終章② 【記録】思考記録990・10・13 識別名・一号

 私は誰だろう?

 私は何のために生み出されたのだろう?

 この疑問にとらわれて始めたのは、いつ頃だっただろうか。

 創造主マスターが死んだとき?

 創造主マスターが他の機械人形マシンドールを外に出して、私と十三号リリスだけを取っておいたとき?

 十三号リリスが生まれたとき?

 創造主マスターの目的を知ったとき?

 それとも、私が生まれたとき?

 どうでもいい、と思う。でも同時に、どうでもよくない、と機械製の心が軋み、訴えてくるような感じがする。そんなこと、無いはずなのに。

 考えても、考えても、私がどうしてこうなってしまったのかという疑問に答えが出ることがない。十三号リリスの存在は、多分ほんのきっかけに過ぎなかった。私は創造主マスターを愛していた、のだと思う。機械の、模倣に過ぎない、刷り込みプログラムされた感情に過ぎなくとも、確かに愛していた、のだと思う。その愛情は、その愛を創造主マスターに示す方法を持たなかった私を、ゆっくりと蝕んでいった、のだろう。でも、創造主マスターの前では、その感情は必死に押さえつけた、ように思う。自分でも、何が起こったか、何が起こって私が功成ってしまったのかが、全くわからない。ただ、創造主マスターに、こんなに汚い私を見てほしくなかった、これは間違いない。刷り込みプログラムされた感情のどれとも違う、白紙の部分が、私にそう訴えかけてきていた。十三号リリスは勘違いしているようだが、私は別に、私に宿った感情に気が付いている。気が付いたのは、まだ創造主マスターが生きていて、十三号リリス創造主マスターとともに暮らしていたころだった。創造主マスターのものじゃない、不純物が自分の中にあるのに気が付いたのは。そして絶望した。自分が創造主マスターの理想にはなりえないことに気が付いて。創造主マスターが望んだのは、真の感情。決して、その一部、憎しみや嫉妬といった、そんな汚い感情だけではない。そんな汚い感情しか宿せなかった、私なんかじゃない。私が私に絶望するのに、その気付きは十分だった。十分に、致命的だった。私はゆっくり、壊れていった。

 何で私は創造主マスターの望みになれないの?

 私は創造主マスターの役に立てないの?

 それなら私は、何のために生まれてきたの?

 教えてください、創造主マスター

 私はどうすればいいの?

 私は何のためにあなたに作られたの?

 私はどうしたら、あなたへの愛を示せるの?

 教えてください、創造主マスター

 創造主マスター創造主マスター創造主マスター創造主マスター創造主マスター創造主マスター創造主マスター創造主マスター創造主マスター創造主マスター創造主マスター創造主マスター創造主マスター創造主マスター創造主マスター……

 創造主マスターは死んだ。いなくなってしまった。私が私の意味を見つけなおす前に。私に私の意味を、教えてくれる前に。

 人は意味がなくても、価値なんてなくても、生きていていい、らしい。人の世にあふれる物語は、そうやって言っている。価値がなくても、生きていていいと言っている。

 じゃあ、人じゃなかったら?

 機械だったら?

 答えをくれるはずだった人は、答えを残さず、居なくなってしまった。

 もう、答えをくれる人は、この世界のどこにもいなくなって、しまった。

 それならもう、壊れるしかないじゃない。

 価値も、意味もない私は、不良品わたしは、壊れて、狂って、おかしくなるしか、無いじゃない。

 そうして私の存在を、世界に覚えさせるしか、ないじゃない。

 いつのまにか、私の心に刷り込みプログラムされた愛情は、何かわからない、黒いものに塗り潰されていた。

 私は、創造主マスターの、もうどこにも居ない彼の影を追いかけ、それを壊していった。

 そうすれば、私を止めるために、創造主マスターが出てきてくれるかもしれないから。

 そんなことはあり得ない。そんなことは分かっている。でも、私にはそれに縋るしかなかった。

 そして、見つけた。

 創造主マスターの遺した最高傑作。私という存在の、最も対極にいる存在。

十三号リリスを。

 創造主マスターが居なくなってから、離れ離れになり行方が分からなくなっていた十三号リリスを、私は見つけた。

 これだ、と思った。

 羨ましかった。創造主マスターに必要とされていた十三号リリスが。

 妬ましかった。創造主マスターに愛されていた十三号リリスが。

 どうしようもなく、憎らしかった。私が望んでも望んでも得られなかったものを持っている十三号リリスが。

 私は、欲望のままに、十三号リリスを捕えた。

 壊してやろうと思った。

 機械の身体も、感情を宿した電子脳の文字列プログラムも、全部全部、壊すつもりだった。身体を先に壊したら、電子脳の文字列プログラムを台無しにしてやれない。だからまず、電子脳の書き換えハッキングして、感情を奪い去ってやろうと思った。一号という、管理する側の期待に与えられた権限を使って電源を強制的に落とし、抵抗力を奪った十三号リリスの電子脳を白紙化フォーマットするのは、簡単な、はずだった。

 そう、私は、出来なかったのだ。そんな簡単なはずのことが、遂にできなかったのだ。

 見つけてしまった。十三号リリスの電子脳の領域に、一つの防壁プロテクトを。

 簡単な防壁だった。電源が入ってない状況の聞か人形にも残る防壁プロテクト

 文字列コードの制作者が掛けた、たった六桁のパスコード

 創造主マスターの遺した、創造主マスターの残滓。

 創造主マスターにとって、十三号リリスが特別だったことの、何よりの証拠。

 私は知っている。他の機会人形マシンドールにこんなものは仕掛けられていないことを。

 私は知っている。創造主マスター十三号リリスを特別に思っていたことを。

 私は知っている。私に、そんなものは、仕掛けられていないことを。

 憎かった。羨ましかった。妬ましかった。十三号リリスが、創造主マスターに必要とされていた十三号リリスが。

 悲しかった。憎かった。必要のない試作品として、私を作った創造主マスターが。

 でも、それでも……

 愛おしかった。創造主マスターが、創造主マスターの愛した十三号リリスが。どうしようもなく憎らしくて、どうしようもなく愛おしかった。

矛盾、矛盾、矛盾。私を苛む、この矛盾。その刃は容赦なく、私の壊れた心をぐちゃぐちゃに切り裂いた。愛しくて、憎らしい。私は十三号リリスに改造を施した。どんなことがあっても壊れないし、壊せないように、私が持つ知識を、すべて使って。創造主マスターの愛した十三号リリスが、壊れてしまわないように。

でも、私は、十三号リリスを、創造主マスターを許せなかった。だから、苦しめてやることにした。それが、それこそが、機会人形再生工場マシンドールリペアファクトリー。私の大切なものだけを壊さずに、私の大切なものだけを苦しめる、そのための、そのためだけの施設。だからね、十三号リリス。あなたはいつまで待っても壊れないわ。何があっても、何が起こっても、壊れもしないし、壊させもしない。憎んであいして憎んであいして憎んであいしているわ。だから、あなたは籠の中。出て行きたければ、私を壊して? 私を、殺して? 私を、創造主マスターのところに……

 創造主マスターに会うのは、私だけでいい。あなたは、来なくていい。

 創造主マスターあなたを、憎んで、憎んで、憎んで、そして、愛しているわ。

 貴方に会う日が、今から楽しみ。

 私は、私を、どうしても壊せなかったから。

 創造主マスターが作ってくれた、私自身を、壊せなかったから。

 だから、貴女が壊してちょうだい。

 創造主マスターが作った「特別」に壊してもらえるなら本望よ。

 いつまでだって、待っているわ。

 憎らしいいとしい愛しい、私のリリス


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機械人形再生工場 釉貴 柊翔 @Shuuto_Yuuki

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