第5話 食堂でオカンと呼ばれた僕が、ヴォワザン揚げを作った話
「す、すいません。シャリテさん……ここってどこですか?」
「魔族領のそこそこ危険区域に指定されてる場所。です」
「や、やっぱり! おかしいと思ったんですよ。どんどん森の奥に入っていくし、見慣れない景色になっていくし。おまけに危険区域に指定されてるって本当ですか!」
魔族領。人間領とは違い、危険な魔物が多く出没する場所。
そんなところに連れてこられて、慌てふためくパトリをよそにシャリテは冷静に説明する。
「危険区域といっても、魔族の子どもが近づかないようにするためのものだし。さほど危険じゃないぞ。です」
「ほ、本当ですか?」
「大人が子どもに対して、危ないところに行かないようにするための、嘘みたいなもの。です。そういった経験ないですか? です」
確かに。とパトリは納得する。
ヒガン花を摘むと、ゴーストに会う。という迷信がある。
だが実際は、ヒガン花には毒があり。その毒に触らないようにするために作られた迷信だとされている。
だから、ここの危険区域も何か理由があって名前が付けられたはず。
パトリはそう納得していた。
「じゃ、何しにここに来たの?」
「バジリスクを倒しにだけど? です」
「――は?」
パトリは絶句する。
バジリスク。聞いたことがある。
コカトリスと見た目はとても似ているが、バジリスクは蛇のような尾が本体で、逆にコカトリスは鶏の体が本体。そしてバジリスクの方が好戦的で凶暴だとか。
だから、さっきシャリテが言っていた迷信とは何だったのだろうか。と思ってしまう。
ちゃんと化け物みたいなのが出てくるではないか。
バジリスクなんて、Bランク冒険者四人で倒す敵。かなり強いはずだ。
「危険区域じゃないってさっき言ってなかった⁉」
「こんなの、そこら辺の蛇と変わらない。です」
「んな……わけ!」
「まぁ……黙ってみておれ」
前方から走ってくるバジリスクが見える。
相手もこちらをしっかりと敵として認識しているのか、一切減速をせず突っ込んでくる。
それを、迎える様にしてシャリテは右手の拳を少し引き、殴る体制をとった。
「いや、いや無理でしょ」
それが、パトリの率直な感想。
だが、その感想は粉砕される。バジリスクの頭とともに。
たった一回の殴打。しかし、あまりに早すぎるその拳は、パトリには到底見えなかった。
気づいたら、バジリスクは地面に頭をめり込ませながら倒れていた。
「何が起こって……?」
「目の前に来たら、頭の上に飛んで殴った。です」
さぞ当然だといわんばかりに説明をする。
ここで初めて、恐怖を感じた。自分が拾ったのは紛れもない化け物だと。
だがそれ以上に、ワクワクしていた。未だ知らないものに触れている高揚感を。
「シャリテって、すげぇな!」
少し胸を張り、満面の笑みでパトリを見る。
「だろ? です!」
「でもさ、なんか森震えてない?」
「あんだけ大きい音だしたんだから、仲間が寄ってくることくらい当たり前だろ。です」
宣言通り、続々と現れるバジリスク。
そしてそれをなぎ倒すシャリテ。
地獄のような光景に、放心状態になるパトリ。
「バジリスクタイムだぜ、ヒャッハー!」
「頭のネジ飛んでない⁉」
水のように優しく、花のように激しく。
震える拳で粉砕するシャリテの後ろで、ひたすらビクビクするパトリだった。
ひとしきり倒し終わった後。
「そういえばなんで、バジリスクなんて狩に来てるんですか?」
「よくぞ聞いてくれた!」
かなり興奮気味でパトリの手を握るシャリテ。
「ヴォワザン揚げって知ってるか⁉」
「は、はい知ってますけど……」
「作れるか⁉」
「ま、まぁ作れますけど……」
「あれが、大好物でな! ぜひ作ってほしいんじゃ!」
ヴォワザン揚げ。基本的には鶏のもも肉を挙げて作るが、これはバジリスク。こんな高級食材を触ったことないため、正直未知数ではある。
ヴォワザンという、魔族領の中心都市で作られたため。ヴォワザン揚げという名前が付いたらしい。
「でも、こんな量持って帰れません――よ?」
そんなことを言うパトリをしり目に、小さな四角いボックスに収納していく。
「え? 何それ」
「収納ボックス。です」
「聞いたことないんだけど……」
「魔力必須だけど、魔力に応じて収納量が変わるボックス。です」
何それすごい。
欲しいけど、絶対に使えないので宝の持ち腐れになることは確定欲しているので
グッとこらえる。
こうして、数十匹のバジリスクを持って帰ることに成功した。
〇 〇 〇
家に帰ってくるなり。パトリはバジリスクの解体を始める。
蛇のような尾はあるといっても、基本的な構造は鶏のそれだ。手早く作業していく。そうじゃないと、大きさが鶏の十倍以上ある大きな肉を駄目にしてしまうかもしれない。なるべく新鮮なうちに作業していく。
まず、血抜きのために頭を切り落とす。
いつもなら、ここから逆さに吊り下げて行うが、シャリテがいる。
重力魔法で血抜きの時短をしながら、流れ出る血を金属製の桶に溜める。
錬金術に、魔物の血を使うこともあるので、もしかしたら売れるかもしれない。
さらに、バジリスクの体が暖かいうちに羽をむしり取る。
風魔法で手伝ってほしかったが、どうやら苦手らしくこちらは手作業となった。
それが終わったら、内臓を取り出してやっと、調理できる形になる。
「どこの部位をつかうのだ? です」
「やっぱ、もも肉かな。他の肉は冷蔵庫かな」
「わらわが、冷凍保存もできて通常よりゆっくり時間が進む空間。作ってやろうか?
です」
「そんなことできるの⁉」
「わらわは、すごいからな! です」
「でも、風魔法使えなかったじゃん」
「使えないんじゃなくて、調節が難しいのだ! です」
そんな話をしながらパトリは、丁寧に肉を捌いていく。
ここまでしたら、大きなもも肉を持って厨房に入る。
シャリテは作業が見えるカウンターに座り、じっと何をするのか観察していた。
「見てて楽しい?」
「楽しいぞ。です」
「ならいいか」
まず、ゆっくりと包丁を入れていく。
捌いている時もそうだったが、バジリスク。魔物ということもあって、筋肉質で切りずらいイメージがあったが、そんなことはなく鶏と大差なかった。
シャリテ曰く。羽一本一本がとても硬く、それのせいで刃が通りずらいだけで、肉自体が普通なのはそういうことらしい。
一口サイズに切っていく。
この時に、小さい一口ではなく大きめにしておくと、噛んだ時に肉汁があふれておいしくなる。
切れたらボウルに移し、そこに酒、おろしショウガ、おろしニンニク、コショウ、ショウユを入れて混ぜる。
半分は、ドラゴンの爪パウダーをここで入れることを忘れない。もちろんシャリテの分だ。
さらに、漬けた状態で十五分ぐらいおいておく。
小麦粉と片栗粉を混ぜたものに、肉を付ける。
それを、いつも使っている揚げ油に投入。
この間に、最初の方で捕まえていたレタッスを一枚ずつ葉を洗って並べる。
入れた時より、泡が小さくなっていたらひっくり返す。
その様子をシャリテはまるで宝石を眺めるように、キラキラした目で見ていた。
そんな楽しそうにしていると、こっちも楽しくなってくる。
しばらくし、綺麗なきつね色になったので油から上げ、並べていく。
「何つけて食べる? レモン? それともマヨネーズ?」
「マヨネーズとは何だ?」
「あ、知らないのか。じゃあ食べてみてよ試しに」
シャリテ用に、先に揚げておいたヴォワザン揚げをマヨネーズを添えて渡す。
「あと、コメも。はい」
「ありがとう。です」
マヨネーズを付けて、恐る恐る口に運ぶシャリテ。
ザクっとおいしそうな音が店内に響く。
「はふはふ。もぐもぐ……」
ヴォワザン揚げを飲み込み一拍置いて。
「な、なんだこれはすごいおいっしいぞ! まずヴォワザン自体だが、文句ないおいしさだ。揚げたての熱々の状態で食べれることを幸せに思う」
「それはよかった」
「衣のザクザク感はもちろん、辛さもわらわ好み。更にこのマヨネーズと言うもの。これが、味をもう一段階高みへ上げている最高だ」
本当においしそうに食べるシャリテを見ていてこっちも嬉しくなる。
そんなシャリテを見ていて、自分のヴォワザン揚げを作りながら思い出した話があった。
「そういえばなんですが、ヴォワザン揚げで魔王の娘が暴れた話って本当ですか?」
「ゴホッゴホッ――な、何でそれ――いや。ど、どんな話じゃ」
「いやね、最近はいないんですけど。ちょっと前に来てた魔族の常連さんがね言ってたんですよ。ヴォワザン揚げが好きな魔王の娘さんが、揚げ加減が酷くてブチ切れて魔王城を少し壊したとかで」
「し、知らんがなぁ」
「えー。嘘だったんですかねぇ」
その話を聞いて、動揺を隠すためコメをかきこむシャリテ。
それに気づかないパトリだった。
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