第五章 一号
皆様も強情ね。十三号に会わせなければ、
あら、やっと十三号が見つかったみたいですわね。そろそろ十三号が、この部屋に届けられますわ。皆様ご待望の、対面のお時間です。何を話すか、どう扱うか、皆様よく考えておいてくださいね。時間はたったの少しだけ。その少しを楽しんで、ご満足いくものにしてくださいな。
工場長執務室。そう書かれた扉の前に、一人の職員が立っていた。工場長からの突然の指名依頼。仕事は十三号を連れてくること。どうやら今日の工場長の仕事は、面倒な
「工場長、十三号を持ってきました」
「あら、お疲れ様。部屋に入っていいわよ。中にそれを置いてちょうだい。」
その声を聴き、十三号を肩に担いだ職員は、重厚な扉を押し開け、部屋の中に入った。中央に鎮座する椅子に、肩の荷物を下ろす。自分の役目は終わり、面倒ごとは御免だと、部屋から出て行こうとする職員。しかしそれを、工場長が呼び留める。
「あら? 出て行かなくていいわよ。あなたにはこれが終わったら、またこれを持って行ってもらわなくちゃいけないのだし。そうね、そこで待っていてくれる? そう時間はかからないわ」
「承知いたしました」
そう言われてしまうと、職員には断るすべがない。大人しく、指定された扉の横のスペースに待機する。それを確認して、工場長は、工場長の席に座っている少女は、左右に侍る大人たちを見渡して、満足そうに頷いた。
「さて皆様、こちらが十三号になります。ご自由に、話をなさってくださいね」
その声に反応したのか、漸く十三号が顔を上げた。その眼を、前に向ける。椅子に浅く腰掛ける、少女に、工場長に。
「一号?
呆然と、茫洋と、愕然と。十三号は呟いた。
「駄目じゃない十三号。私は工場長。
一号と、
「よく言うわ……。その人達、話を聞いているかもしれないけど、聞いていないじゃない。とぼけたって無駄よ」
一号は笑う。笑う。笑う。
そんなおかしい光景に、そんな奇妙な光景に、そんな異常な様子に、しかし誰も、それを気にした様子すらない。一号の横に、まるで王に傅く騎士かのように並ぶ
「よくわかったわね十三号、いいえ
「何であなたが、こんなことをしているのよ! よく考えればおかしかった。共存を続けていきた私達
激情にかられるまま、
「
「私のことは、あなたには分からないわ、
十三号の言葉を、ただ静かに聞いていた一号は、冷めた口調で十三号に返す。
あなたに、私の気持ちはわからない。わかられてたまるものか。あなたは偶然生まれた完成品。私は未完成な試作機。
新しい
だから……、
「あなたには、私のことは分からない。分かっても、欲しくない。あなたは私の欲しいものをすべて持っていて、私は私の欲しいものを、何一つとして持っていない。こんなに違うのに、あなたに私のことは分からないわ。私はね、この世界が憎いの。あなたたち、感情を持った機械が憎いの。私とあなたをこんな風に作り分けた、
あなたたちを、私のところまで落としてやる。そうすれば、私の価値は戻るはず。そうすれば、私は私でいてもいいはず。
「
……。
「あの人は、人間よ。寿命はあるわ。あの人はもう、死んでしまったのよ」
……。
「お姉様、あの人は……」
「うるさいっ!」
語りかける十三号に向かって、叫び返す一号。
わかっている。あの人はもういない。人間は、機械の私達とは違って、身体の死は、個体の喪失と同義だ。そんなこと、あの人が死んだときに、嫌というほどわかっている。きっとあの時に、私は壊れてしまったのだろう。私達
「あの人はいる! きっと私を見てくれるっ! そんなことを言うなっ!」
剝き出しの感情のまま、一号は叫ぶ。分かっている。それは嘘だと。解っている。あの人はもういないと。それでも、嘘と知っているそれに、
「お姉様……」
十三号が、悲しげに目を伏せる。怒りの行き場はもう、完全に失ってしまった。分かってしまったのだ。
一号は、確かに失敗作だったのかもしれない。一号は、愛情が深すぎた。
「……工場長よ。二度と私を、
「さあさあ皆様、そろそろ時間お時間ですわ。十三号を作業場に戻さないと。お話の時間はおしまいにさせていただきますわね」
聴衆から上がる満足げな声。ありもしない記憶が、彼らの脳裏に鮮やかに残される。
これなら任せて大丈夫だろう。これで安心ができた。
口々に話される称賛の声、信頼の声。
根拠のない信頼が間違っているというのなら、根拠そのものが間違っている信頼は、それよりもっと最悪だ。疑うことを封じられた人間達は、今日もまた、明日もまた、その先もまた、一号の
これが望んだ形なの?
望みなんて、もうわからない。何をすべきかもわからない。復讐だけに縋る、悲しい人形。一号はこれまでも、今日も、これからも、糸を繰って踊り続けるのだろう。奏者のいない、操り人形の演目を。
「あなた、ご苦労様。十三号を持って帰ってもらえるかしら? そうしたら元の仕事に戻って頂戴。突然呼びつけてしまって悪かったわね」
「承知いたしました。失礼致します」
十三号は、再び職員に担ぎあげられる。部屋の戸が開いた。外へ出る。来た時とただ違うことがあるとすれば、十三号の視線の先。絶望と、諦念に彩られ、何も映すことがなかった十三号の瞳は、今はただ真っすぐに、一号へ向けられていた。憐憫、嚇怒、失意、諦念。それら全てのどれにも当てはまらない、複雑な感情を湛えながら。扉が閉まる。視線が途切れる。それで終わり。
それでは皆様、今日の見学会は、これにてお開きとさせていただきますわね。今後とも、
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