。
「うわぁあ!?」
少女から離れるべく、僕は身体を後ろへと倒そうとする。が、しかし、背もたれのあるベンチに座っていたせいで、大した距離を取ることは叶わなかった。
すると、少女はいたずらっぽく笑い、僕の太ももにまたがる。小動物を乗せたような重さに気を取られていると、少女は僕の身体の両隣に手を置き、簡素な柱を建てた。ふわりと香る、まだ幼さが残っていると感じる柔和な乳の香り。そして、すぅすぅと寝息を立てるような、かわいらしい息づかい。
僕は体験したことのない感覚のせいで、心臓がはち切れそうな程に鼓動が暴れ、クラクラと視界が揺らぐ。少女の息づかいとは対照的に、僕の息づかいはとても人様には聞かせられないような、下品なものへと変化する。少女はそんな僕を目の当たりにしても、ピクリとも眉を動かさず、優しげな笑みを浮かべている。
身体に力が抜け、とある場所に熱が集中する。それがどうしようもなく情けなく感じて、僕は目を逸らそうとする。だが、少女は視線を逸らすことは決して許さず、ゆっくりと手を僕の首へと添わせた。
僕の首へ添えた直後、少女はじわじわと手に力を込める。その力は、段々と少女のものとは思えないものへと変化していく。異常さに気が付いたときにはもう遅く、乱暴に少女の手を引き剥がそうとしても、離れなくなっていた。力が加わるにつれ、少女の顔はボロボロと朽ち果て、見せた顔はこの世のものではなかった。
口は四方に引き裂かれ、目が合った場所は空洞になり、泥々とした汁が垂れている。僕の方へと伸ばした腕は、枝のようにか細い。僕はその変化にとても理解が追いつかず、このような状況下であるのに口角の両端は吊り上がっていた。
先程の一点集中していた熱は脳へと集まり、溶けてしまいそうな程に熱い。視界もその熱にあてられてチカチカと光っていた。
その熱が絶頂へと辿り着くと同時に、僕は意識が途絶えた。
仕事帰り、夕日が差し込む公園の前を通ると、ベンチには一人の男がぐったりとしているのが見えた。俺は、その男がまるで糸の切れた人形のように見え、いつもは通り過ぎるだけの公園に足を踏み入れる。ベンチのすぐ横には、男以外に一人の少女がうずくまって泣いていた。
「どうした、お嬢ちゃん?」
そう呼びかけると、少女は顔を上げる。チワワのような大きな瞳と目が合った途端、俺の鼓動は高鳴る。
「おじちゃん、ころしちゃったの」
少女は声をしゃくり上げながら、呟く。しかし、その殺したという男は少女の何倍も大きな体躯をしており、とても少女一人の力じゃ殺せないような印象を受ける。それに男の身体を動かして様態を見てみると、少女の手よりも遙かに大きな手の痕が男の首に刻まれていた。
もしかしたら、殺人現場に出くわしてしまった少女に誰かが口止めするように脅したのかもしれない。そう思い、俺は少女に問いかける。
「もしかして、誰かに脅されているのか?」
すると、少女は俯き、黙り込んでしまった。小さな身体は僅かに震えている。俺はそんな少女を見てられなくなり、少女の手を取ってなるべく恐怖心を取り上げられるよう、丸い口調を選ぶ。
「近くに怖い人がいるかもしれないし、とにかくここから離れようか」
通報はその後でいい、と変に楽観的な思考が巡りながら、俺達は公園を後にした。
鼓動 @R-io
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