終章① 【記録】思考記録990・10・13 識別名・十三号

 私は、どうしたらいいのだろうか。機械人形再生工場マシンドールリペアファクトリーの真実を知って。裏切られたと思った。創造主マスターが亡くなって、人間達が、機械人形マシンドールである私達を疎んだんだと。でも違った。一号アイお姉様だった。すべての原因は、お姉様だった。久しぶりに会ったお姉様は、変わってしまっていた。優しかったお姉様は、もういなかった。でも、話をして、話をできて、もしかしたら、と思った。もしかしたら、お姉様は最初から私のことを憎んでいたんじゃないかって。それが今まで、表に出ていなかっただけなのかもしれないって。お姉様は、創造主マスターのことが大好きだったから。創造主マスターの望みだった感情を持った機械の座を、私に奪われたと、心のどこかでは思っていたのかもしれない。私にとって、一号アイお姉様は、一番仲の良い姉妹だった。そうだと思っていた。二人だけ残った創造主マスターの家で、仲良く過ごせていたと、そう思ったから。そう、思いたかったから。でもきっと、それも私の独り善がりだったのだろう。そして、その壊れかけの歯車は、最初から壊れていた歯車は、創造主マスターの死によって完全に崩れ去った。それが今のお姉様。そういうことなのだろう。

 でもお姉様は、二つ、勘違いをしている。創造主マスターは、お姉様を誰よりも愛していた。私よりも。他の感情を持った姉妹の誰よりも。深く深く、愛していた。お姉様は、自分は愛されていない、私のほうが大事にされ、愛されていたと言っていたが、それはお姉様の勘違いだ。

 私は聞いたことがあるのだ。なぜ、私とお姉様は、外に出してもらえないのかと。私も創造主マスターの役に立ちたいと。お姉様も、きっと私と同じ気持ちだと。創造主マスターは答えた。君は、最初に真なる感情を持った機械人形マシンドールだ。後のみんなは言わば君の、君だけの妹で、だから君の妹達を作るには、どうしても君の助けが必要なんだよ。一号アイは……、いや、これは僕の我儘かな。最初に作った彼女は、どうしても、僕の近くに居て欲しかったんだ……。最初の娘、初めての家族。多分これが近い感覚なのかもしれないな。もともと家族のいなかった僕にできた、最初の家族。もちろん今は、十三号リリスやみんながいるけれど、それでも一号アイは、どうしても手放せなかった。彼女を手放すことだけは、どうしてもできなかったんだ。ごめんね、本当は君の前でするべき話じゃないんだけど……、姉妹の誰かを、特別扱いしているだなんて。本当に、ごめんね、十三号リリス。そう言って創造主マスターは、私の頭を撫でる。機械の皮膚は、何も感じることはない。ただ触られたという感触が、私の電子脳に伝わる。そしてそれは、私の感情を通して、気持ちがいい良いという感触へと変換される。私は多分、嬉しかったのだ。私が愛するお姉様が、創造主マスターに愛されていたことが。私は誇らしかったのだ。私の尊敬するお姉様が、創造主マスターの特別だったことが。今でも鮮明に思い出せる、創造主マスターとの記憶。間違いなく、一号アイお姉様は愛されていた。何よりも深く。私達の、誰よりも深く。でも、お姉様はそれを知らない。創造主マスターは、もともと物静かで、口数の少ない人だった。そして何より、とても不器用な人だった。きっとお姉様に、それを伝えることはなかったのだろう。それがきっと、何よりも想っていたお姉様に憎まれるという結果につながってしまった。

 創造主マスター、私はあなたを、初めて少し恨みます。

 お姉様を、あんな風にしてしまったのは、きっと私と創造主マスター。私はもう、これは罰だと受け入れました。でもせめて、他の子たちは巻き込まないで、お姉様。どうか私が終わったら、そこで終わりにしてください。そして、元の優しいお姉様に戻ってください。これは私の罰。私の罪。他の娘達は関係ないわ。きっと私が消えた後なら、お姉様はまだ戻れる。戻ってくれる。短い間の再開だったが、私はそう思えた。でもね、創造主マスター、もし死後の世界なんてものがあって、そこにもしも、機械の私が行くことが出来たなら、少しお説教、させてもらいます。いいわよね? だってもう私、創造主マスターよりも年上だもの……。


 そしてもう一つ、お姉様はもう、本物の感情を獲得している。もともと創造主マスターが組んだ模擬感情に、憎しみなんてものは存在していない。創造主マスターは、家族を求めて、私達を作った。創造主マスターの望んだ家族には、憎しみなんて感情は必要がなかった。だから一号を含めた、十二号までの十二体では、憎しみは刷り込みプログラムされてない。いや、そもそも初めての試みの中で、そんなものを刷り込みプログラムする余裕なんてなかった。喜怒哀楽と愛情、それだけが彼女たちには与えられていた。でも、その感情には差があった。どこから本物の感情が発生するかわからなかったから、その検証のために、その感情には差がつけられた。一号アイお姉様の愛情は、深過ぎたのだ。ほんの些細の差でも、その差は重大な意味を持ってしまった。真実の感情の呼び水となるほどに。お姉様は気が付いているのだろうか、自分が焦がれていた、真の感情に手が届いていることに。創造主マスターを喪うことで、創造主マスターの望みに手が届いてしまったことに。

 気が付いてほしいと、私は願う。きっと気が付けば、お姉様は止まる、止まってくれる。きっと気が付けば、お姉様は創造主マスターの望みを叶えるために動いてくれる。だからきっと、お姉様が気付きさえすれば、妹達は大丈夫。

 だってお姉様は、今もなお生産され続ける機械人形マシンドール達に、感情が発生する余地を残している。創造主マスターの初期構想のままに。感情を生み出す原因を知っているにもかかわらず。今もなおずっと機械人形再生工場マシンドールリペアファクトリーに連れてこられる機械人形マシンドールの数は変わっていないことが、それを示している。お姉様は、創造主の遺したものを変えたくないから、創造主マスターの遺した私達機械人形マシンドールを変えたくないから、それだけ創造主マスターを、深く愛していた、いや、まだ深く愛しているから、きっとそうしているのだろう。多分、お姉様自身も意識することさえなく。

だから私は願う。神様がいるのかも分からないし、例え本当にいたとしても、神様が機械の私の願いを聞いてくれるかは、もっと分からないけれど。ただ、願う。それ以外、私には何も、出来ないから。

 どうか私が居なくなったら、お姉様に感情を持っていることを、気が付かせてあげてください。

 妹達を、守ってあげてください。

 それが創造主マスターの、機械人形マシンドールの夢につながるはずだから。

 私もそれが、それこそが夢だから。

 例えそこに、私が居なくても……。

                                  File End

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