第8話 食堂でオカンと呼ばれていた僕が、オカンと呼ばれる理由の話

 そうして一週間後。約束の時が来た。


「パトリ君、来たよ。もう入って大丈夫かい?」

「大丈夫ですよ」


 既に、依頼主じゃない常連さんですら入っているし。なんなら、おこぼれまで期待している。


「さて、今日は何を作ってくれるのかな」

「わらわわかるぞ! それは―—もごもご」

「はーい、駄目だよー先にいっちゃ。すいません。お楽しみってことにしててくれませんか」


 ネタバレしようとしたシャリテの口を押え、人差し指でしーっとジェスチャー。

 同じジェスチャーをするシャリテを微笑ましく思いながら、作業に取り掛かる。

 ニードルキャロットと、アントワーヌの近くにいたカメの背中に自生していた、カメネギ。それと貰ってきたジャガーを取り出す。

 ニードルキャロットはいちょう切り、カメネギはくし形切り、ジャガーは四等分に切る。

 鍋にミノ肉を入れ色が変わるまで炒める。

 色が変わったら一旦ミノ肉を引き上げ、先程切ったニードルキャロット、カメネギ、ジャガーを炒め始める。

 ジャガーがうっすら透明になるまで待つ。

 

「なんだろ。シチューかな」

「カレーじゃないっすか?」


 そんな様子をカウンターで見ていたカドリフォリエが、何を作っているか予想し始めた。

 確かに、この段階じゃまだ何になるかわからないだろう。

 だが、次の調味料で決まる。

 水、酒、海藻や魚介のうまみを閉じ込めた丸い球、砂糖をいれ落し蓋をして十分煮込む。

 十分煮込んだら落し蓋を外し、最初に炒めたミノ肉をここで入れ、さらに醤油をになるよう入れる。

 味をなじませるように、鍋のそこからすくい上げるにして五分煮込めば完成。

 炊き立てのご飯。と出来上がった料理をカウンターに置く。


「お待たせしました。ミノジャガーでございます」


 こうして、カドリフォリエはよく見たであろう。ミノジャガーを自信満々にパトリは提供した。

 出てきた料理を目の前にして、カドリフォリエは顔話見合わせる。

 それもそのはず、正直ガッカリしていた。

 町からは評判がよく、作っている最中もワクワクしていた。

 だがどうだ、出てきたのはミノジャガー。期待が高まっていたため、落差は大きい。


「オレっち食べなくていいですか?」


 ボヌールの一言に店内がざわつく。常連からしたら、食べる前からこの店が否定されているのだ。ざわつかないわけがない。


「私はそこまでは、いわないが……正直、何がしたいかわからない。あまり大きくないジャガー。しかも、形も悪い。なんで、これを提供してきたのか真意を問いたい」

「フォワちゃん……」

「許してほしいジュテーム。どうしても聞いておかなければならないんだ」


 パトリがなぜこれを作ったのか、しかも食材の目利きをしていないのではないか。そう思ったフォワは、止めるジュテームを気にせず問い詰める。

 しかし、それに対して何も答えず微笑むパトリ。

 パトリの料理に対する意味が分からず、イラつき始める中。


 ―—カチャ。


 と、スプーンが皿にあたる音が響く。


「エスポワールおまえ……」


 静かに一口。


「あっ―—」


 そして、何かを思い出したようにミノジャガーをご飯に乗っけて勢いよくかきこむ。


「————ッ」


 息を整えるために、一旦ご飯を置くエスポワールの頬に涙が伝う。


「ど、どうしましたかエスポワールさん?」

「食べて……みればわかる」


 席を立とうとしていたボヌールも、一旦座って一口食べる。


「これっ」

「パトリ君どうしてこれを……」

「そうですね……あ、その前に伝えないといけないことがあったんです」


『たまにでいいから帰ってきなさい』


 ほんの一種、一面のジャガー畑。小さな家で暮らしている母が見えた気がした。

 あり得ない、目の前にいるのは年下の男の子。なのに、どうしても母親の顔に重なって見える。

 涙のせいなのか、もっと他のことが原因なのかわからない。

 ただただ、懐かしい。

 貧しかったため、ご飯とミノジャガーがよく出ていた。

 売れない小さい、形の悪いじゃがいも。ご飯に合うように濃いめの味。

 本当に懐かしい。


「どうですかい。うまいでしょ?」

「はい、本当に」


 エトワーがエスポワールに絡みに行く。


「俺たちがオカンって呼ぶ理由だよこれが、ここにきてる奴はもう親がいないやつもいる。だけど、なんか。料理を食べてるときは覚えださせてくれるんだ、パトリが」

「今度久しぶりに帰るか」

「そうしましょうっす」

「そうだな」

「ですね」

「ただその前に、おかわりください」

「はいよ」


 目の前の男の子に敬意を表してオカンと呼ぶことにしたエスポワール。

 

「オカン! カドリフォリエの皆さんだけじゃなくて俺らにも同じものくれよ!」

「別で作るから待っててください! 常連の皆さんには、ミノジャガークロケット作るので待っててください。シャリテもエール運ぶおお願い」

「わかりました。です」

「にしても、こんな料理見たことないぞ」

「あー発祥の地が、倭国だからじゃないですかね?」


 ビーフシチューを作ろうとした過程で生まれた、ある意味失敗の料理らしい。こんだけおいしければ関係ないが。作ってくれた人には感謝している。

 

「依頼の方は達成でいいですか?」

「あぁ、ありがとう。これ以上ない料理だったよ」


 こうして、パトリはAランク。カドリフォリエの依頼を無事達成したパトリとシャリテだった。

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