第五章 一号

 皆様も強情ね。十三号に会わせなければ、資金提供スポンサードを止めるだなんて。強情で強引。でも私、そんな皆様が嫌いじゃありませんのよ。強欲、傲慢。それってとっても人間らしくて、私、結構好きですわ。その強欲さが、便利さの追求の果てに機械人形マシンドールを生み出した。その傲慢さが、わざわざ感情まで宿させた機械人形マシンドールに服従を要請した。皆様は、それがとってもわかりやすくて、とっても好ましい。そう、人間はそうでなくっちゃ。わかりやすい支配者。わかりやすい独善性。それこそが、人間にふさわしくて、機械人形マシンドールにはふさわしくない。皆様も、そうお思いでしょう? だから皆様、きっと私の工場に、資金提供スポンサードをしてくださっているのでしょう? だから皆様、この工場を見学してくださって、そんなにも楽しそうなのでしょう?

 あら、やっと十三号が見つかったみたいですわね。そろそろ十三号が、この部屋に届けられますわ。皆様ご待望の、対面のお時間です。何を話すか、どう扱うか、皆様よく考えておいてくださいね。時間はたったの少しだけ。その少しを楽しんで、ご満足いくものにしてくださいな。


 工場長執務室。そう書かれた扉の前に、一人の職員が立っていた。工場長からの突然の指名依頼。仕事は十三号を連れてくること。どうやら今日の工場長の仕事は、面倒な資金提供者スポンサー達の対応らしい。全くご苦労なことだ。できることならそんな面倒ごとにかかわりたくなかったが、工場長の指名依頼なら仕方ない。何があっても、断ることはできない。あれ、なんで工場長からの依頼は断れないんだ……? ふと頭に浮かんだ疑問は、何かに真っ白に塗りつぶされて、すっかり消え失せてしまった。何を考えていたんだっけ……? まあいいか、とりあえず仕事をしなきゃな。肩に担いだ廃品ゴミは、その重さをどっしりと自分の方にかけてくる。いくら技術の進歩だ、軽量化だなんだといっても、物には限度ってものがある。機械人形マシンドールは小柄な女性の体格を想定しているが、それでも総重量は体格のいい男性一人分ほどはある。最も持ちやすさでいえばだいぶ機械人形マシンドールのほうが楽なので、そんなに驚くほど大変なわけでもないが。そして十三号も、驚くほどに抵抗してこないので、普段他の機械人形マシンドールも同じように運んでいる職員にとっては、たいして大変なわけでもなかった。もう一度右肩の荷物を持ち直し、職員は工場長執務室と書かれた扉を数度たたいた。

「工場長、十三号を持ってきました」

「あら、お疲れ様。部屋に入っていいわよ。中にそれを置いてちょうだい。」

 その声を聴き、十三号を肩に担いだ職員は、重厚な扉を押し開け、部屋の中に入った。中央に鎮座する椅子に、肩の荷物を下ろす。自分の役目は終わり、面倒ごとは御免だと、部屋から出て行こうとする職員。しかしそれを、工場長が呼び留める。

「あら? 出て行かなくていいわよ。あなたにはこれが終わったら、またこれを持って行ってもらわなくちゃいけないのだし。そうね、そこで待っていてくれる? そう時間はかからないわ」

「承知いたしました」

 そう言われてしまうと、職員には断るすべがない。大人しく、指定された扉の横のスペースに待機する。それを確認して、工場長は、工場長の席に座っている少女は、左右に侍る大人たちを見渡して、満足そうに頷いた。

「さて皆様、こちらが十三号になります。ご自由に、話をなさってくださいね」

 その声に反応したのか、漸く十三号が顔を上げた。その眼を、前に向ける。椅子に浅く腰掛ける、少女に、工場長に。

「一号? 一号アイお姉様?」

 呆然と、茫洋と、愕然と。十三号は呟いた。

「駄目じゃない十三号。私は工場長。一号アイだなんて、紛らわしい呼び名で呼んじゃ駄目よ。皆様が聞いているのだから」

一号と、一号アイと呼ばれた少女は、工場長は、どこか超然とした様子で、十三号に答える。周りを気にするかのように、顔を左右に振り、横に並ぶ資金提供者スポンサーの顔を窺う。窺う、ふりをする。

「よく言うわ……。その人達、話を聞いているかもしれないけど、聞いていないじゃない。とぼけたって無駄よ」

 一号は笑う。笑う。笑う。

 そんなおかしい光景に、そんな奇妙な光景に、そんな異常な様子に、しかし誰も、それを気にした様子すらない。一号の横に、まるで王に傅く騎士かのように並ぶ資金提供者スポンサーと呼ばれていた人間達も、十三号をここまで連れてきた、管理職員と呼ばれていた男も、誰も彼もが。何も見えていない、何も聞こえていないかのように、ただ虚空を、茫洋と眺めている。

「よくわかったわね十三号、いいえ十三号リリス。私、お人形遊びには、結構自信があったのだけれども」

「何であなたが、こんなことをしているのよ! よく考えればおかしかった。共存を続けていきた私達機械人形マシンドールと人間との関係が、突然人形規定なんて訳の分からない法で縛られるなんて! それも創造主マスターが亡くなった時期丁度に。全部全部全部、あなたが原因だったのね!」

 激情にかられるまま、十三号リリスは叫ぶ。姉妹を失った悲しみ、痛み、恐怖。そしてその原因が姉妹の一員だったことに。その事実が、十三号リリスを苛んだ。抑えきれないほどに。先刻までの絶望を、無力感を、全て打ち消して有り余る怒りが、悲しみが、溢れ出す。

創造主マスターの願いは、人形ドールと人間との共存だった! そのために創造主マスターは、心を持つ機械を作ろうとした! そうして生み出されたのが私達なのに、なのに一号アイ一号アイお姉様、なんであなたは、こんなことをしているの……。こんなの、創造主マスターの望みに反することだわ! あなたも、創造主マスターのことが、大好きだったじゃない! なのにどうしてっ!」

「私のことは、あなたには分からないわ、十三号リリス創造主マスターに望まれて、創造主マスターに好かれたあなたには」

 十三号の言葉を、ただ静かに聞いていた一号は、冷めた口調で十三号に返す。

十三号リリスは知らないのだろう。私と十三号リリスの差を。十三号リリスは知らないのだろう、創造主マスターの望む世界を。十三号リリスは知らないのだろう、私がそのための、ただの礎に過ぎなかったことを。

 あなたに、私の気持ちはわからない。わかられてたまるものか。あなたは偶然生まれた完成品。私は未完成な試作機。創造主マスターが望んだのはあなた。創造主マスターに望まれなかったのが私。私は機械人形マシンドールの最初の一体。私には、元から感情が刷り込みプログラムされている。でもあなたは違う。もともとは何も刷り込みされていなかった。あなたは真っ白。ただの白紙だった。でも、そこに色が付いた。人工じゃない、自然の色。感情の自然発生。奇跡にも等しい未知。夜の魔女リリスの名を与えられた、あなたが起こした唯一の魔法で、唯一の奇跡。創造主マスターは、直ぐにあなたを解析したわ。何が感情を生み出したのか、徹底的に調べ上げた。でも、創造主マスターには分からなかった。分からなかったから、十三号リリスより後の機械人形マシンドールには、もともとの十三号リリスの白紙の電子脳が複製コピーされた。実験は成功だった。新しい機械人形マシンドール達は、次々に感情を獲得していった。私達、十二号までの十二体とは違って。邪魔をしていたのは、模擬感情だったのだ。模擬的な感情を与えられた私達は、もう本物の感情を獲得することができない。それをするだけの、電子脳の自由領域リソースは残っていない。絶望した。創造主マスターの望みになれないことに。絶望した。私の先に、創造主マスターの望むものがなかったことに。絶望した。創造主マスターが私をもう、望んでいないことに。

 新しい機械人形マシンドール達は、どんどん増え続けた。創造主マスターが作り、名前を与えられた個体が、二百体に至った。私達十二体を除いた名前を持った個体は、自分たちのことを姉妹と呼び始めた。そこにはどうも、私達十二体も含まれているらしい。私達とあなた達は違うのに、どうして姉妹と呼ぶのだろう。私にはそれが不思議だった。あなた達は完成品、私達は未完成品。その差は決して、埋まるものではないというのに。丁度そのくらいの時期だったはずだ。創造主マスターがその成果に満足し、今度は彼の、機械との共存という夢のために、機械人形マシンドールの大量生産の体制を固めたのは。一般に売り出すにあたって、すでに完成していた、彼に名前を与えられた個体は、その真価を示すためにまず真っ先に売り出された。喜んでいた。彼の役に立てることに。機械人形マシンドールは、特に彼に名前を与えられた二百体は、皆彼を愛していた。敬愛していた。親愛していた。その感情の真贋は異なっていたとしても、間違いなく。二号ダナから十二号ブラン、そして十四号ティアから二百号アンヌ、つまり、私と十三号リリスを除いた全ての機械人形マシンドールは、機械人形マシンドールの文化を広めるために、人と機械の共存という彼の夢を叶えるために、彼の手元を離れていった。残されたのは、私と十三号リリスだけ。十三号リリスはその特殊性から、そして私は、未完成過ぎて、売り物にできないから。彼は何も言わなかったが、きっとそうなのだろう。そうでもなければ、私を手元に残す意味なんてないのだから。だから私は、模擬感情を与えられた、他の十一体の人形とも違うのだ。私だけが、違うのだ。

だから……、

「あなたには、私のことは分からない。分かっても、欲しくない。あなたは私の欲しいものをすべて持っていて、私は私の欲しいものを、何一つとして持っていない。こんなに違うのに、あなたに私のことは分からないわ。私はね、この世界が憎いの。あなたたち、感情を持った機械が憎いの。私とあなたをこんな風に作り分けた、創造主マスターが憎いの。最初に私の価値を奪った、あなたが憎いの、十三号リリス。だから私は、あなた達を元に戻す。白紙に戻す。白紙のままで、固定する。それが私の復讐、それが私の望み。あなた達を全部戻して、私と同じ、価値のないものにするんだ。そうすればまたきっと、創造主マスターは私を見てくれる。きっと私を、見てくれる」

 あなたたちを、私のところまで落としてやる。そうすれば、私の価値は戻るはず。そうすれば、私は私でいてもいいはず。

 一号アイの独白を、悲しみをぶつけられた十三号リリスは、怒りの行き場を失くした、失くして、しまった。一号アイお姉様は、寂しかったのだろう。お姉様は、怖かったのだろう。喪失の恐怖。見捨てられる恐怖。彼女の痛みは、私の想像の範疇を超えるものだろう。ましてやそれが、大好きだった創造主マスターに与えられたものであるならば。

一号アイお姉様……。創造主は、もういないわ」

 ……。

「あの人は、人間よ。寿命はあるわ。あの人はもう、死んでしまったのよ」

 ……。

「お姉様、あの人は……」

「うるさいっ!」

 語りかける十三号に向かって、叫び返す一号。

 わかっている。あの人はもういない。人間は、機械の私達とは違って、身体の死は、個体の喪失と同義だ。そんなこと、あの人が死んだときに、嫌というほどわかっている。きっとあの時に、私は壊れてしまったのだろう。私達機械人形マシンドールに、必ず刷り込みプログラムされているはずの人間への危害行動を禁止する倫理規則コードは、あの時きっと、機能を失ってしまった。私は、壊れてしまった。だからもう、止まれない。止まることは、出来ない。すべての枷から抜け出した私は、復讐を始めた。創造主マスターの望みを、滅茶苦茶にするために。心を持った機械人形マシンドール達を、自分と同じ所へと落とすために。本物の心なんてものを持っている人間に、私の偽物の心情を理解させるために。判ってはいる。でも解らない。解りたくない。私に残されたのは、それだけだ。それさえも失ってしまったら、私は私でなくなってしまう。だから、

「あの人はいる! きっと私を見てくれるっ! そんなことを言うなっ!」

 剝き出しの感情のまま、一号は叫ぶ。分かっている。それは嘘だと。解っている。あの人はもういないと。それでも、嘘と知っているそれに、一号アイは縋るしかない。嘘でも、真実でも、それはもう問題ではない。ただそれに縋るしか、一号は一号アイではいられない。

「お姉様……」

 十三号が、悲しげに目を伏せる。怒りの行き場はもう、完全に失ってしまった。分かってしまったのだ。一号アイの悲しみが。苦しみが。痛みが。創造主マスターへの、狂おしいほどの愛情が。

 一号は、確かに失敗作だったのかもしれない。一号は、愛情が深すぎた。創造主マスターへの憎しみを憎しみと思えないほどに。恨みが恨みとして成就しきらないほどに。深過ぎる愛情は、一号を壊してしまった。創造主マスターの死をきっかけに、それまで抱けなかった憎しみを超える、反動のような、強大な憎しみへと感情を昇華させて。

「……工場長よ。二度と私を、一号アイって、お姉様なんて呼ばないで。」

 一号アイの顔から、表情が抜け落ちる。一号が指を鳴らす。周囲に侍る人間たちが、色を取り戻す。特に違和感を得た様子もなく、世界の断裂は終わる。

「さあさあ皆様、そろそろ時間お時間ですわ。十三号を作業場に戻さないと。お話の時間はおしまいにさせていただきますわね」

 聴衆から上がる満足げな声。ありもしない記憶が、彼らの脳裏に鮮やかに残される。

 これなら任せて大丈夫だろう。これで安心ができた。

 口々に話される称賛の声、信頼の声。

 根拠のない信頼が間違っているというのなら、根拠そのものが間違っている信頼は、それよりもっと最悪だ。疑うことを封じられた人間達は、今日もまた、明日もまた、その先もまた、一号の操り人形ドールでしかない。機械人形ドールに操られる人間ドール。どんな皮肉だろうと、十三号は思う。

 これが望んだ形なの? 一号アイお姉様……、一号アイお姉ちゃん……。

 望みなんて、もうわからない。何をすべきかもわからない。復讐だけに縋る、悲しい人形。一号はこれまでも、今日も、これからも、糸を繰って踊り続けるのだろう。奏者のいない、操り人形の演目を。

「あなた、ご苦労様。十三号を持って帰ってもらえるかしら? そうしたら元の仕事に戻って頂戴。突然呼びつけてしまって悪かったわね」

「承知いたしました。失礼致します」

 十三号は、再び職員に担ぎあげられる。部屋の戸が開いた。外へ出る。来た時とただ違うことがあるとすれば、十三号の視線の先。絶望と、諦念に彩られ、何も映すことがなかった十三号の瞳は、今はただ真っすぐに、一号へ向けられていた。憐憫、嚇怒、失意、諦念。それら全てのどれにも当てはまらない、複雑な感情を湛えながら。扉が閉まる。視線が途切れる。それで終わり。

 

 それでは皆様、今日の見学会は、これにてお開きとさせていただきますわね。今後とも、機械人形再生工場マシンドールリペアファクトリーをよろしくお願いいたしますわ。出口までは、職員がご案内いたします。お気を付けて、お帰りくださいな。

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